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帰国当日。
マリアのイギリス人の彼氏が車を持っていて空港まで送ってくれるというのに甘えて、乗せていってもらうことにした。
空港の中まで来て見送ってくれる、と言ってくれたけど、中まで来てもらうとものすごく泣きそうな気がしたので、ターミナルの入り口で降ろしてもらい、そこでマリアと別れることにした。
「ねえ、サヤ。」
スーツケースをトランクから出してもらったところで助手席からマリアが下りてきて、わたしの前に立った。
「なに?」
そう言いながら、マリアと向き合う。
そういえばこれで彼女の顔を見ることもしばらくないんだな、と思った。
「サヤはわたしが初めて友達になった日本人で、とっても努力家で、cuteな女の子だよ。」
「・・・ほめすぎだよ。」
率直なほめ言葉に恥ずかしくなって言うと、マリアはううん、と首をゆるく横にふった。
「ねえ、サヤ。もっと自信を持って。サヤはこんなにタフなコースを2年間もがんばってきて、その上ちゃんと修了できたんだよ。少なくともサヤは、日本でもトップにいるはずなの。だからもっと胸を張っていい。」
「・・・・・マリア。」
胸が、熱くなった。
この2年、本当に苦しかった。
そもそもの留学のきっかけは将来の不安だった。
みんなと同じような仕事しかできなければ、いつか自分は社会で淘汰されてしまうんじゃないか。
そうならないためには最新の知識と技術が欲しい。
だから、誰かのためじゃなく自分の不安を解消したいという、ただただ利己的な理由でここまでやってきたのだ。
専門的な知識と、それをこうして認めてくれる人がいること。
このふたつが、これから胸を張って生きていくために必要だったもので、ようやくそれを手に入れられた、そんな気がした。
「日本に帰ったらときどき近況を知らせてね。イギリスでの経験が生かせる職場がみつかるといいね。それから・・・」
そこで一旦、マリアは言葉を切り、こちらに近づいて小さな声で、
「Cuteなボーイフレンドができたら連絡するってこと、忘れないでね。」
そう言うと彼女は口元に人差し指を当てて、いたずらっ子のように笑った。
彼女の言葉に一瞬、2日前に会った拓斗の顔が頭をよぎり、ちくりと胸が痛んだ。
「I will」(そうする)
できるだけおどけて、そう返した。
するとマリアが腕を広げたので、わたしも腕を広げてマリアを迎え入れた。
「サヤ。」
「ん?」
マリアが、その細い腕できゅうっと抱きしめる。
「あなたは女の子としてもすごく魅力的なの。誰が否定しても、サヤ自身が否定しても、わたしはそれを知ってるから。ずっと友達だから、この先サヤが迷ったら時は何度でも言うよ。だから、自信持って。」
何て返していいかわからなかった。
嬉しかったり寂しかったり悲しかったり感動したり、それがない交ぜになって言葉にならず、返事の代わりにマリアをぎゅうっと抱きしめた。
マリアはそっと、とんとんと背中を優しく叩いてくれて、わたしはそっと深呼吸してから腕を解き、彼女から身を離した。
「ありがとう。マリアと友達になれてよかった。」
「わたしも。Keep in touchね。それで、必ずまた会おうね。」
その言葉に頷いて、スーツケースの持ち手に手をかける。
「じゃあ、またね。」
言って、空港入り口へと足を向ける。
すると、
「サヤ。」
聞こえた声に振り向くと、マリアが彼氏と並んで立ち、ふたりで親指を上に立てている。
「Good luck!」
その光景になんだか笑いながら手を振り返し、空港へと足を踏み入れた。
マリアと別れた感傷にひたりながら、重いスーツケースを引き空港内を進む。
空港の高い天井を見上げながら、2年前に初めてこの空港に降り立った時のことを思い出した。
2年前、この空港に降り立った時は海外旅行すら初めてだったので、空港内の手続きもわからなければここが本当に合ってるのか間違っているのかもわからず、日本語のない英語だらけの表示におろおろしながら歩いていた。
今はさすがにどこに向かうべきかわかっているから気持ち的にも堂々と歩くことができて、それが自分の成長のように思えてひとりで嬉しくなった。
そしてチェックインカウンターでチェックインを済ませてスーツケースも預けてしまい、早々に身軽になった。
国際線に乗るので出国手続きのために税関を通らなければならないが、それでもまだ十分な時間がある。出国手続きのゲートを通ると店の数も少なくなるので、ぎりぎりまでゲートの手前のエリアで時間を潰すことにした。
とはいえ、物を買ってこれ以上荷物が増えるのも大変だし、ウィンドウショッピングしてもフライト前に疲れて足が浮腫むのも嫌なので、雑誌を買ってカフェで読むことにする。
書籍が売られているニュースエージェンシーで雑誌を買い、出国ゲートのすぐ隣にあるカフェに入ろうとした、その時だった。
「Excuse me, have you got the time?」(すみません、いま何時ですか?)
留学して当初驚いたのが、全く知らない通りすがりの人にこう言われることだった。
腕時計をしているのを見て、時間を聞いてくるらしい。
何度かこういうことがあってさすがに慣れてきたので、後ろからこう問いかけられたのに対し、落ち着いて、
「Sure…」
言いながら振り返った、その先に。
あり得ないものを見つけた。
「・・・・・拓斗。」
いるはずのない彼が、そこにいた。
いるはずがないのだ。
なぜなら、わたしは彼に出発時間も便名も教えていないからだ。
拓斗と別れたあとに散々泣いて胸はじくじくと痛んでいたのに、驚きでそれらがすべて吹っ飛んでいた。
「・・・・・なんで?」
茫然とするわたしに、拓斗は笑って言った。
「Do you have some time to have a cap of tea?」(お茶する時間ある?)
なかなか更新ができなくてすみません。。。