54 あなたの人生の物語
ウィザーの話をしよう。
リセティアの読み通り、確かに彼は“リルガミンの迷宮”に初の侵入者を誘き寄せた彼女に対し多大な恩を感じていた。
ゆえにウィザーは、彼女が自分を復讐の道具に利用しようとしていたことも許したのだ。
まあ、これに関しては、そもそもウィザー自身も彼女を利用していたのでお相子ではあるのだが。
ともあれ、そういった理由でウィザーはリセティアを特別扱いしていた。
衣食住、何不自由なく過ごせるように便宜を図り、彼女が自身のもとを去る日が来るまではずっと面倒を見続けるつもりであった。
それだけではない。
リセティアが、ただ一言『助けて』とさえ言ってくれれば彼女に降りかかる万難を排し、果ては彼女の国を取り返してやることさえも考えていたのだ。
それほどまでにリセティアが意図せず行った、ダンジョンに侵入者を誘き寄せるという行為は、ウィザーに絶大な衝撃を与えていた。
何故そこまで、と思われるかもしれない。
しかし、想像してみてほしい。
期待を込めてダンジョンを作ったはいいが、来る日も来る日も侵入者が訪れない日々を。
彼らとて、ただ黙って待っていたわけではない。
宣伝も行ったし、ダンジョンに不備があれば修正し、改善点があればすぐさま改善を行った。
毎日のように、いつか訪れるであろう侵入者のために、ダンジョンの改良を重ねに重ねていたのだ。
――が、それでも侵入者は訪れない。
いったい何が悪いのか彼らには分からなかった。
ゆえにウィザーは、明日こそは明日こそはと、希望と共に起床し、絶望と共に眠る。
そんな灰色のような日々を、一年間ずっと過ごしてきていたのだ。
あえて俗な例え方をしよう。
それは、ネット小説を一年もの間、毎日欠かさず更新し続けているのに誰にも読まれないようなものだ。
読んでほしいのに読まれない。
そのための努力は欠かさず行っているにも関わらず、である。
こんなに悲しいことがあるだろうか。
しかし、ある日のこと、そんな灰色の日々は唐突に終わりを告げる。
ウィザーたちのダンジョンに、一条の光が差し込んだのだ。
その光こそが誰あろう、姫ことリセティアであった。
彼女の言う通りにしてみてば、なんということであろうか。
一年以上もの間、誰も訪れることがなかったダンジョンに、侵入者が現れたではないか。
そこから先は、ウィザーにとって生涯忘れえぬ記憶になるほどの、まさに夢のような時間であった。
自身が考え出した罠に侵入者がかかる姿に一喜一憂し、配下の奮闘を見ては興奮し、声援を送る。
ウィザーは幸福であった。
なにせ彼女の登場がもう少し遅ければ、ウィザーたちは失意のままダンジョンを畳むことも充分にあり得たのだ。
そんな中にリセティアが現れた。
全てが水泡に帰すその一歩手前で、彼女がウィザーたちの努力は無駄ではないと証明してみせたのだ。
ある意味で、ウィザーたちは彼女に救われたと言っていいだろう。
もちろん、彼女にそんな意図がなかったことをウィザーは重々承知しているが、それでも彼がリセティアに多大な恩を感じたとて無理からぬことであった。
ゆえにウィザーは、リセティアの『助けて』という一言を今か今かと待ちわびていた。
しかし、実際にウィザーに助けを求めてくるのは、セリアスやクチカ村の老人たちという面々ばかり。
ウィザーが本当に助けてやりたかった少女リセティアは、結局最後の最後まで彼に助けを求めることはしなかった。
そう、圧倒的窮地の中にあってもリセティアは、ウィザーに頭を下げず、助けも求めず、あくまでウィザーと対等であろうとしたのだ。
それは“姫”としての意地だったのか、それともまったくの別の何かだったのかはウィザーには分からない。
しかし、その高潔なる姿を、ウィザーは好ましく感じた。
しかも彼女は言葉だけではなく、そのための対価を――ウィザーの想像をはるかに上回る代物を対価として差し出してきたのだ。
絶望のただ中にあって、彼女は懸命に知恵を振り絞り、考えたのだろう。
正しく全員が救われる、その方法を。
その事実が、ウィザーは堪らなく愉快で、そして堪らなく愛おしかった。
「ふははははっ!!」
ゆえにウィザーは笑う。
戦場のただ中にありながら。
「――な、なんだ!? 空に誰かいるぞっ!?」
「ふははははははははっ!!」
ウィザーは笑う。
自信に満ちあふれた顔で。
「ミルディン様、お下がりください!」
「ふははははははははははははっ!!」
ウィザーは笑う。
大胆不敵、電光石火、世界は自分のためにあるとでも言いたげな顔で。
「えぇい! 誰かあの男を打ち落とせぇ!!」
「ふはははははははははははははははははっ!!」
そしてウィザーは――
「――ゴホッ! ゴォッホ!! ゲェファ!!」
笑いすぎてむせるのであった。




