報道規制(2024年編集)
~ 静岡県浜松市浜北区道本 ~
家宅捜査で発生した爆発は、周辺一帯を、紅蓮の炎で覆い尽くし、通報を受けた浜北警察署、浜北消防署、浜松基地の自衛隊まで出動する、大惨事となった。
発生から四十分後には、ほぼ全てのテレビ局で、生中継されている。
「今、入ってきた速報です。静岡県浜松市浜北区で、原因は不明ですが、爆発事故があった模様です。上空ヘリコプターから見る限り、民家が、……四軒ほどでしょうか?焼き崩れており、消防車五台による消火活動が、懸命に行われています。あっ、今、応援の消防車が、現場に到着したようです。あちらをご覧下さい。自衛隊のヘリコプターですかね?。遠藤さん、現地の状況、伝えてください」
「はい、現場です。えー、とにかく、何が何だか、把握しきれないくらい、悲惨な状況です。とにかく、炎が大きく熱いです。危険なので、少し離れて、中継を続けます」
「遠藤さん、死傷者の数など、被害状況は如何ですか?それと、火元の原因は、分かりますでしょうか?」
「…現場では、情報が錯綜しており、確定したことは、分かりません。爆発した際、何名かは、即死だったのでは?との情報を、近所の方から、耳にしましたが、公式な回答を、警察関係者からは得られていません。ただ、私が駆けつけた時、五名の警察関係者は、駆けつけた消防隊によって、救急搬送された模様です。火元については、まだ、炎上中で、中の状況すら、ここからでは、確認出来ません」
「分かりました。中継元から見ても、遠藤さんの位置は、まだ危険なので、もう少し退避して下さい。遠藤さん、また後ほど、お願いいたします」
ニュースの司会者は、解説者に意見を求める。
「西方さん、この事故を、どの様なお気持ちで、ご覧になりましたか?何故、この住宅地の中で、このような爆発事故が起きたと、思いますか?」
「比類無い、大事故だと思います。不可解なのは、何故、この爆発事故の現場に、これだけ多くの警察関係者がいたのか、これが、第一のポイントだと思います。何かを捜査していたのか、それとも、たまたま、移動中、現場を通りかかり、事故に巻き込まれたのか。どちらにせよ、静岡県警察本部の発表を、待つしかないでしょう。既に、お亡くなりになった方も、いると聞きます。報道関係者は、まずは、事態を正しく、世間に伝えること。これに尽きます」
「そうですね、爆発事故の要因は何だと思いますか?」
(おいおい、髙木さんよ。それを、俺に聞く?分かんないから、的を外したのに。お前、わざとだろう?)
同じ質問をされた西方は、少しイラッとしながらも、平静を装った。
「……そうですね。通常、爆発となると、工業地帯とか、商業施設を思い浮かべますよね。住宅地の中で、これだけの爆発は、まずあり得ません。テロ施設があったとか、まあ、今の日本では、あり得ないのでしょうが、警察も、慎重に捜査すると思いますよ」
「まずは、現場の沈静化が、最優先ですね。解説ありがとうございます。ここで、一旦、コマーシャルです」
~ 東京都、佐久間の自宅 ~
「プルルルルルル」
(あら、電話だわ)
洗濯物を畳んでいる千春の元へ、川上真澄から着信だ。
「もしもし、真澄ちゃん、どうしたの?」
「千春さん、テレビ見てる?」
「見ていないわ、どうしたの?」
「直ぐにつけて。どの局でも良いから、早く」
(どうしたのかしら?)
いつも口調とは違う、必死な声色に戸惑いながら、言われるがまま、テレビをつける。
(------!)
千春は、画面越しに、『佐久間がこの場所にいる』と確信し、思考が停止した。身体全体の力が抜け、涙が溢れ出す。手元から落ちた携帯から、それを察したように、少し大きめの声が、聞こえる。
「絶対に、大丈夫だから。絶対に、死んでいないから!私から、捜査一課に聞いてあげる。あなたは、直ぐに、出掛ける準備をして。私は、今、名古屋にいるから、浜松駅で落ち合いましょう。また、電話する」
(……あなた。嫌な予感って、これだったのね?来週、絢花の演奏、行くんでしょう?)
