第1話 帰郷
来たときは一週間の旅程だったが、それは地べたを永遠と歩いたからに他ならない。
空を飛べば、おそらくは半日の行程……のはずだった。
兄貴を千切った魔物は確かに空を飛んでいたから、そいつらを喰えば空を飛べる魔法が手に入る、と思った。実際、手に入ったのだ、が……これがまた、むずい!
感覚が違うのか、飛ぶための何かが欠如しているのか、どんなに一生懸命、羽ばたこうと星の力からは逃れられず、せいぜい、滑空するか、ゆるやかに落ちるだけ。
半日ほど足掻いた末に諦め、地道に徒歩で向かうことにした。
歩いて歩いて歩いて、たまに馬車に乗っけて貰って、また歩く。
小高い丘の上を見つけると、丘の上から滑空して、申し分程度にショートカット。
俺の『軍勢』の中で足の速い魔獣に乗って移動したらどうか? という案もあったがチェルシーに却下された。そもそも魔獣は人を乗せることに慣れていないし、大森林で育ったため、立体的に早く動けても平地をひたすら走るようにはできていないのだとか。
3日ほどそんなことを繰り返した4日目の朝
「できたわよ♪」
チェルシーの黄色い声が目覚まし代わりに俺を叩き起こした。
「……何が?」
叩き起こされて頭にきたので、チェルシーの尻のマッチ棒でも突っ込んでやろうと手を伸ばすが、見事に逃げられた。三ヶ月の付き合いですっかり手の内は読まれてるっぽい。
「メズルカンの具足~♪」
メズルカン? 確か、馬の頭部と脚部を持った魔猿人の一種だったはず。
印象としては「足が速かった」以上でも以下でもない。つまり雑魚の一種。
肉は馬肉よりこってりしていて美味いらしい。ギブ・モアが言ってた。
なるほど「メズルカンの具足」という名前に偽りはない。
金属片を文節状にいくつも重ね、馬の後ろ足を模したような形だ。
「履いてみて履いてみて~♪」
甘えた声でねだってくる。
明らかに人の足の関節とは数も形も違うのだが……。
まあいい。いつものことだ。
「《魔装:メズルカン》――ただし具足のみ!」
影が俺の足にまとわりつき、竜巻みたいにぐるぐる回る。相変わらず慣れない感覚だ。
やがてぐるぐるが収まると俺の足は『メズルカンの具足』に代わっていた。
ちなみに魔物の能力を魔法によって武具化したものを魔装と呼ぶ。
魔装を装着することを何のてらいもなく魔装化と呼ぶ。
魔物の一部分のみを装着することで、その部位に宿る力のみを引き出せる反面、魔物の全体を魔法化させるよりも魔力の消費を抑えられるらしいのだとか。
だが、俺に言わせると魔装化の最大の利点は魔力消費ではない。
魔装はいくつも同時に顕現することができるのだ。
つまり理屈の上では両手両足に別の魔装を装備することができるということ。
魔装化したまま、まったく別の魔法を使う、という荒技も可能だ。
「ううぅ、慣れん……」
馬の後ろ足を無理矢理、直立させたような足で、ひょっこひょっこと歩く。
人の関節になれすぎているせいか、馬の歩き方には違和感しかない。
「さぁさぁ、走ってみて! みて!」
目をキラキラさせながら催促してくる。人を実験台にして……ちくしょ~。
「煤闇に入ってろ」
「わかった~」
ギブ・モアを吊り上げ、俺の影に飛び込む
『あん? 朝飯か?』
ギブ・モアの寝言はさておき。
「さて、やってみるか……」
最初は、軽くぅぅぅぅぅぅぅ~――ぐっ、はっ!
一気に視界がぶっ飛んで、気づけば……どこだ、ここ?
あ~、遠くに炊煙が。さっきまで俺らがキャンプしていた場所だな。
目算で……数キロ? 時速何百だよ、いったい。
「どうだった?」
影からひょっこりとチェルシーが顔を出す。
「ぶっ飛びすぎ。余裕でひき逃げできるわ」
「リミッターが必要か~、いや、魔装を揃えればその重量で……むしろ、この速度を攻撃に生かすべきかな?」
何かブツブツ言いながら影の中に沈んでいく。
とりあえず歩いてみるか。
お? お? なかなかの速度だが、制御できないほどじゃない。
この速度なら半日もかからずに村に帰ることができそうだ。
小一時間ほど歩いて、たまに走ってみる。
段々、慣れて、――んん?
村の方でなにやら煙が上がっているんだが。
そろそろ昼時だけど……嫌な予感がする。ジャンプ!
一瞬にいて俺は空の人となる。
村は、――やばい!
あっという間に星の力に引きずられ、ずぅん、と地面に戻った。
『何かあったか?』
ギブ・モアの声。
あまりに呑気な質問に、チッ、と舌を打った。
「村が誰かに襲われている!」
見えたのは、逃げ惑う住民と追いかける誰か。そして、燃え盛る家屋。
ただ事ではない何かが起きているのは確かな様子だった。
全力で走る。走る。走る。
凄まじい速度で風景が流れていくが、しっかりと見えている。目が慣れたせいだろう。
村の門前が近づき、急停止。
「てめぇ、どっから現れた!?」
――ん?
