第56話 名犬 “◯チ◯ポ”
最近、俺は毎日、拠点の周辺に柵を作る作業ばかり行なっていた。
作ると言っても、実際組み立てて設置するのはシャチョーたちがやってくれるので、俺は柵の材料になる木を自慢の剣で切ってくるだけ。それだって剣一振りで下手すれば森全部消えるくらいの威力なんで、ちょっと揺らす程度。
そのついでに剣をスコップがわりに土を掘り起こせば、あっという間に堀が出来上がる。
数時間もあれば周辺を柵で囲めて、さらにその周りも堀で囲むこともできる。
そうやってここ数日、ヤギ一家とシャチョー軍団の小屋や庭を作ったりした。
ちなみにヤギは三世帯、八木さんと、矢木さんと、屋宜さんと命名。
シャチョー軍団は、結構な数がやってきたので、20ペアを一組にして、小林組、中林組、大林組とに分けてグループ化してみた。
柵を作った理由は、労働力が増え開墾が進み、畑が広くなりすぎてしまい、境界線を作り区別しないと、どこに何が植えているのか分からなくなってしまったからだ。
しかもヤギ一家が変なところ行かないようにと、育ててる野菜を食い荒らさないようにするため。
さらに荷物を背に乗せて運ぶカチョーが、知能が足りないから道に迷わないように、ガードレールと側溝の代わりに柵と堀を作らないといけなくなったからである。
そしてもう一つの理由は、単純に外敵からの侵入を防ぐこと。
ゴリパンへの交易の行き帰り、俺とエリスは度々オオカミを目撃することがあった。
俺にとって初めて見るオオカミは、灰色の大型の犬みたいな感じに見えて、常に群れで生活していた。
遠目で数匹横切った程度だったので、取り立てて問題にすることもなく、エリスも「遂にイヌ科の動物も見られるようになりましたね」と、生態系回復の喜びを言葉少なげに語るのみだった。
だが、そのうちオオカミは頻繁に目撃するようになり、数も増しているように感じられた。
「私たちも、襲われないように気をつけなくてはなりませんね」
「そうだな」
散歩代わりに周囲の警戒をしていた俺たちは、そんな会話をする。
「あまり増えすぎますと、他の動物にも影響が出ますので、その時は……」
「その時は……って、駆除するってこと?」
エリスは真剣な表情で、コクリと頷く。
「単にオオカミなら良いのですが、ワーウルフなら……」
「えっ? ワーウルフって……なに? もしかして、狼男みたいな感じの」
「カズヤ様の世界ではそう呼ぶのですね。モンスターの一種ですね」
「それは……怖いな」
というわけで、安全が確認されてない地域に行く場合は、俺も完全武装で向かわなくてはならなくなったのだ。
そんなある日、俺たちは周囲の安全の見回りと、柵の材料になる倒木や枝を探しに、林まで来ていた。
木なら、その辺には大量に立っているんだが、エリスが生きている木は切るなってうるさいから、わざわざ落ちてある木を見つけてこなくてはならないのだ。
あーあ、面倒くせーな。
そのうち、この作業もシャチョーたちに任せるかな。
気を探すなら林に、と思い拠点近くの林までやって来たのだが、そんなに都合よく木々が横たわっているわけはないので、ぐるぐると辺りを周回するのだった。
そんな時だった。
小さな茂みから、なにやら小動物でも動くような気配がしたのは。
ガサガサ――
ガサッガサガサ―――
俺は足を止めて、聞き耳を立て、剣に手をかける。
絶対なんかいるよな?
茂み自体はそんなに高くないので、大型の獣やモンスターではないだろうが、確実に何か潜んでいる。
この前はヘビが飛び出して来たり、角の生えたウサギみたいのが跳躍してきたから、油断はできないが。
まぁ、今日は装備もしっかりしているし、エリスも近くにいるから大丈夫だろう。
と、のんきなことを考えつつ、身構え茂みをかき分けてみると、そこには……
胸は白毛で背中は黄土色のモフモフの四つ足の動物が、こちらを睨みつけながら、牙を剥き出した口から唸り声を漏らしていた。
ここ、これは! もしや!
柴犬!
しかも子ども!
かわいいー!!
俺と一緒に異世界まで迷い込んだのか?
それともこの世界にも柴犬って存在するのか?
「カズヤ様!」
そんな時、後ろからエリスが飛んできて、俺をかばうように前に出る。
「危険です。下がってください!」
「えっ? なんで? どうしたの急に?」
いつになく真剣な眼差しのエリス。
その鋭い眼光は、目の前の柴犬に向けられていた。
柴犬も剥き出しの牙をおさめることなく、、グルルルと唸り声をあげている。
いつ飛びかかってきてもおかしくないように、下半身に力を溜め込んでいる。
「カズヤ様! これはきっと、ケルベロスです!」
「はあ?」
「古い書物で読んだことがあります。地獄の門番です!」
「……違うと……思うけど?」
「いいえ、こんな犬種、見たことありません!」
「いやぁ~ 柴だよ、普通の」
この世界に柴犬は、本来存在しないのか?
