53 たった一つの冴えたやり方
「――取引、だと?」
その言葉を聞いたウィザーの眼光は鋭くなり、まるで射るような視線で姫をねめつける。
が、姫はその視線に臆することなく言葉を続けた。
「えぇ、時間がないので手短に伝えます。こちらからの要求は一つだけ――セリアス、および今あの戦場で戦っている我が国の民全員を救出していただきたいのです!」
「ふむ、予想通りの要求だな。……で? 取引と言うからには、それを行うに足る対価を差し出してくれるのだろうな?」
そう言ってウィザーはフンと鼻を鳴らす。
「まあ、まんざら知らぬ仲でもなし。対価など無くとも、どうしてもと頭を下げるのであれば特別に助けてやらんこともないが……どうする? ん? んん?」
小憎らしい顔でウィザーは姫に問いかける。
頭さえ下げれば対価も無しに取引に応じるとウィザーは言う。
真意のほどは測りかねるが、姫からしてみれば(その腹の立つ顔と態度を我慢しさえすれば)千載一遇のチャンスであった。
しかし――
「――何故頭を下げる必要が?」
姫はその提案を一蹴する。
「頭など下げなくとも差し出せばいいのでしょう? 貴方が『是非、手助けをさせてください!』と言いたくなるような対価を……!」
「ほぅ、吠えたな姫よ。そう言ったからには出せるのであろうな? この俺が何を置いても貴様に協力したくなるような対価をっ!!」
「えぇえぇ、いくらでも差し出しましょう! それで皆が救われるなら安いものですっ!!」
「よかろう! ならば言ってみるがいい、その“対価”とやらをなっ!!」
姫はゴクリと喉を鳴らす。
そして少しの逡巡のあと、彼らの運命を決定付ける言葉を言い放つのであった。
「私が差し出す対価、それは――“私の国”ですっ!!」
姫は『どうだ!』と言わんばかりに力のこもった目でウィザーを真っ直ぐに見据える。
対してウィザーはと言うと――
「はぁ……まあ、そんなことだろうと思ったぞ」
わざとらしく大きなため息をついた。
そして――
「貴様が差し出せるものがあるとすれば、もはやそれくらいしかないものな? だが、残念ながら既に滅んだ――いや、たとえ滅んでいなくとも俺は国などという面倒なものはいらん」
無慈悲な宣告を、姫に対して行うのであった。
しかし、姫はその宣告を聞いて、ニタリと不敵に笑う。
「……本当に? 本当にいらないのですか? 貴方のダンジョンに、毎日のように人が訪れるようになるというのに?」
「む? ど、どういうことだっ!?」
『食いついた……!』と姫は内心ほくそ笑んで言葉を続ける。
「私は不思議に思っていました。あれほどダンジョンに人を呼び込むことを熱望していた貴方が、何故あんな何もない辺境にダンジョンを作ったのかを」
「うぐ……!」
単に予算の都合です、などとは口が裂けても言えないウィザーであった。
「王都のすぐ近くとは言わずとも、もっと近くに作っていれば状況は違っていたでしょう。しかし、あえてそれをしなかったということは、あのダンジョンはあの場所でなければ作れない理由があった!」
「ぐふぅ……!」
そう、あの場所なら格安で作れたんです、などとは死んでも言えないウィザーであった。
「ダンジョンに人を呼び寄せたい、しかし王都から離れているせいでそれが出来ない! では、どうするか!? 簡単です、ダンジョンを中心にして街を興してしまえばいいのです! そうすればダンジョンには毎日のように侵入者が訪れることでしょうっ!!」
「な――っ!?」
「もちろん、貴方だけではそんなことは不可能! しかし、私がいれば話は別! 私がいればその街は王都となり、我が国の民たちが次第に移り住むようになることでしょう! そう、新たな王都を――貴方のダンジョンを中心とした新たな王都を興すのです! 私と! 貴方でっ!!」
「むぅ……!」
「――もう一度だけ聞きましょう。ウィザー、これが私が差し出すことの出来る精一杯です。これと引き換えに、私たちを助けてくれますか……?」
それは賭けであった。
あの時ウィザーが言った『貴様には借りがある』という言葉。
しかし、何度思い返してみても姫にそんな心当たりはなく、唯一あるとすれば、自身を餌としてダンジョンに隣国の兵士たちを誘き寄せたことくらいであった。
まさかそんな、と姫は思う。
それはウィザーのためでもなんでもなく、ただ己の復讐心を満たそうとしたがゆえの行動で、しかもウィザーを利用しようとさえしていたのだ。
“借り”どころか、怒りを買ってもなんらおかしくない行動である。
しかし、ウィザーは言う。
姫には借りがあると。
ゆえに姫は賭けに出た。
自身には到底理解出来ないが、ウィザーにとって“ダンジョンに人を呼び込む”ということは、何を引き換えにしてでも実行すべき、重要なことなのだと。
そして、その賭けは――
「フッ……フフ……フハハハハハハハハハハッ!! 迷い、間違え、絶望するのが人間ならば、そこから這い上がる力を持つのもまた人間か! いいだろう! その取引、受けようではないかっ!!」
姫の勝ちであった。
「では姫よ――」
と、ウィザーが何かを言いかけたその瞬間のこと。
「ウィザー、いい加減その“姫”という呼び方は止めてください」
「む?」
「我が名は“リセティア・ル・トラルガ”――既に私たちは運命を共にする身、今後私のことは“リセティア”と」
「フッ、そうだな。その通りだ。ではリセティアよ、着いて来い。わが赴くは蒼き大地よっ!!」
バサッとマント翻しウィザーは姫、否、リセティアに背を向ける。
その背を見てリセティアは――
(蒼き大地って何……?)
そんなことを考えるのであった。