到着と同時に横暴な声。
見れば、恰幅の良い男が俺に近づいてくる。
縦にも横にもドデカく、幅もある肥えすぎたオークみたいな男だ。
村のものではない。小汚い格好から山賊の類だろうか。
手斧まで持って、なるほどなるほど、わかりやすい。
「《魔装:クランヴァン》――ただし籠手だけ!」
俺の影がぐるぐると俺の腕に巻き付き、巨大な巨大な籠手を形作る。
巨人ならぴったりだろうが、俺が装着するには腕よりも全身でぴったりといった代物だ。
「て、てめぇ! 何者だ! 俺をギルダ――」
皆まで言わせず、アッパーカット!
「人の村に何してくれんじゃ! ボケがっ!」
クランヴァンの籠手――まさにその一振りはクランヴァンの一撃!
空に、高く高く、まだまだ高く舞い上がった肥えたオークみたいな男は、次の次の瞬間に地面に、ぐしゃり! と叩き落とされ、潰れたトマトみたいになって動かなくなった。
「お頭!」
「お頭が!」
「てめぇ! よくもお頭を!」
「ぶっ殺してやる!」
お頭とやらの惨状を近くで見守っていた子分どもが一斉に襲いかかってくる。
「ギブ・モア!」
『あいよ!』
俺の影から飛び出してきたギブ・モアを掴み取る。
「クランヴァン!」
刹那、俺の影はクランヴァンを象って起き上がり、
「――《ランページ》!」
子分ども目掛けて突進。そして、両手両足を滅茶苦茶に振り回して暴れ回った。
「うぎゃ!」
「ひぎゃ!」
「――っ!」
「がはっ!」
突進を受けて吹っ飛ぶ者、振り下ろされた一撃に地面に埋まる者、丸太のような腕に薙ぎ払われる者、地団駄を踏むような足の動きに巻き込まれる者……。
あっという間に4体の惨殺死体が出来上がる。
しかし、狼藉者は村中に放たれているのだろう。
悲鳴や雄叫び、破壊音の数々が村のあちこちからから響いてくる。
「――くそっ!」
俺が1人ずつ相手にしていたのでは犠牲は増える一方だ。
となれば「あいつら」を使うのが手っ取り早そうだ。
「やるぞ!」
『ぎゃぎゃ! やるのかよ!』
「《軍門:召喚》!――《開放》!」
俺の影が影法師のように伸び、巨大な門を象る。
「――《射出機》!」
『ド派手にいくぜ~!』
「《軍勢:召喚》!――《発射》!」
ポンポンポ~ン! と軽めの爆発音。前後して門となった俺の影から立て続けに数体、数十体もの何かが打ち出され、ゆるやかな放物線を描きながら村中に散っていく。
「なんだ、ゴブリン?!
「どこから――」
「オークもいるぞ! 血に呼び寄せられたか!?」
「構わん! 殺せ殺せ!」
男手の少ない村から略奪するだけの簡単なお仕事が一転、魔物の乱入に一気に色めき立つ。
しかし、所詮はゴブリンやオーク、雑魚中の雑魚、軽く蹴散らしてしまえば良い!
……と奴らは考えるだろう。
ところはそうはならない。だってうちのゴブリンとオークは特別製だもの。
「なっ、なんだ、このゴブリン! 強いぞ!」
「こいつ、本当にオークか? オークなのか?!」
「馬鹿な! 強すぎる……ゴブリンが、こんな!」
「くそくそっ! ゴブリンのくせに! ゴブリンのくせに!」
罵詈雑言に悲鳴が混じり、ついには絶叫が上がる。
まず第一にうちのゴブリンとオークは野生のそれとは装備が違う。
武器も防具もハクア大森林産の魔物素材から作られた種族ごとのオーダーメイド品。
おまけに、ただのゴブリンでも、オークでもない。
今召喚しただけでも、ゴブリンは「ゴブリン・エース」。
オークは「オーク・サージェント」まで進化済み。
一般的に雑魚と見なされるゴブリンが「ゴブリン・ソルジャー」、もしくは何の進化もしていない「ゴブリン・ノービス」だから、完全上位進化個体ということになる。
うちのゴブリンは全部「エース」なのでわからんだろうが、一体でも「ノービス」か「ソルジャー」が混じっていれば、「ん? なんか違うな」くらいには気づいただろう。
というのも、「エース」は「ノービス」と比べても、体格は一回り大きく、肉付きも人の子供と大人ほどに違うからだ。おまけに戦闘力は「ノービス」10体分以上。
ゴブリン、だから雑魚だ、と見なせば、当然、痛い目を見るのは必定というものだ。
さて、説明終わり。
村に入って、軽く見て回ろう。
うちの軍勢には「女子供、老人を襲う奴を殺せ」と命じてある。「盗賊を狙え」と命じても、ゴブリンやオークでは村人と盗賊の見分けができないからだ。
命令に含まれないため、村人の男が襲われていても完全に無視。
だから、こうして見回らなければならない、というわけだ。
