偽情報(2024年編集)
爆発事故から、三日が過ぎた。
現場では、地元消防署ではなく、静岡県消防本部と静岡県警察本部、警視庁、警察庁、国土交通省合同による検証が行われ、原因究明を行なっていた。
地下室に、違法建築されたと見られる、プラント設備は見る影もなく、サリンが製造された証拠も、完全に消失しており、犯人の『完全犯罪が成立した』ことを、意味していた。
警察庁からの要請で、鑑識に来ていた科警研と科捜研も、総力を挙げたが、確たる証拠を収集出来ず、世間からの批判を招く結果に、終わったのである。
~ 聖隷浜松病院 ~
手術から、三日間、昏睡状態だった佐久間が、意識を取り戻していた。
目が醒めて、最初に発した言葉が、『秋山の安否は?』であった。
見舞いに来た安藤から、事の顛末を知った佐久間は、涙ながらに、同胞の死を悼み、山川たちの無事を、心より喜んだ。
事件の詳細は、また後日と、安藤は長居せず、早々に、病室を後にする。
佐久間の身体を労わる、安藤らしい、配慮だった。
~ 誰もいなくなった病室 ~
「千春、心配かけた。済まなかったね」
「本当に、心臓に悪かったわ。でも皆が、あなたを心配して、涙して。『日本一の、旦那さまを持った』と自覚したわ。事件直後なんて、私は、テレビを見てなかったから、全然知らなかったの。真澄ちゃんが、直ぐに電話をくれて。それからは、あなたの部下が、とても良くしてくれたの。安藤さんなんて、私の前で、土下座して詫びていたわ。本来なら、自分が負うべきことだったって」
(------!)
「課長が、土下座を?…課長には、足を向けて、眠れないな」
(………)
佐久間は、しばらく、天井を見つめていたが、千春に相談を持ちかける。
「こうしている間にも、犯人は、逃亡していく。何とか、手を打ちたいんだがね」
(------!)
「ダメです。まだ、絶対安静なのよ。お願いだから、言うことを聞いて。あなたは、刑事の前に、今は、患者なの」
「…分かった。でも、千春、一つだけで良い。頼みがあるんだ。今しか、出来ない一手だ。明日で、構わないから、安藤課長と氏原の、二人を呼んで欲しい」
「呼んで、どうしたいの?」
「爆風で飛ばされてから、意識がなかったんだが、麻酔から目が醒める直前に、閃いたことがあるんだ。どうしても、明日、二人には、話しておきたい」
千春は、深い溜息をつく。
「それもダメです。って、言いたいところだけれど、この状況では、鬼になりきれないわ。…分かったわ、連絡しておきます」
「助かるよ、済まないね。…では、患者らしく、大人しく眠る。千春も、ホテルで休んでくれ」
「……うん、分かった。また、明日」
千春は、佐久間に優しく口付けすると、病室を後にする。
静寂の中、事件当日のことを、繰り返し、思い出してしまう。果敢に前を目指す秋山の背中が、脳裏に焼き付き、何故、あの時、自分の右手が、背中に届かなかったのか、自責の念に囚われ、布団に潜り、静かに泣いた。
~ 翌日の夕方。聖隷浜松病院 ~
「あなた、安藤課長と氏原さんが、お越しよ」
「申し訳ありません、ご足労をお掛けして」
「遠慮は不要だ。何か、話したいことがあるんだって?」
安藤と氏原は、買ってきた花を、千春に手渡すと、千春も、花瓶を借りてくると、席を外す。佐久間は、病室の扉が閉まるのを、見届けてから、本題に入った。
「犯人たちのことです。まだ、家宅捜査のことを、触れると辛いのですが、麻酔から醒める時に、ふと閃きまして、私なりに、昨夜から整理したんです」
安藤は、呆れ顔だ。
「その性格、叶わんな」
「氏原、このメモを、課長と見てくれ」
【事件の同時多発について】
◯浜松市北区細江町
工場閉鎖、中村真央が逃走
◯浜松市浜北区道本
対象小屋に、爆破トラップ
◯浜松市浜北区小林
村松泰成が逃走
◯東京都新宿区
佐藤圭一が逃走
「これらの事が、同時多発に起こり、後手となった結果、秋山警部たちは、功を焦ってしまいました。では、何故、あり得ない事が、あり得ないタイミングで起きたのか?」
(………)
氏原は、懸命に考えたが、分からないので、考えるのを辞めた。
「犯人たちは、事前に、家宅捜査の情報を、仕入れたのだと思います。村松泰成が、どこで、この情報を知ったのか、考えてみました。一つだけ、思い当たる節があるんです」
(------!)