それともエリスが知らなくて、勘違いしてるのか?
「今はまだ幼いですが、成長するにつれ頭部が3つに分かれ、尾は蛇となります」
「そんな柴犬、聞いたことないぞ」
「可哀想ですが、今のうちに処分して……」
「お、おい、やめろってば! 物騒だな、おい!!」
珍しく腰にぶら下げた短刀を引き抜く、好戦的なエリス。
それに反応して柴犬も今にも飛びかかってきそうな勢いだ。
「生かしておけば、きっとこの後、私たちに」
「大丈夫だってば!」
「他の生き物に被害が出ます」
「じゃあ、俺が責任持って飼うから!」
「カズヤ様が? ……ですか?」
「ああ」
あーすげー疑ってる。
俺がケルベロスなんて飼い慣らせるはずないって。
ただでさえ細い目をさらに細くして
信用してねーなー
大丈夫だって、ただの柴犬なんだから。
「餌はちゃんとあげれますか?」
「ああ」
「散歩は?」
「もちろん」
「躾は?」
「するって」
犬を飼ったことはないけど、バイトで犬の世話をするというのをやったことがある。
慣れると結構楽しいんだよ。
ただ、何回か噛み殺されそうにはなったが……
それでも疑り深いエリスは、短剣をしまおうとしない。
「そんなに疑うなら見てろよ、今から撫でてやるから」
俺は腰をかがめて、視線を低くし、右手をそっと差し出す。
グルルル〜〜!
「よ~し、ほら、こっちおいで〜」
ガブッ!
「ギャ――!! 痛い――!!」
「カズヤ様!?」
噛みつきやがった!!
あー!!
手に穴が!!
すかさずエリスは、回復魔法で俺の手を治してくれる。
柴はまたこちらに身構えて、かわらず威嚇している。
「やばりこの場で……」
「まてまてまてって!」
俺は携帯食の肉の味のする幹を取り出し、チラつかせる。
「ほーら、餌あげるから」
ガブッツ!!!
「ギィャア―――――!!!」
「カズヤ様!!」
その後、めげずに数回同じやりとりを繰り返した結果……
「よしよし、いい子だ」
「ワゥワゥ!!」
ようやく警戒を解いて、撫でさせてくれるようになった柴犬。
「本当に飼えるんですか」
「飼えるって」
「カズヤの手、穴だらけですよ」
「もう噛まないから大丈夫だって」
「何かあったら、自分で責任取ってくださいね」
「はいはい」
エリスもようやく納得する。
柴犬を飼うなんて。心細い異世界で、俺の知っている古い仲間がやって来た感覚だ。
「よかったなー 殺処分されるところだったぞ、お前……」
「ワウ!」
そうだ、こいつに名前つけてやらないと、だな。
「なあエリス?」
「なんですか?」
「こいつの名前、なんにしょうか?」
「名前、ですか?」
「ポチはどうかな?」
「ポチ?ですか? ポチとは、どんな意味ですか?」
「いや、特に意味は……なんとなく日本では、犬っていえばポチだよ。なんでだろうな?」
「そうですか。この国ではよく犬を“チポ”と呼んだりしますよ」
「チポ? ポチじゃなくて?」
「チポニーとか、チポリータ、チポンヌと名付けて、チポと呼んだりしてましたね」
「ふ〜ん」
「では、この子はチポと……」
「えー ポチでいいじゃん」
そんな俺の提案に、ため息で返すエリス。
「またですか……カズヤ様はいつも勝手に命名しようとしますよね!」
「いや、だってさー」
「分かりました。では公平に両方の名を付けましょう」
「両方の名?」
「はい。ポチとチポを足して……」
「ポチポにするの?」
「 ‟ポチンポ” です」
「 ぽ! ぽちんぽ!!? 」
「さあ、ポチンポ! 逝きますよ!」
「ワゥワゥ!!」
「ほら! 早く勃ちなさい、ポチンポ!」
「ワゥワゥー」
「言うこと聞かないと、叩きますよ! この、ポチンポ!」
「ウーワウ!」
「何か縄のようなもの……ポチンポを縛るもの、ないですかね? きつく縛って……」
「あの、ちょっと、エリス」
「どうしましたか?」
「ポチンポはちょっと……」
「はぁ……またですか。では、なんて呼ぶんですか?」
「……カワサキに、
カワサキさんにして下さい」