五分後。
捜査一課の宮下から、着信だ。
「奥さま、宮下です。先ほど、川上真澄さんと、話しましたが、直ぐに、浜松市へ向かってください。お子さんたちは、捜査一課が、責任をもって、後ほどお連れします」
「主人は?主人は、大丈夫なんですよね?」
(………)
一秒ほどの、間が、とてつもなく怖い。
「分かりません。まずは、病院へ行きましょう。今、パトカーが、ご自宅に迎えに出ました。時間がありません。直ぐに、出掛ける準備をお願いします」
千春は、宮下の声色から、『搬送はされたが、予断を許さない』と察した。
「分かりました。子どもたちの件ですが、学校へ、連絡しておきますわ。お言葉に甘えます」
「そうしてください、では、また」
電話から十分後、迎えに来たパトカーに乗り込み、東京駅へと急ぐ。
パトカーの車内で、新たな状況を聞いた。
「二分前に入ってきた、現場からの情報を、お伝えします。現在、佐久間警部は、浜北区内の病院から、浜松市内の聖隷浜松病院へ、ヘリコプターで、緊急搬送されたとの事です。一度、心肺停止しましたが、何とか心脈が戻ったとのことです。ですが、危篤状態で、予断を許さないことに、変わりはありません。東京駅に着いたら、新幹線ホームの入り口で、片山巡査が待機しており、現地まで案内します」
「ありがとうございます」
(あなたは、病院では、絶対に死なないわ。…絶対に)
気を強く持ち、心の中で、何度も祈る。
東京駅に着くと、片山巡査と、東海道新幹線に飛び乗った。
「宮下さんから、主人の容態を聞きました。テレビを見てなかったので、状況が良く分からなくて。どうして、こんなことに?」
「捜査一課も、現在、情報収集中なんです。今、分かっていることは、B班として乗り込んだ全員、爆発事故に、巻き込まれたようです。先に突入した五人が、即死したと聞きました。人数的に、警視庁は七名なので、おそらく、静岡県警察本部の連中だと思うのですが」
(その確認は取れていないと、言う訳ね)
「山川さんは、ご無事なんですか?」
「まだ、意識は戻らないようですが、生命だけは、なんとか。他の捜査員は、全員、重傷です」
「ブル・ブル・ブル・ブル」
千春の胸元で、携帯電話が振動する。
川上真澄からだ。
「千春さん、もう新幹線乗った?」
「ええ。今、品川駅を過ぎたわ」
「分かったわ。私も、名古屋駅を出たから、私の方が、少しだけ早く、着くわね。浜松駅の改札を、出たところで、待ってるわ。正面を見れば、分かる位置に立っているから、見失わないはずよ。あれから、何か分かった?」
「聖隷浜松病院へ、緊急搬送されて、危篤状態みたい」
(------!)
「きっと、大丈夫よ。旦那さまは、強い人だから、絶対に死なないわ」
「…ありがとう。でも、不思議ね。刑事の妻となった時から、こうなる心構えは、出来ていたはずなのに、いざ、『今日です』って言われると、余裕がないの」
「…それが、普通よ。誰もが、一度は、必ず通る道よ。でも、それは、今では無いわ。どうか、心を、強く持って。じゃあ、後で」
川上真澄の、心の強さに、救われる。
(真澄ちゃんは、ご主人を亡くした時、こんな気持ちだったのかしら。…胸が、張り裂けそうだわ)
~ 一時間後、浜松駅 ~
改札を出たところで、先に到着していた、川上真澄と合流すると、片山巡査に案内され、浜松駅西口で待機している、パトカーに乗り込んだ。
「佐久間警部は、現在、緊急手術中です。予断を許さない状態ですので、サイレンを鳴らしながら、病院へ向かいます。飛ばすので、しっかり掴まっていてくださいね」
(気をしっかり。絶対に大丈夫だから)
千春の手を握る、川上真澄の左手が、心強い。
~ 聖隷浜松病院 〜
「こちらです」
C棟三階の手術室では、緊急手術が、行われている。
千春たちが、通されたモニター室では、大きな窓から、手術室が、直接、見えるようになっており、手術台に立つ医師が三名、麻酔科医一名、器具出し二名、手術補助二名の、計八名体制で、手術が進行している。身体には、人工心肺器具が、装着されていて、状況が分かりやすい。
損傷した左房弁を、七重結紮しながら、坂田は、モニターの血圧と、出血量を確認すると、全員に声を掛ける。
「この患者は、警視庁の特別人物だそうだ。絶対に、死なす訳にはいかん。場合によっては、あれも、行うぞ」
「坂田医師、本気ですね。そういえば、この患者、テレビで見たことがあります」
「口を開く暇があるなら、手を動かせ。心膜パッチは、まだか?」
「それが、弁が脆くなっていて、パッチの形が、難しいんです」
「心臓血管外科製品を、用意しろ」
医師たちは、チームプレーで、みるみる傷を、修復していく。
「ピ------」
(------!)
