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第3話 ハティ・トンプソン

 最寄りの街「ラヘル」は、村から徒歩3日の距離にある。

 のんびり3日歩いても良かったが、お義姉さんたちが厄介ごとに巻き込まれている場合、この3日間は致命的な遅れになりかねない。

 村から見えなくなる位置まで歩いて「メズルカンの具足」を召喚、装着。

 あとは、歩いて歩いて、ひたすら歩く。

 数時間ほど歩いて、街の灯りが見えてきたので木陰で「メズルカンの具足」を解除。

 隣の村から3日掛けてやってきた村人を装い、正門から中に入れてもらう。

 村で小綺麗にしてきたので怪しまれることなく無事、正門を通過。

 ついでに門番の人に冒険者ギルドの場所を教えて貰った。

 石造りの街並みを教えられたとおりに進む。

 途中、何人かに聞いてようやく見つかった


「相変わらず方向音痴よね~?」


 チェルシーの声が直接、頭に響く。


「そうなのか?」


 自覚はない。普通ではなかろうか。


「さっきも左って言われたのに、右に行ったし……もしかして右左わからない人?」


「失敬な。つーか、気づいたなら教えてくれよ!」


「自信満々に右に行くからわたしの方が聞き間違えたのかと思って……」


「というか、影から出てきてくれ。周りの人の視線が痛い」


「嫌よ! 妖精が人前をふらふら飛んでいたら食べられちゃうでしょうが!」


「え、そんなこと――」


「へい! 兄ちゃん、妖精の串焼きはどうだい?」


「――え?」


 通りがかりの屋台の店主にいきなりとんでもないものを進められた。


「ホラ見なさい! ホラ見なさい!」


「ほ、本当に妖精?」


 屋台に並べられているものを見るに、鶏の手羽先のようにしか見えないのだが。


「おっと、兄さんここの人じゃないね? 今のはここらの鉄板ギャグだよ?」


「そ、そうなのか……」


 聞けば、妖精を喰ったら疫病が治った、というどこかの国の逸話から、滋養強壮のあるものに「妖精の~」とつけて売るのが今の流行なのだとか。

 ……妖精を喰うってどんな民度だよ、とは思うが。


『……お前が言うな』


 ギブ・モアが何か言っているが、とりあえずスルー。


「ひとつくれ。あと、冒険者ギルドはこの近く?」


「まいど! 一個向こうの通りだね」


「ありがとう」


 食べてみると、普通に鶏肉だった。




 冒険者ギルドは、村にもあった気の置けない大衆食堂といった趣だった。

 中に入ると、丸テーブルが点在する開けた空間。奥にカウンター。

 村の大衆食堂だとおばちゃんが鎮座していたものだが、カウンターの奥には愛らしい女の子がメイド服を着て、俺と目が合うとにこりと微笑んだ。

 冒険者ギルドと看板にあったが冒険者の姿は見当たらない。がらんとしている。

 木板の床を軋ませ、カウンターに近づく。


「いらっしゃいませ。本日のご用は何でしょうか?」


「え~っとだな……」


 さて何から切り出したものか。カウンターに両手を突き、考える。


「数日前に『ハクア大森林に捜索隊を派遣したい』って女が来たと思うんだが」


「ええ、覚えています。その依頼はギルドマスターによって《鷹》級の依頼に認定されましたから」


「どうなった?」


「少々お待ちください」


 手前に置いてあったノートをぺらぺらとめくる。


「その依頼なら十日ほど前にギルダンさんのパーティが受領していますね」


「それで?」


「まだ何の報告もされていないのでおそらく難航しているのかと」


「ふむ、そのギルダンってのにはどうやったら会える?」


「ハクア大森林にいらっしゃるとは思いますが、詳細な位置までは……」


「そりゃそうか……そうだ、依頼主がどこにいるかわかるか?」


「ええ、依頼の成否を報告するために連絡先を……あら?」


「どうした?」


「連絡先が載ってません。捜索依頼ではよくあることなのですが、もしかしたら冒険者の方と同行しているのかもしれませんね」


「……むぅ」


 困った。いきなり壁にぶち当たってしまった。


「ありがとう」


「いえ、また何かありましたら遠慮なくご用命ください」


 一旦、カウンターから離れ、適当な席に着く。


「どうする?」


 テーブルをとんとんと指先でノックする。


「ハティという子を探してみるのはどうかしら?」


 俺の影から飛び立ち、チェルシーがくるりと俺の周りを一転しながら言った。


「村長の奥さんの話だとハティって子も探してくれてるんでしょ? 何か情報を掴んでいるかもよ?」


「むぅ……」


「あによ?」


 俺の前で止まり、腰に手を当てぷんすかとチェルシーは頬を膨らませる。


「ハティってやつにあって殺さない自信がない……」


「村長の奥さんの話だと悪い子じゃないみたいよ?」


「賭けだな。俺の自制心に期待だ」


 立ち上がり、またカウンターに向かった。


「すまん」


「はい」


 奥で書類仕事をしていたさっきの受付嬢がにこやかにやってくる。チェルシーを見ても平然としている。妖精を連れた冒険者など珍しくないのだろうか? まあいい。


「ハティ……ハティ・トンプソンを探している」


「ハティ……ちゃん、ですか?」


