112、騙されたマサル
ギルドの一階には全部で12の小部屋。その中の1つに入ると、テーブルにいくつかの椅子が置いてあった。ごくごく普通の応接間だ。
窓が無いのは、依頼者のプライバシー保護の観点からだろう。
「パァルさん、あの人は狼みたいだけど大丈夫なのかい?」
耳打ちして尋ねるとパァルはわずかにうなずいた。
「亜人の人なら会話出来るんで大丈夫です。いきなり噛み付いたりしないでしょうし」
苦手なら席を外してもらおうと思ったが、それを聞いて安心した。
それでは話を聴こうと椅子に座ると、いきなり依頼者の獣人は床に座り込んだ。
「すいませんっ、すいません!」
頭をカーペットに擦り付けながら、必死に何か謝罪しはじめた。
土下座だ。酒代が払えなかったり、パーティを追い出されそうになったり、オレも昔よくやったっけ。
いざ自分がされる立場になると、逆に惨めな気持ちになってくるな。
「えっと……いきなりどうしたんですか?」
「じ、実は、そのお礼のお金は、あまりお支払い出来ないかもなので、先に謝っておこうと」
伏せたままそう答えた。
特に驚きはない。
彼の格好や受付での支払いを見ていて、金銭的に余裕が無いのは分かっていた。
金目当ての冒険者ならその場でサヨナラされるような状況。しかしオレたちは、
「まずは落ち着いて、何に困っているか話を聞かせてください。依頼をお受けするかはその後で決めますので」
「い、いいんですか!?」
ガバリと顔を上げて、目を丸く開くマサル。
「よっぽどの事情があるんでしょう? それに悪い人じゃなさそうですし」
「あっありがとうございます!」
大きく尻尾を揺らして立ち上がると、マサルは腰を曲げて礼をした。
狼族の獣人であるマサルは、バレンノ王国の南の国家群『自由都市連合』の出身だ。そこで絵描きとして生計を立てていた。
対奴隷政策として発足した連合だが、亜人間での部族対立は未だ激しく、狼族の部落を出たマサルは点々としながら絵を描いて旅をしていた。
紛争状態が続く中だ。余裕のない人々に描いた絵が売れるわけもなく、マサルは売れない絵描きとして途方に暮れていた。
そんな中、半年ほど前のことだ。
マサルの絵が、たまたま連合を旅していた富豪の目に入った。富豪はガドラントの地主で、マサルにある提案を持ちかけた。
『キミの絵は大層気に入った。どうだろう? 実は街に空き倉庫があるのだが、そこを改装してキミのアトリエにしないかい』
マサルは二つ返事で承諾しガドラントを訪れたのだが、それが大失敗。
与えられた倉庫はゴミまみれの、とても人の住めない廃墟。結果、異国の地で金も行く当てもないマサルは絵を描くことも出来ず、富豪の身の回りの世話をさせられているのだそうだ。
「今日は晩ご飯の買い出しのためギルドに来れましたが、普段は外出も認められてないんです」
ショボくれた顔でマサルは語る。
受付で払った紹介料は食材のために渡されたお金だったわけだ。この様子を見るに、かなり過酷な状況に身を置かれているのだろう。
「お礼なんていりません。マサルさんを助けましょう」
「そうよ。その守銭奴はどこにいるの? 彼を自由にしてやるべきよ」
鼻息を荒くするのはパァルとフェズの2人。
「いや、待てよ。その金持ちが悪いにせよ、コトはそんな単純じゃないぞ」
「なんでですか。マサルさんは騙されたんですよ!?」
「そうよ。絶対に法律違反よ、こんな扱い」
気持ちは分かるが、一旦落ち着け。相手はきっと確信犯。感情に任せて押しかけても、かえってマサルにとって不利な状況になりかねない。
「マサルさん。誘われた時、どんな取り決めがあったのか分かる物はお持ちではないですか?」
頭に血の上った彼女たちとは違い、モニカは静かに尋ねた。
「えっと、契約書、のようなものにサインしました」
「その紙はここに?」
マサルは首を横に振る。
「いえ。確か……そう、倉庫の中の、最初来たときの荷物の中にあるはずです」
「ではこれから倉庫に向かいましょう。契約の内容を確認するところからはじめるべきです」
モニカはスッと席を立つとドアへと向かった。
「何してるのよアンタたち。サッサとしないと日が暮れるわよ!」
「おっおぅ」
なんだなんだ。意外にもモニカのヤツが一番気合入ってるのか。
彼女は以前ミゲールでもハニートラップを仕掛けて金を集めていた。悪どさに関する勝負なら、任せてしまってもいいかもしれない。
「あの、えっと、お礼はその、お支払い出来ないかもですが……」
どもりながら喋るマサルに、モニカは優しく微笑みかける。
「金銭は結構です。その代わり報酬は……そうね、アナタが描いた絵を頂けるかしら?」
「ハッ……ハイ!」
マサルは天井に頭がつくくらいに飛び上がって喜んだ。




