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43 10000対2③

「――私一人で逃げろと言うのかっ!?」


 タゴサクの提案に、セリアスは抗議の声をあげる。

 しかし、タゴサクは彼女の抗議など、いっさい聞く気がなかった。


 そもそも先に述べていたように、タゴサクの目的はセリアスとは違って、クチカ村を守るだとかそんな崇高なものではない。


 彼はただ抵抗したかっただけだ。

 彼から全てを奪っていく運命とやらに『いつも奪われるのを、黙って見ているだけだと思ったら大間違いだぞ』と、最後に一発食らわしてやりたかっただけなのだ。

 言ってしまえば八つ当たりに近い。


 ゆえに先の()()()によって、彼の目的は充分に果たしたと言える。

 現に先ほどまで彼の中で渦巻いていた怒りや憤りといった“憤怒”の感情は、今は綺麗さっぱりとなくなっていた。


 タゴサクの今の関心事は一つ。

 セリアスを如何にしてこの場から脱出させるか?

 ただそれだけである。


 彼女のような若く美しい少女を、こんなところで死なせるワケにはいかない。

 それは、前途ある若者の未来を守ってやりたいという、年長者が想ってしかるべき、当然の発想であった。


 しかし、それ以上にタゴサクは、セリアスに感謝していたのだ。


 彼女はあんな寂れた村を、命をかけてまで守ろうとしてくれる……。

 死なせてはならない……自身の命に代えても、この心優しき女騎士を絶対に死なせてはならない……!


 そんな風にタゴサクは思ったのだ。


「――バカなっ! そんなこと出来るはずがないっ!!」


 しかし、だからと言ってセリアスが素直に従うワケもない。

 そもそも彼女は()()ためにこの戦場に立っているのだ。

 そしてその対象には、当然ながらタゴサクも含まれていた。


 ましてや今の彼は、間違いなく重傷者なのだ。

 “清らかなる鎧”といった、ヒーリング効果も兼ね揃えている防具で守られているセリアスとは違い、タゴサクは防具もつけず、まさに着の身着のままの状態で戦場に立っている。


 あらためて考えるまでもなく、これは正気の沙汰ではない。

 幸いにもまだ致命傷こそ受けてはいないものの、既に身体中の至るところに傷を負っており、満身創痍と言っても過言ではない状態であった。


 そんなタゴサクを、守るべき民を犠牲にして一人で逃げるなど、セリアスに出来ようはずもない。

 不幸にも二人の望みは、悲しいまでに噛み合わなかった。


 そして、更なる不幸が彼らを襲う。


「放てぇぇぇーーーっ!!」


 何やら揉めている様子の二人を見て、これを隙と取ったのか敵兵たちは一斉に矢を放つ。

 果たして敵兵たちの読みは正しく、セリアスは直前で敵兵たちの行動に気付き、全ての矢を避けることに成功するも――


「が――っ!?」


 反応が一瞬遅れてしまったタゴサクは、左足の大腿部を矢で貫かれてしまった。


「タゴサク殿――っ!?」


 セリアスが悲鳴のような声でタゴサクの名を呼ぶ。

 しかし、タゴサクはその声に応えることなく大地に片膝をつけた。


「こ、こんな時に……ついてねぇべ……!」


 それは痛みのためか、それとも口惜しさのためなのか、タゴサクは顔をいびつに歪める。

 守ろうとしたものほど奪われてしまう――運命の残酷さを思い出し、再び“憤怒”の感情がタゴサクを染め上げていくが、もはや彼にはどうすることもできなかった。


 勝負あり――

 それは誰の目から見ても勝敗を決する、致命的な傷であったのだ。


「クハハハハハハッ!! どうやらここまでのようだなぁ!? 随分と手こずらせてくれたが、どんなに足掻こうとも所詮貴様たちはそうなる()()だったのだっ!!」


 ミルディンが勝利宣言にも等しい声明あげるが、もはやそれを否定する者は誰もいない。


 ――かのように思われた。


「ちょっと待ったぁぁぁーーーっ!!」


 突如戦場に何者かの声が轟く。

 敵兵たちが声のした方向を見やると、そこにはなんと――老人がいた。


 そしてその隣には――やはり老人がいた。


 老人はその二人だけではない。

 そこには老人、老人、また老人と、総勢十二名もの老人たちが佇んでいるではないか。


「タゴサクどぉーーーん! 助けにきたべーーーっ!!」


 そう、彼らはクチカ村の住人たち。

 自身の村を守るため、またタゴサクとセリアスを救うために遅ればせながら立ち上がった、勇気ある十二人の英雄たちであった。


 しかし、その英雄たちは――


「ひぃー、もう無理だぁ……もう一歩も動けねぇべ……!」


「ぜぇっ――はぁっ――! あ……お迎えがやって来たべぇ……」


 かなりの無茶をしてここまでやって来たらしく、残念ながら既にその半数以上が疲労困憊の状態であった。

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