第2話 街へ
村長宅に通され、婆さんと机を挟んで座る。
婆さんの後ろには村の奥様方。主人の所在を聞きに集まったのだろう。
言葉は一つで済むが、気が重いことだ。
「……村長は?」
そういえば、あのハゲがいない。死体はなかったと思うけど、はて?
「土蔵に閉じ込めてある」
「土蔵?」
村長の家の隣にある古びた蔵のことだ。
悪さをするとよくあそこに閉じ込められたっけ。懐かしい。
「実は、わしらはお主たちに何があったかはすでに知っておる」
「え? なんで?」
「ハティが教えてくれた」
「――ハティ?」
「ハティ・トンプソン、わしらをはめら冒険者のひとりぢゃ」
「なっ、――痛っ!」
勢いよく立ち上がりすぎて、テーブルに強かに足をぶつけた。
「そいつは、今どこに?!
「早合点するな。わしらはハティを恨んではおらん」
「恨んでない? あいつらのせいでみんな死んだんだぞ?!」
「ハティは知らなかったそうだ」
「もうろくしすぎだろ……まさかそれを鵜呑みにしたのか?」
「ハティはすべてを話してくれた。村人を囮とした魔獣狩りのこと、村人の何人かを連れて大森林からの脱出を試みみたこと。力及ばず自分ひとりがおめおめ逃げ帰ってしまったこと。当初、そんなハティをわしらは石を投げて追い出した」
「当然だ! 生温いくらいだ!」
「しかしハティは何度も何度も村を訪れた。そのたびに荷馬車に一杯に積まれた食料を置いていってくれた。男手の消えたこの村で三ヶ月の間、女子供と老人だけで飢えなかったのは間違いなくハティの援助があってからこそぢゃ」
「それで……許したと?」
「もちろん、許せるものではない。しかし会うたびに見窄らしくなっていくあの子に誰が石を投げることができようか?」
「……」
腰を下ろす。
「白銀の立派な鎧はいつしか薄汚れた革の鎧に代わり、磨き抜かれた鏡面のようだった大盾は木片を寄せ集めたかのような木の板の盾になっておった。装備を売った金でわしらを援助してくれていたのであろう。最後にあったときなど、戦斧の代わりに腰に安物のショートソードをぶら下げておった。あれでは冒険者稼業もままなるまい」
何も言えなくなって睨み付ける。平然と受け流された。やっぱりただ者ではない。
「そう睨むでない。……ところでお前さんは大森林で他の冒険者に会わなかったか?」
「他の冒険者とは?」
「敵ではない冒険者だ」
「会わなかったな」
魔物ばっかの中で人に会ったら絶対に覚えているだろうしな。
「やはりハティの言う通り、騙されたか……」
婆さんは顔のシワをいっそう深めて神妙に頷いた。
「何があった?」
「ロザリンドぢゃ」
「お義姉さんが?」
そう言えば見かけないな。義理とはいえ親族なのかだから、俺の無事を一番に喜んでくれたり、兄貴の訃報に涙してくれてもいいくらいなのに。
「ロザリンドとアマリア、ルール-の3人がお主らの探索を冒険者に依頼するために街に向かったのだが、それっきり音沙汰がなくてな。ハティが探しに行ってくれたのだが、はてさて、どうなったのやら。あの子からの連絡も途絶えてしまって。お手上げじゃ」
ふ~む、と婆さんは困り顔。
……というか、俺の反応待ち?
なんか、ちらちらとこっちを見てくるんだけど。
はぁ~、面倒臭いばあさんだよ。
「俺が様子を見てこようか?」
「よいのか?」
……白々しい。
「どっちにしろ街に行くつもりだったからな」
「助かる」
「……ところで村長さんは、なぜ土蔵に?」
「あんな怪しい儲け話にほいほい乗っかった罰ぢゃ。――なんぞ、用か?」
「いや、俺らをはめた冒険者について何か知ってないかと思って」
「――知ってどうする?」
「もちろん、復讐する」
「ふむ……」
婆さんは難しい顔で考え込む。
「わしも息子を失った。敵を討てるものなら討ちたいが、お主は今や村では貴重な男ぢゃてな。誰ぞ三人ほど嫁を見繕って村の再建に貢献して貰いたいとも思うっておるのぢゃよ」
「嫁を3人って……」
「希少な男ぢゃて。村の人口を増やして貰わんと。ふふふふっ」
俺は種馬か! まあそんな生き方も悪くないけどさ。ハーレムだし! 男の夢だし!