村人と盗賊の違いを見極められるくらいに知能の高い奴が分隊の指揮を執ってくれれば、もうちょっと柔軟に命令をこなせるのだが、まあゴブリンとオークにそれを期待してもしょうがない。もうちょっと知能の高い個体に進化してくれることを切に願うだけだ。
『圧倒的だな、我が軍は!』
「もともとアギオンの軍勢に対抗するために設えたものだからな」
進むほどに死体が増えていく。ほぼすべてが男……盗賊か。
女子供と老人の死体は見受けられない。
村人は女子供と老人ばかりで初めから抵抗しなかったのだろう。
おかげで殺されずに済んだようだが……、
俺が間に合わなかったらどうなっていたか……考えたくもない。
『あらかた片付いたようだな』
「そのよう、――痛っ!」
何かが俺の肩を突いた。
「ばっ、馬鹿な! 何で刺さらない?」
見れば、弓を持った野盗が、――次の瞬間、ゴブリンに頭をかち割られて死んだ。
「うぅ~、痛て」
フォークで小突かれるくらい痛かった。ちょっと赤くなっている。
『普通、「痛い」ではすまんのだがなぁ……』
「かもな」
俺の体はハクア大森林の食生活ですっかり丈夫になっていた。
あらゆる猛毒に耐性を持ち、あらゆる苦痛にも耐え、滅多なことでは疲れない。
身体能力も爆上がり。小型の魔物程度なら素手で相手できるくらいだ。
チェルシーが採ってきてくれた赤や青やらの木の実のせいだと思うが……、
今思うとアレは何の木の実だったのだろう? チェルシーもわからんそうだ。
……わからんもの採ってきて喰わせんな、って話ではあるが。
『今度、どれくらい耐えられるか実験してみようぜ♪』
「やだよ、絶対」
村の中心に進むほどに手持ち無沙汰にたたずむゴブリンとオークの姿が目立つようになってきた。サボっているのでなく、もう「仕事」がないのだろう。
彼らは俺を見かけると即座に膝を折って頭を垂れた。
そのうちの一体が恭しく俺の前に進み出る。
「ぎゃぎゃぎゃぎゃ!」
盗賊の死体を指差し、耳障りに喚く。
生憎とゴブリン語は取得していないので意味不明だが、こいつらとは短い付き合いではないので、何となく言いたいのかは察することができた。
「死体を持ち帰って良いか、って聞いてるわよ」
チェルシーが俺の影から飛び出し、教えてくれた。
……まあ、わかっていたことだが。
「男手の乏しい村に死体が転がっていても難儀なだけだ。好きにしろ」
チェルシーが通訳すると、ゴブリンは満面の笑みで一礼し、仲間の元に戻っていった。
行動はすぐさま実行に移され、次々と俺の影に死体が運ばれてくる。
たまに生きている奴もいたが、人の村を襲う奴に慈悲などない。無視無視。
「――あっ!」
『どうした?』
最後の1人が俺の影に消えるのを見送った後、不意に思いついてしまった。
「しまった……、奴らのアジトを聞いてない!」
『必要か?』
「二度と村を襲わないように野盗団ごと潰しておかないとダメだろ! チェルシー!」
「ちょっと待って今連絡を、――あ~、残念!」
「どうした?」
「もうお鍋に入れちゃったって」
――チッ! 遅かった、今頃、戦勝パーティってか!
「あ~、も~、失敗した! 失敗した!」
「戻ってきたかい?」
頭を掻きむしり、自分の阿呆さ加減を……を?
しわがれた声に振り返る。杖をついた灰髪の老婆が立っていた。
この婆さんは、確か村長さんの……奥さん?
「随分、愉快なお仲間を連れているじゃないか」
チェルシーとギブ・モア、あとゴブリンとオークのことだろう。
……むぅ、この婆さん、ただ者じゃない。
魔物を見て動じないどころか、その行動から敵ではないと即断するとは。
前は、ただの厳つい婆さんと思っていたが……三ヶ月もの間、死線を彷徨ったおかげか、初めてこの婆さんの凄さがわかるようになったようだ。
「森で友達になったんだ」
嘘は言ってない。友達かどうかはさておき。
「お前ひとりかい?」
体を傾けて俺の後ろを覗き見るが……、もちろん、俺ひとりだ。
「俺だけだ。他のみんなは……死んだ」
「そうか……」
ふんっ、と婆さんはつまらなそうにため息をついた。
……今のはもうちょっと「ご愁傷様」感を出すところだったかな?
「家に来い、話を聞かせて貰うぞ」
有無を言わせない調子に「わかった」と二つ返事するしかなかった。
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評価のほど、何卒よろしくお願いします。