四十八時間 2(2024年編集)
~ 熊本県、岡山県 ~
浜松市浜北区道本での家宅捜査の前に、一つでも多く、物的証拠を集めるため、早朝から、捜査一課のメンバーが、全国に散っていった。
警視総監青山から、各警察本部長に捜査協力を行い、管轄の垣根を越え、合同捜査チームによる、聞き込みが、開始されたのである。
とにかく、時間がないのだ。
昨夜、佐久間が示した内容を、各自が肝に命じて、捜査に臨む。
崇城大学と岡山理科大学では、各校、二十名ずつのメンバーで、聞き込みを開始。
「すみません、この写真の男女を、見かけませんでしたか?十月十日の、十五時前後なんですが、何となくでも、結構です」
「この店に、この写真の男女が、来ていませんか?十月十日です」
「十月十一日の早朝なんですが、このゴルフ場に、この写真の男が来たと思いますが、その後の足取りを追っています。何でも良いので、知っていることは、ありませんか?」
「十月十四日の、十九時から二十二時の間で、この写真の男女、どちらでも構いません。見覚えがありませんか?」
「この受付カウンターに、この写真の男女が、来ませんでしたか。もちろん、帰りの便もです。十月十日前後の、記録を探しています」
「十月十四日の、十三時から二十時までの、防犯カメラ映像を見せて貰えませんか?捜査協力をお願いします」
「十月十日の九時から十五時までの間で、この男女の二人組が、この店に立ち寄っているかを、防犯カメラ映像で確認させて頂けませんか?」
村松泰成たちの、足取りを掴むため、鉄道駅、空港、商店街などでの聞き込みが、まさに、総力戦で、繰り広げられている。
一方、その頃。
山川は、佐久間の特命で、隠れ宿にしている、新宿区の、とある一室を訪れていた。最低限の生活が出来る家具は、用意してあるが、テレビはない。外部との連絡ツールの持込は許可されておらず、ほぼ軟禁状態である。
キッチンテーブルで、対峙する二人であるが、時計の秒針が、間を保たせている。
何とかして、佐藤圭一から、言質を取るべく、あの手この手を考えるが、中々、思い浮かばないため、出たとこ勝負に出てみたものの、佐久間が、一度、手こずった相手である。
山川は、佐藤圭一の口を、割らせず、難儀している。
「お前さんも、そろそろ、こんな一室から出たいだろう?いい加減、何か話した方が楽になるぞ。佐久間警部は、面倒の良いお方だ。必ず、お前さんの、減刑に尽力してくださる」
(………)
「お前さんも、死にかけたんだ。司法取引すれば、執行猶予だって、あり得るぞ。何故、犯人を庇う?また、殺されるかもしれないんだぞ、裏切っちゃえよ。俺がお前さんなら、躊躇はしないね。さっさと、犯人を売って、自分が助かる道を選ぶがね」
(………)
「何か、情報を出す毎に、この部屋を改善するってのは、どうだ?テレビだって、見たいだろう?情報次第では、俺の前でなら、電話も掛けられるし、酒だって、飲めるぞ。…どうだ?」
(………)
「お前さんの、日本大学は、そろそろ騒ぐんじゃないか?いつまで経っても、教授が帰って来ないってな。解雇されるかもしれないな。…でも、今なら、何とか間に合うかも知れないぞ」
(………)
「お前さん、女は、いるのかい?何なら、会わせてやっても良いぞ。どうだ?」
山川が、話しかける度、佐藤圭一は、貝になっていく。
(…まずいな。このままでは、ジリ貧だ。警部に何と言えば…)
~ 特命捜査対策室、特命捜査第二係 ~
佐久間は、特命捜査対策室で、二十年前の未解決事件について、資料を、一つ一つ、丁寧に洗い直している。
(佐藤圭一は、何故、あんなに頑なに、犯人を庇うのか?山さんが、村松泰成の写真を見せた時、どんな反応を見せるのかな。あの態度からして、二十年前の未解決事件と、何か関係しているかもしれない。とにかく、未解決事件を洗ってみよう。年度を絞れるのが、唯一の救いだ)
佐久間は、二十年前の未解決事件を、二時間かけて、洗い直した。
◯池袋連続誘拐事件
◯日比谷公会堂立て篭もり事件
◯赤坂銀行襲撃事件
◯板橋連続婦女暴行事件
◯靖国神社付近婦女失踪事件
◯代々木公園幼女誘拐事件
(目立った未解決事件は、こんなところだ)
今までの捜査結果から、船津大介・泉水孝太郎・佐藤圭一の三人は、法政大学の同僚だったが、二十年前の、ある時を境に、三人とも退職し、所在が分かれた点に着目した。
(この未解決事件で、三人が実行するとは思えないもの、退職時期と合わないものは、日比谷公会堂立て篭もり事件と、赤坂銀行襲撃事件か。すると残りは、誘拐・婦女暴行・婦女失踪…だ)
何気なく、法政大学の住所を調べた時、この中で、気になる事件を見つけたのだ。
(ん?……もしかして、これか?)
靖国神社付近婦女失踪事件。
法政大学は、靖国神社の裏に、位置している。
(どうも、引っかかるな。三人の退職と、職場付近で起きた、失踪事件。失踪者は、……と)
(------!)
当時の捜査記録を、なぞる指が、ピタリと止まる。
(……繋がったぞ)
『深見なみ、十七歳(当時)。法政大学付近のスーパーで、アルバイトをしており、いつもなら、二十時過ぎには、帰宅していたが、この日は、何時になっても、自宅に戻ることはなかった。翌朝、家族は、意を決して、捜索願を出し、捜査が開始される。スーパーから、深見なみの自宅までは、直線距離で、五分以内であり、スーパーの防犯カメラには、定刻に帰宅する姿が残っていた。捜査過程で、自宅近くの交差点付近で、ごく微量の血痕が発見され、鑑識の結果、『当事者のものである可能性が高い』と、判明したため、失踪・誘拐・事故の面から、情報公開に踏み切り、捜査を展開した。しかし、事件当時は、大雨で目撃者はおらず、微量な血痕以外、物的証拠と状況証拠が、得られなかったため、十五年が経過した時点で、時効が成立』
(あの三人が、この失踪事件に、絡んでいると仮定すると、合点がいくな。現在の捜査結果から、辿り着けた、怪我の功名であって、当時の捜査状況では、私でも、追えなかっただろう)
佐久間は、気分転換に、警視庁屋上に移動して、タバコを吸いながら、法政大学の方向を見つめた。
(………)
三人の被害者と、村松泰成の関係が、未だに、見えないからである。
(村松泰成が、三人の生命を、狙った理由はなんだ?深見なみと、何か関係があるのか、そこが、分からない。…年齢からして、結婚して、性が変わったとは思えないし、深見なみは、旧姓ではないだろう。当時の村松泰成は、明治大学で、二十三歳だったはず。十七歳の深見なみと、付き合っていたとは、考えにくい。……深見か)
思考を終えるタイミングで、胸元に携帯電話が振動する。安藤からだ。
「私だ、今、どこにいる?」
「屋上です」
「警視総監が、お呼びだ。直ぐに、警視総監室まで、来てくれ」
「承知しました、伺います」
(家宅捜査の時間が、決まったのだろう。家宅捜査の後で、佐藤圭一に、鎌かけてみるとするか。少しは、事態を変えられるはずだ〕
家宅捜査まで、二十四時間を切っていた。