 んん? 何か聞いちゃ不味かっただろうか? せっかくの笑顔が曇ってしまった。


「ハティちゃんならあそこに」


 受付嬢が指し示したのは、部屋の片隅にあるテーブル。

 照明がぎりぎり届いている程度で、そのテーブルの周りだけ薄闇に包まれている。

 よく見ると、小柄な人物が座っているのがわかった。

 ……すげぇ、まったく気がつかなかったわ。


「あまり相手にしない方がいいと思います」


「そうなのか?」


「最近あの子おかしいんですよ。前までは史上最年少で《鷲》級冒険者への昇格を期待できる若手のポープだったのに、数ヶ月前から急に落ちぶれだして、今やすっかりあの有様です。冒険者は運を頼みにするから、落ち目のハティちゃんは誰からも見向きもされなくなり、挙げ句にあんな依頼まで出して……期待してただけに残念でなりません」


「その依頼というのは?」


「数日前からボードに張り出されたままです。まったく! 《鷹》級の依頼をあんな報酬で受ける人なんていませんよ!」


 ぷんぷんと怒り狂う受付嬢に見送られながら、そのボードとやらの前に行く。

 一見、壁かと思っていたがそうではなかった。

 よく見ると、ちょぼちょぼと依頼書が張られていた。時刻が時刻ならこの壁一面に依頼書が木々の葉っぱのように張り巡らされていたのだろう。


「え~っと……どれだ?」


「これじゃない?」


 ボードのほぼ真ん中にぽつんと残されていた依頼書を手に取る。


「なになに?」


『盗賊団退治。報酬1000G』


「うむ、安いのか高いのかわからん」


 村では基本、物々交換だから硬貨を使う機会があまりないのだ。

 おかげで街基準の金銭感覚がさっぱりわからん。

 ぼったくられてもおそらく気づかないのではなかろうか?


「さっきの串焼きはいくらだったの?」


「200Gだ」


「じゃあ、五本分ね」


「盗賊団退治を串焼き五本で……子供のお使いかな?」


 受付嬢がぷんすか怒るのも納得した。

 これでは依頼者の正気を疑われかねない。


「桁を間違えたわけじゃなければ訳ありだな。話を聞いてみるか」


「殺さないでよ~?」


「聞くまでは我慢する」


 受付嬢のうろんな目差しに見送られながら店の片隅で置物と化しているハティの席に向かう。


「うっす!」


 椅子をくるりと回して背もたれを前にして腰掛ける。


「久しぶり! 元気だった?」


「……あなたは?」


 女みたいな声。いや、名前からして本当に女か?

 しかし、……小汚い!

 金髪のおかっぱ頭は嵐の中を全力疾走したみたいにボサボサ、顔は何日も洗っていないみたいに薄汚れて、装備なんて防具屋のゴミ箱からくすねてきたみたいにおんぼろだ。

 婆さんが最後に見たときよりもさらにグレードダウンしているのではなかろうか?


「アシェルだよ、アシェル! 忘れた?」


「……ごめんなさい」


「そうか~」


 カウンターに行き、エールを二杯頼む。

 両手にエールを持ってハティの席に戻り、


「ロダン村の男たちの生き残り、って言えばわかるかな?」


 一杯をハティの頭から馳走してやった。これで少しは綺麗になっただろう。


「う、そ……」


 ハティを眼をまん丸と開き、俺を見た。


「その節はどうも」


 もう一杯頭から馳走してやる。


「それで?」


 ハティの対面に座り、持ってきた依頼書をテーブルに広げて見せた。


「これはどういうことだ? 村長の奥さんから聞いた話では、お義姉さん……ロザリンドを探してくれているはずじゃなかったか?」


「それは、そこにロザリンドさんたちが捕まっているから……」


「はぁ? 意味わからんな……どういうことだ? お義姉さんは俺らの捜索を依頼したはずじゃなかったか? それが、なんで盗賊に捕まってるんだ?」


「ギルダンは盗賊団の首領だから……」


「あん? ギルダンは冒険者だろ?」


「そ、それは仮の姿……。依頼者が若い女の人だと、ギルダンはどんな依頼でも引き受けるそうです。そして、依頼者である女性をさらって依頼が達成されていなくても依頼者である女性に無理矢理、依頼は達成されたと冒険者ギルドに報告させるのです」


「その後、その女性はどうなる?」


「奴隷商に売られるか、もしくはギルダンの盗賊団で慰み者にされるか……」


「マジかよ、悪党じゃん! 俺も今度やってみよ~」


「……」


 ぽたぽたと前髪からエールを滴らせながらキッと睨み付けてくる。

 うむ、なかなか正義感は強いようだ。洒落臭い。


「冗談だ。で、この千ゴールドってのは何のつもりだ?」


「お金が――」


「いやいい、見ればわかる。場所はどこだったかな? シトナ山の廃鉱山か」


 椅子から立ち上がり、出口に向かう。


「戻ってきたらあの時のこととか色々聞くからな! 逃げんなよ」


「ど、どこへ?」


「シトナ山」


「わ、わたしも行きます!」


「エール臭い女はごめんだ」


「ぐぅ……」


 エール臭くしたのは俺ですがね~。


「格好つけてるところ悪いんだけどさ~」


 俺の頭に腰掛けながらチェルシーが何やら呆れたように言った。


「あん?」


「あんた、シトナ山の行き方わかるの?」


「――あっ!」


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