「でも、無理だ。あいつらがのうのうと生きているのは許せない。あいつらにも教えてやるんだ! 魔獣の牙の鋭さを! 魔獣の腸の温もりを! 糞になった心地を!」
「……まあいい」
ふんっ、と婆さんはさも詰まらなさそうに鼻を鳴らした。
「お主の人生だ、好きにせい」
「もちろん! ……あっ、そうだ」
「まだ何かあるのか?」
「見返りと言ってはなんだけどひとつ仕事を頼まれてくれ」
仕事と聞いて婆さんが渋い顔をしているが構わずにポケットの中のものテーブルにぶちまけた。
「これは?」
「魔獣の腹の中から見つかった……遺品だ」
俺のひと言に、婆さんの後ろに控えていた奥様方が一斉にテーブルに詰め寄った。
「では、あとはよろしく頼む」
湿っぽくなりそうだったので、さっさとこの場を後にした。
その日は、自宅で一泊した。
母親も父親も、俺が無事なことに大層喜んでくれたが、兄貴と弟の訃報には肩を落とし、特に弟が死んだことを伝えると、母親は床に崩れ落ち、そのまま泣き崩れた。
俺が生きていたから、ひょっとしたら俺に守られて生きている、という期待をどこかに抱かせてしまったのかもしれない。
守れなかったのは確かなので、言い訳の言葉ひとつでなかったが。
翌日。
俺を起こしたのは、すっかり元気を取り戻した母親だった。
孫のリッカを抱っこして、前よりも溌剌としているようにさえ思えた。
不安を覚えたから「大丈夫か?」と聞いた。
蝋燭の火は消える前にいっそう激しく燃える。今の母親がまさにそうなのではと。
しかし、母親は豪快に笑った。
弟は帰ってこなかったが、まだ孫と結婚前の妹たちがいる。凹んでなどはいられない。とほとんど骨と皮だけの腕に力こぶを作るような真似まで見せた。
母は強しである。
食卓に行くと、新調された服が置いてあった。
母親が言うには、服屋の奥様が遺品の「お礼」に服を新調してくれたらしい。
ありがたい、ありがたい。
三ヶ月の大森林生活でもともとの服はボロボロになり、その上から魔物素材の防具を着ていた。人がいないから気にもしなかったが、その様はまさに「蛮族」だった。
あんな格好で街に行こうものなら門番に止められ、中に入ることもできなかっただろう。
ありがたく新調された服に袖を通す。
食卓に着くと、なぜか母親が俺の向かいに座った。
ちなみに妹たちと父親はすでに仕事に出ているとのこと。
用意された朝飯を頬張りながら「なん?」と聞くと、母親はにやにやと笑いながら「あんた、どの子にするの?」と意味不明な質問を返してきた。
詳しく聞くと、なんと! 村の女から好きに嫁を3人選んで良いらしい!
「……まじか」
あまりにあまりなことに食いかけのパンが口からポトリと落ちる。
そして、始まる母親の村娘レビュー。
確かに、結婚すれば母親も他人事じゃないからわかるけどさ。
「とりあえずはロザリンドは確定でしょ?」
「は? お義姉さん? なんで?」
「長男の嫁は、長男が亡くなったら、次は次男に嫁ぐものでしょ?」
「そうなのか?」
随分と時代錯誤な気がしないでもないが……母親の中ではすでに確定らしい。
「ルー・ル-もいいわね。あっ、でもアスタリアはダメよ! あの子、貴族みたいにお高くとまっているから! 夫とその家族なんて奴隷としか思わないんだから!」
「そ、そうかな……」
確かにお高くとまっているところはあるけど、気の優しい子だと思うが。
……って、悠長に嫁捜ししている場合じゃない!
「母親、悪い」
席を立つ。
「あら、まだ終わってないわよ? 早く決めて孫の顔を見せて頂戴」
「そのお義姉さんたちを探すように村長の奥さんに言われてるんだわ」
「あら、それは重要任務ね。早く行ってらっしゃい!」
誰のせいで遅れたと――いや、まあいい。
家を出て、母親にはああ言ったが、まずは村長さん宅の土蔵に向かった。
村長さんから俺らを嵌めた冒険者の情報を得るためだ。
しかし、結果として空振りに終わった。
村長さんは「代理人」から仕事を受けただけだった。
すべての取引を「代理人」経由で行っていたため、あいつらの名前も知らなかったのだ。
となると、残る手がかりは「ハティ」ただひとり。
冒険者だから街の冒険者ギルドの受付にでも聞けば何かわかるだろう。
……お義姉さんを探さないと行けないしな。
「……あん?」
早速、街に向かおうと村の通用門に行くと、老人と子供の門衛に守られるようにして腰を下ろす、村長の奥さんがいた。天気も良いし、ひなたぼっこかな?
