38 力
おかしい、こんなはずではなかったのに……。
突如セリアスに斬りかかった大男の胸中は、そんな思いで占められていた。
彼の当初の予定では、女騎士、つまりはセリアスを一撃のもとに屠り、ミルディンの危機を颯爽と救い出す。
そして、褒美はたんまり、果ては近衛に抜擢されちゃったりなんかして――と、そんなサクセスストーリーが展開されるはずであったのだ。
しかし、そんな心に描いた未来予想図は、突如として現れた目の前の老人、タゴサクに邪魔されてしまった。
それでも、タゴサクがただの老人であったのなら、路傍の枯れ枝を踏み潰すが如き勢いでタゴサクを叩き斬って、セリアスに迫ることが出来たであろう。
何故なら大男は、自分の“力”に絶対の自信を持っていた。
2メ-トルを越える身長を存分に活かした、大上段からの一撃。
ミルディンのそれとは比ぶべくもない、この自慢の一撃を持ってすれば女騎士の一人や二人、物の数ではない――はずであった。
しかし、現実はどうだ。
女騎士どころの話ではない。
ただの老人に。
細く、小柄で、まさに枯れ木のような老人に、自慢の一撃がいとも容易く受け止められてしまっているではないか。
しかも、事態はそれだけに留まらない。
大男は怪力にものを言わせタゴサクを押し込めようとするのだが、彼はまるで大地に根を張った大樹のようにビクともしないのだ。
おかしい、こんなことはありえない。
自分は夢でも見ているのではないか――と、大男は戦場のただなかにありながら、そんなことを思うのであった。
※ ※ ※
「ほぇ~、こりゃまたとんでもねぇ力だべなぁ」
思わずタゴサクは感嘆の息をもらす。
彼の言う“力”とは、目の前の大男の怪力のことであり、かつそれを難なく受け止めることが出来た自身の力のことでもあった。
そう、タゴサクはセリアスを庇って、大男が繰り出した大上段からの一撃を、クワの柄の部分を水平に持って受け止めたのだ。
「タタタ、タゴサク殿っ! それ大丈夫!? 大丈夫なのっ!?」
先ほどまでの勇姿はどこへやら、セリアスはタゴサクの後でワタワタとしている。
それは、ギャップ萌え狙いかっ、とでも言いたくなるような変貌振りであった。
そんなに心配ならタゴサクが抑えている間に、さっさと大男を始末してしまえという話なのだが、彼女もまた突然の出来事に混乱し、正常な判断が出来ないでいたのだ。
「嬢ちゃん、オラは大丈夫だからよー、そっだら心配すんでねー」
タゴサクはそんなセリアスを安心させるべく、努めて平静な声で語りかける。
そして――
「――すぐに済むべがらな」
そう言うと、タゴサクは剣を受け止めたままの状態で、大男の腹部に向かって蹴りを放つ。
「ぐふぁ――っ!?」
とても老人が放ったものとは思えない凄まじい衝撃が大男の腹部を襲い、堪らずたたらを踏んで後退した。
タゴサクはその間に体制を整え、次なる行動へと移る。
クワをまるで野球のバットをのように持ち替え、そして八相の構え――いや、バッティングフォームとも言うべき構えをとった。
ならば次に取るべき行動は決まっている。
そう、フルスイングだ。
「だあああべぇーーーっ!!」
タゴサクのクワと、大男が身に纏っているブレストプレートがぶつかり合った瞬間、耳をつんざくような凄まじい衝撃音が鳴り響く。
それと同時に、大男は数メートル後方へと吹き飛ばされ、そしてぶくぶくと泡を吹きながら昏倒した。
小柄な老人が、2メートルを超えるであろう大男を吹き飛ばす。
実際に目の前で繰り広げられたにも関わらず、しかし到底信じられないその出来事に、その場にいた全員の刻が暫しの間停止した。
静寂が戦場を支配し、ピーヒョロロと鳥たちの鳴き声が戦場に響き渡る。
のどかであった。
ややあって――
「「「――はぁぁぁっ!?」」」
まるで計ったのように、全員が同じタイミングで驚愕の声をあげる。
それはセリアスも、ミルディンも、敵兵たちもであり、そして全員ということは、だ。
「えらいこっちゃぁぁぁーーーっ!?」
驚愕の声をあげていたのは、事態を引き起こした張本人であるタゴサクも同様であった。
「いや、お前も驚くんかぁーいっ!!」
キャラ崩壊もなんのその。
セリアスは己の使命をまっとうした。




