不敵な笑みを浮かべる男(2024年編集)
~ 遠州鉄道バス フラワーパークバス停 ~
近藤智美から、思いがけない情報を、入手出来た佐久間たちは、中村光利の生家を目指すことにした。
「佐久間、墓参りして、良かったな」
「ああ、生家とはね。全くの、盲点だったな」
「浜北区道本って、遠いのか?」
「フラワーパークバス停から、浜松駅北口のバスターミナルまで、約四十分。遠州鉄道に乗り換えて、新浜松駅から、最寄りの美園中央公園駅まで、約五十分。待ち時間などで、三十分はがかかるだろう。トータル、二時間以上は、みた方が良いな」
(二時間だって?)
「新幹線なら、こだま号で、東京駅から浜松駅までの、所要時間と同じだぞ?」
「浜松市は、関東のように、交通網が多くない。電車だって、何系統もないし、浜松駅を中心に、各方面へ分散する、システムを採用しているから、一度は、浜松駅を経由するしかないんだよ。だから、時間がかかる」
「ズバッと、直線距離で、行けないのか?」
「無理を言うな、それが、田舎の醍醐味だ」
二人が、美園中央公園駅に着いたのは、正午を少し回った頃である。
「遠州鉄道は、乗り心地が、東武アーバンパークラインのようだったな」
「山さんに、絶対言うなよ。鉄道マニアだから、根掘り葉掘り、聞かれるぞ。美園中央公園駅を下りたら、徒歩で向かう。十分くらいで、着くはずだ」
美園中央公園駅を降りた佐久間は、左右を確認し、景色が、様変わりしていることに驚いた。何となくだが、目の前の、中学校だけが記憶に残っている。
「氏原、十年、ひと昔と言うが、ふた昔を過ぎると、完全に、浦島太郎だな」
「俺は、昔を知らんから、何とも言えん。そんなに、変わったのか?」
「中学校以外、何も思い出せない。二十年前、駅前は、砕石の道路だった気がする。駅前から、中学校沿いは、細い道一本で、周りは、畑だけだった。初めて来た、街みたいだよ」
「こんな状態で、本当に、中村光利の生家が、分かるのか?」
「方向は覚えているから、何とかなるさ」
美園中央公園駅入口の交差点から、県道391号線の二俣街道を、浜松市方面に五十メートル程進み、写真館脇の、狭い路地へ入っていくと、何とか、見覚えのある景色が出て来る。
(おかしいな?)
「それが、生家なのか?確かに、倉庫らしきものはあるが、プラントなんて、何処にもないぞ?」
佐久間の知っている生家は、平屋造りの、西洋風の白い建物であった。
周りの外壁は、当時のままだが、敷地内は、面影がない。
氏原の言う通り、七十坪ほどの敷地内に、建っているのは、ポツンと倉庫があるだけだ。
(………)
「近所に、従兄弟の富永耕太が、住んでいたな。何か、事情を知っているかもしれない」
二人は、路地を挟んで建っている、従兄弟の冨永耕太を訪ねた。
(耕太、元気かな?……待てよ、表札がないぞ)
期待をした訪問だったが、冨永耕太の一家は、どこかに引っ越したようで、別の人物が住んでいた。些細な情報でもと、聞き込んでみる。
「…そうですか。十年ほど前に、この家を購入されたのですか。もし、知っていたらで結構なんですが、あそこのお宅は、物置きというか、倉庫しかありません。所有者を見たことは、ありますか?」
(………)
不躾に、訪問してきたかと思いきや、近所の所有者を聞きたがる男に、住民の男は、不信感を覚え、警戒している。
「失礼ですが、どなたですか?……あんた、探偵か、興信所の方?」
(いかん、これでは、不審者だ)
「これは、ご無礼を。警視庁捜査一課の、佐久間と申します。少し、事情を探っていましてね」
(------!)
警察手帳を見た途端、住民は、玄関の外に出て、周囲を確認すると、佐久間たちを、家の中にあげた。
「警視庁ってことは、やっぱり、中村光利の生家で、事件が?」
「事件って程では、ありません。とある捜査で、調べているだけです」
住民の男は、ほくそ笑む。
「いやいやいや、あんたの顔を見てれば、分かるよ。じゃなきゃ、わざわざ、東京から足を運んで、こんな田舎に、まず来ないからね。あそこの秘密、知りたいかい?」
(------!)
(------!)