安藤は、椅子から立ち上がる。
「本当かね?」
「近藤智美という女性と、中村光利の墓前で会った時に、生家の情報を仕入れましたが、前夜に、私と氏原は、中村真央を訪ね、彼女との会話の中で、『翌日に、中村光利の墓前を訪れる』ことを話してたんです。氏原、工場を見学した時に、受付嬢が張り付いて、気になったと言っていたな?」
「ああ、確かに、あれは鬱陶しかったな」
「もし、あの喫茶店に、中村真央から監視を命じられた受付嬢がいて、近藤智美が話した内容を、どこかで聞いていたとすれば、どうなる?」
「そりゃあ、中村真央に情報が筒抜けだな。そして、我々が、その足で、道本に行くことを把握されたことになる」
「その通りだ。情報を得た中村真央は、直ぐに、村松泰成に相談したのだろう。気掛かりなのは、この仮説が正しければ、近藤智美の身が危ない。受付嬢から、密告された近藤智美は、裏切り者として、消される可能性が高い。そして、犯人たちは、警察組織の動向を、常に、監視していたことになる」
安藤の表情が、曇る。
「では、犯人たちは、縁故の人間だけでなく、関係者も、殺し始めることになるな」
「はい。今回の件で、警察組織の思惑が外れ、何でも有りに、なってきました」
「直ぐにでも、近藤智美の行方を、探すことにしよう」
「間に合えば、良いのですが。それと、もう一つ、お願いがあります。村松泰成を油断させるために、今回の事故で、『佐久間が死んだ』と報道機関を通じて、全国ニュースで、大々的に流して頂きたいのです。私が、死んだと知れば、少しは、動きが変わるかもしれません。それと、佐藤圭一が、『一連の事件の最重要人物として、全国に、指名手配した』と流してください」
「どうする気だ?」
「相手の動きが、止まっている間に、佐藤圭一の行方を追います。また、犯人たちを、一箇所に、おびき寄せたいと思います」
(------!)
氏原が、疑問を呈する。
「そんなことが、本当に可能なのか?」
「ああ、私の予想通りならね。相手が、逃走している状況では、こちらに、おびき寄せないと、確保が出来なくなる。家宅捜査前に、迷宮入りした事件を、洗い直していたら、試したい事件が出てきたんだよ」
(------!)
(------!)
安藤は、思わず、苦笑いする。
「策には、策で返すのか。相変わらず、鬼の攻め方をする気だな?」
「光栄です。まだ朧気ながらですが、中村真央と村松泰成以外の、犯人について、見えてきました。中村光利も含め、その犯人を第四の者とすると、第四の者は、佐藤圭一と、同時に確保出来るかもしれません。今回は、中村真央たちとは、距離を置いて、対応したいと思います」
「…本当に、何か策があるようだな。期待しようじゃないか」
「お任せください、反撃は、これからです。身体が、このとおり動かないので、偽情報は、私が死んだことのみ、お願いします。佐藤圭一を、『事件の最重要参考人』とする内容のニュースは、一週間後に、お願いします。一週間あれば、何とか動けるでしょう」
(………)
「分かった。本来は、一ヶ月は、休養して欲しいのだが、お前さんの、心意気に甘えよう。但し、身体の回復状態を見ながら、流すことにする。佐久間次第だぞ」
「心得ました。あと一週間、治療に専念します」
佐久間の提案通り、佐久間死亡の偽情報が、警視庁より、記者クラブを通して行われ、報道機関の各局は、こぞって、全国ニュースで、大きく報じた。
無論、記者クラブには、事件の早期解決のために、偽情報として流す旨は、折り込み済みであり、ニュースで流す内容は、次の通り、統一したのである。
「次のニュースです。静岡県浜松市浜北区道本で発生した爆発事故で、新たに殉職者が出た模様です。六人目の被害者は、警視庁捜査一課佐久間警部、四十四歳であることが、警視庁の発表で明らかになりました」
このニュースは、正午と夕方の時間枠で、全国ネットで配信された。
一週間後、佐久間が、何とか動ける状態まで、回復したことから、警視庁は、次の手を打った。
警視庁は、日本大学教授の佐藤圭一を、今回の事件の、最重要参考人として、行方を追うとともに、既に時効となった事件についても、別件で立件できるものとし、余罪を捜査していると、大々的に報道したのである。
(第四の犯人と佐藤圭一は、どこかで、必ず、このニュースを見ているはず。刮目すればするほど、お前たちは、焦って動くはずだ。…これからは、私のターンだ)