「行くのか?」
……うぉ、振り向きもせずに声を掛けられた。やっぱ、ただ者じゃねぇ!
「街の冒険者ギルドに行ってみるよ」
「仕事が早くて助かる。見事、大願を果たして村に戻った暁には……そうさね、この村の村長にでもしてやろうかね。嫁を5人取ることも許すよ」
「気が早すぎる。まだ何も始まってないっての」
「そうかい? ああ、そうだ。ついでにもうひとつ頼まれてくれぬか?」
「できることなら」
「友達を何匹か置いていって欲しい」
「――友達?」
ああ、ゴブリンやオーク事か。そういえば昨日はそう嘯いたんだった。
「年寄りや女子供に村の防衛はできんからな」
「なるほど」
しかし、ゴブリンやオークに村の防衛を任せるのは絵的にどうだろう?
門番として村の入り口にゴブリンが立っていたら、傍目にはゴブリンに制圧された可哀想な村に見えないだろうか? そしたら余計な争いを呼び込みはしないだろうか?
「コボルトを置いていくよ」
少し考えてからそう提案した。
「コボルト? どんな魔物だったかね?」
「こういうやつらだ」
俺の影に「門」を開き、コボルトを召喚する。
出てきたのは、大きさは中型犬の成犬ほどの魔物……というか、まんま犬。
もふもふだったり、もこもこだったりと、いろんな毛並みに、いろんな毛色、いろんな模様の1匹として同じものがいない10匹があっという間に俺の足下に溢れかえる。
「おお! 愛い愛い!」
コボルトの出現に相好を崩し、1匹を抱きかかえようとする婆さん。
狙われた1匹は伺いを立てるように俺を見上げる。
主の俺以外に可愛がられることは、コボルト社会では「侮辱」を意味するため、本来なら問答無用で「無礼打ち」するところを、俺の顔を立てて、お伺いを立ててくれているのだ。
「ここの村人全員がしばらくの間、お前らの主になる。臭いをしっかり覚えて粗相をしないように」
「――ばぅ!」
多少不満げな返事だったが、まあいい。これで村人を害することはないだろう。
「可愛いばかりで役に立つのかえ?」
「1匹で前日のゴブリン3匹分の戦闘力がある。成長限界まで育ててあるからな」
本当なら次々と進化させて、有用な個体を生み出したいのだが、コボルトに関しては完全に頓挫している。なぜか? 答えは簡単、進化先の個体が可愛くないからだ。
コボルトの次は、人型形態に特化した「コボルト・イェーガー」か、獣型形態に特化した「コボルト・ウルフ」に進化できるのだが、どっちも「可愛くない」そうで、どっかの妖精が待ったを掛けて、成長限界を迎えてもそのまま飼い殺しにしているのだ。
……俺的にはどっちも「格好いい」からアリなんだけどな。
「緊急時には、ほれこの通り」
俺の合図に、立ち上がるコボルトたち。
器用な骨格をしていて四つん這いの時は犬の、二足歩行の時は人の骨格に早変わり。
その上、二足歩行の時は手に武器を持つことができるのだ。
チェルシー曰く「肉球が凄い!」らしい。
「普段は犬の振りをさせておくから怪しまれることもない」
「ふむ、では、ありがたく借り受けておこう」
「そうしてくれ」
「そうそう、もしも旅先で幸運に恵まれ、大枚を手にするようなことがあったらいくらか村に援助してくれるとありがたい。このままでは冬越えの支度のために何人かの女を娼館に売らんといかんからな」
「ちょ、マジかよ! 大問題じゃねーか!」
出がけになんて大問題をぶっ込んできやがる!
余った魔物素材を売れば、ちょっとは足しになるか?
街に着いたら金策を考えておかないと。
「気をつけての」
「おう」
婆さんと門衛の2人に見送られ、こうして俺は村を出た。