(------!)
(------!)
「坂田医師、心停止です」
「囀るな、想定内だ。繋いである、人工心肺に切り替えろ」
「血液が、足りません」
(------!)
坂田は、再度モニターの、出血量を確認すると、小さく舌打ちした。
「念のため、血液センターに要請を!血液が届くまで、踏ん張るんだ。出血した血液を、ろ過して使うぞ。直ぐに、血液分離器にかけろ。絶対に、死なせるな!」
まるで、戦場である。
ガラス越しに、変わり果てた夫の姿と、生命を紡ぐため、必死で戦っている医師たちを見て、千春は、我慢して、見守るしかない。
(…頑張って。…戻ってきて、……お願い)
「佐久間!!」
(------!)
振り返ると、安藤が、血相を変えて、病院に駆けつけた。千春を見るなり、安藤は、床に額を擦りつけて、詫びを入れる。
「……奥さま。佐久間警部は、私の代わりに、危険な方を、率先して担当してくれました。本来、手術台には、私がいて、今、あの場所で、生死をさまよっているのは、私だったはずです。何の申し開きも、出来ません。意識が戻った、捜査員に聞いたのですが、佐久間警部は、瞬時に危険を察し、退避命令を出したと。しかし、功を焦った、捜査員が突入してしまって、必死に止めようと、追いかけたところで、爆発事故が起きてしまったと」
(………)
「課長さん、どうか、顔をお上げください。…大丈夫です、あの人は、手術台では、死にません。いつも言ってるんです。『私は、前線でしか、死ねない』って。だから、絶対に、大丈夫です」
「事件の首謀者である、村松泰成と中村真央は、先ほど、全国に指名手配しました。必ず、犯人を挙げてみせます」
「…はい。主人も、必ず復帰し、尽力します」
手術は、それから、六時間続いた。
血液センターからの、輸血も間に合い、手術中、何度か危険な状況が続いたが、懸命な治療と、麻酔科医による、完璧な薬剤コントロールで、綱渡りながら、手術は、無事に成功したのである。
喪失感が漂う中で、ただ、ひたすら、見守る千春たちであったが、手術成功の報に、その場にいた全員が、涙を流しながら、抱擁し、極度の緊張と、安堵から、床に座り込んだ。
(………良し!!)
安藤は、涙を拭うと、一人静かに、立ち上がり、病院の外から、青山警視総監に、一報を入れる。
「安藤です。…何とか。何とか、生還してくれました!。…すみません、また涙が」
(------!)
「そうか!戻ってきたか!…良かった。本当に、良かった。警察庁長官には、報告しておく」
「はっ、私は、事後整理がありますので、浜北区の火災現場に、戻ります」
「分かった。現場に急行中の、静岡県警察本部長に、お悔やみを言ってくれ。殉職した、秋山警部たちの仇は、必ず取ると」
「はっ、承知しました」
日本全土が注目することとなった、浜松市浜北区道本の、爆発事故による火災は、佐久間の緊急手術から、丸一日経って、ようやく鎮火した。
地下深くまで、建設されたプラント設備と化学製品が、地上からでは、消炎剤が届かず、鎮火の妨げとなり、時間を要したのである。
殉職者、五名。重傷者七名、軽傷者八名。
消失面積は、実に、一万平方メートル。
住宅地での爆発事故としては、戦後、最大規模である。
報道機関は、こぞって、『テロによる強行犯ではないか』と報じたが、警察庁と警視庁は、合同で緊急記者会見を開き、テロによる犯行説を否定した。
警察庁長官から、水面下で情報を得ていた政府高官が、記者クラブに対して、報道規制を掛ける異例の事態となった。