「とても、興味がありますね。何か、あるんですか?」
住民の男は、不敵な笑みを浮かべた。
「あそこはね、何とか製薬が、所有している土地らしいが、何年か前かな、建っていた平屋を、一度解体して、更地にしたかと思うと、何ヶ月もかけて、あの小屋を作ったんだよ」
「あの小屋を、何ヶ月も?」
佐久間たちは、首を傾げた。その様子を、満足そうに見つめる住民の男は、話を続ける。
「おかしいだろう、何ヶ月もだ。でも、俺は、知ってるぞ。毎晩、深夜に、こっそり資材を持ってきては、小屋の中に入れていたからな。もっと、おかしな話があるぞ。どう見ても、ただの小屋に、容積以上の材料を、どんどん投入していて、満杯にならないんだから。間違いなく、小屋は、偽物で、地下に、何かを隠しているな」
「明らかに、違法建築ですね。そのことを、どこかに密告しませんでしたか?例えば、市役所とか、労働基準監督署などにです」
住民の男は、力強く否定する。
「厄介ごとになるのは、目に見えている。そんな、犯罪組織たちに、巻き込まれるのは嫌だから、知らん振りだよ」
佐久間は、氏原に耳打ちする。
「静岡県警察本部に行って、相談してみよう。裁判所に、家宅捜査の令状を依頼するのは、静岡県警察本部でないと無理だ。浜北警察署に相談しても、上申するだけで、どうしても、対応が遅くなるから、直接、掛け合ってみよう」
佐久間の、帰ろうとする素振りに、住民の男は、寂しさを露わにする。
「もう帰るのかい?もう少し、ゆっくりで良いじゃないか?家のお茶は、美味いぞ」
「お気持ちだけ、頂戴いたします。捜査令状がないと、これ以上の捜査が出来ないため、一旦、引き上げます。くれぐれも、警視庁が来たことは、内密にお願いします」
「…ああ、分かったよ、気をつけてな」
中村光利の生家前で、佐久間は、腕時計に目をやった。
「急げば、夕方には、静岡県警察本部に、着けるはずだ」
「急に行って、大丈夫かな。アポイントメントもせず、秋山っていう警部に、相談するんだろう?外回りの捜査で、不在かもしれないぞ」
(………)
「いや、警察本部長に、話をつける」
佐久間たちは、時間に追われるように、浜松駅で、東海道新幹線に飛び乗ると、静岡県警察本部を訪れた。
〜 十六時、静岡市 静岡県警察本部 〜
総務課経由で、警察本部長の田鹿と、秋山警部に面会を求めると、秋山が、迎えに来てくれた。
「お待ちしてました。本部長と課長も、お待ちです」
佐久間は、東海道新幹線の車内から、課長の安藤に連絡を入れ、事情を説明しておいた。
事情を知った安藤は、直ぐに、青山警視総監に報告すると、その場で、青山から田鹿へ、連絡をしたのである。
本部長室で、田鹿警察本部長・中山課長・秋山警部と面会すると、これまでの捜査経過を、詳細に伝えた。特に、中村光利に関する関係者について、静岡県警察本部が知り得ない部分に、重点をおいて、話した。テロ対策特別チームの発足時、静岡県警察本部は、メンバーに入っておらず、概略を把握していたとはいえ、驚きを隠せない。
「そんなことに、なっているとは。サリンのことは、通達で聞いていたが、まさか、細江町殺人事件と、関係していたとはな。秋山、中村真央を、張っているのだろう?何か、尻尾を出したか?」
秋山は、残念そうに、首を横に振る。
「いえ、初動で警戒されてしまい、中々、隙を見せません」
「それは、村松泰成が、指示しているのでしょう。村松泰成は、司法書士をしていて、非常に、頭が切れます」
「佐久間警部。浜北区道本の工場だが、家宅捜査は、いつが希望だ?」
「犯人に逃げられる前に、出来るだけ、早期に行いたいと思います。三件の事件では、警察組織の動きが、監視されていました。今回の件も、どこで見られているか、分かりません。村松泰成たちの、索敵能力は、想像以上に高い」
(………)
田鹿は、浜松地方裁判所に、内線を入れる。
「田鹿です。井上くん、時間外に申し訳ない。実は、緊急案件で、家宅捜査したい場所があるんだが、今から手続きすると、どのくらいで、発行出来るかな?……そうか、では、その線で頼む。静岡県警察本部の若いのを、向かわせるよ」
田鹿は、内線を切ると、カレンダーに、印をつける。
(……二日後か。間に合うか?)
「佐久間警部、準備は、整うか?」
佐久間は、黙って、頭を下げた。
「警視庁に戻り次第、応援部隊の編成をします。浜北区道本の、家宅捜査と同時に、北区細江町在住の中村真央、浜北区小林在住の村松泰成を、同時に、身柄確保しましょう」
「かける容疑だが、不法建築と、危険物取扱保管義務違反でいけるかね?」
(………)
「まずは、十分でしょう。今から動くと、察知されるかもしれませんので、内密にお願いします」
秋山は、やる気十分のようだ。
「静岡県警察本部に、任せてください。今夜から張込みして、当日の動向に、備えてみせますよ」
「それは、心強い。では、二日後に」
「家宅捜査の時間は、捜査会議で決定次第、安藤課長に連絡入れておく。応援部隊の編成数などは、任せるぞ」
「助かります。……では」
こうして、佐久間たちは、布石を打って、帰途についたのである。
~ 東海道新幹線 車内 ~
「さすがに、疲れたな。科捜研に戻りたい」
「私は慣れっこだが、科学者には、確かに酷だよな。今日は帰って、ゆっくり休んでくれ」
「お前は、どうするんだ?」
「捜査一課で、緊急捜査会議をするよ。あと二日しか、ないからな」
「全く、頑丈な男だよ、お前は」
(………)
幕の内弁当を食べながら、暗くなって、ほとんど見えない、富士山の輪郭を眺めた。
(この間、泰成は、不意にやって来た。何故、職場まで来たのか、不思議に思ったが、あの時の違和感は、このことだったのだな。どこまで捜査が及んでいるのかを、探りに来たのだろう?……心底、残念だよ。もう、これ以上、被害を出す前に、家宅捜査で、止めてみせる)
東海道新幹線は、小田原を通過する。
今後の展開を予想しつつ、佐久間は、一際、深い溜息をついた。