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眠りの彼方~誰がために目覚めるか~  作者: つつじ とさか
第3章 ~あさまだきに抱かれる少女~
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2.地を這うもの、空を飛びたい③-2


 シヤンカナ村に着いたとき、先程までとは打って変わってどんよりとした曇り空だった。

 ここは石畳がきっちり敷き積まれた街並みだ。家も頑丈そうな石造りで統一されており、曇天も相まってか古風な雰囲気に包まれている。


 ――まるで昔話に出てくる村みたいだ。


 出稼ぎで人が少ないのだろうか。道行く人は非常に少なく閑散としている。


 「めっちゃくらいな」


 白夜の素直な言葉に弥彦も思わず頷いた。


 「今まで行った場所の中で一番活気がないね」


 「うめぇ飯ならあるかな~」


 「小さい市場ならあそこに……いやいや違う違う! 探すのは核依代!」


 「えええー!」


 白夜がおもむろに残念そうに眼を伏せた。


 「あんたたち緊張感ないわね」


 それをロフティが呆れたように目を細めた。それに白夜は抗議するように尾をくねらせた。


 「ごとうちぐるめってやつやりてえんだよ~」


 「残念な事を言うけれど」


 「やだ!」


 「言う前に断るんじゃないわよ!」


 「たーべーたーいー」


 「ああもう、うるさいわね! こっち来なさい!」


 「あーれー⁉」


 白夜の首根っこをとフティに掴まれる。そのままずるるっと弥彦の首元から引きはがされ村の中へと連行されていった。


 「ちょロフティさん⁉」


 「おい、美人な姉ちゃん、蛇を引きずって行っちまったが」


 それが神獣なのだから、余計に困惑した様子でブヤンウヨックが言った。彼にとっては「シャー」と沢山鳴く白蛇にロフティが突然奇行を起こしたように見えただろう。走りだす前に弥彦はブヤンウヨックに端的に答えた。


 「どうやら白夜は腹ペコみたいです! 追いかけましょう!」


 「はあ⁉ 神獣ってお腹空くのか⁉ て、ちょっと待てよ!」


 ロフティが白夜を連れ去って足早に向かった先は小さな露店だ。

 閉店前と言わんばかりの寂しい品揃えだ。店主はもう誰も来ない者だと思っているのかロフティに気付かず読書に集中していた。


 ロフティは並んでいる物をさっと見回し、少し不格好ながら他のと比べて色鮮やかなトマトを店主に突き出した。


 「これ、いくらかしら」


 「……あ? なんだべっぴんさん、それにそこに兄ちゃんたちもここのもんじゃないな。あんたらみたいな若者が、こんなへんぴな土地になんの用だ?」


 「異能者協会の調査員よ。この村近辺を調査しにきたの、少しの間騒がしくさせるわ。それにしても、ここってこんなに空気悪かったかしら」


 「ちょロフティさん⁉」


 いくらなんでも直球すぎる。白夜なら普通の人には伝わらないが、ロフティの率直なそれに弥彦はひやひやしてしまう。だが店主は機嫌を損ねることもなく、だが笑い飛ばすこともなく――ただただ体中が凝り固まった様子で気だるく答えた。


 「さあどうだろうな。おれは足を悪くしてここの番頭を勤め始めたが、へんぴで小さな田舎はこんなもんだろ」


 「こちらにお住まいじゃないんですか?」


 気になる発現に弥彦も割り込んで尋ねた。


 「いいや、数年前から住み込みさ。この村民のための最低限の小さな店だ。見てみな」


 そう店主が村の中心の方へと視線を促す。


 「ここはポトビトシアの端っこの田舎も田舎。若者のほとんどは帰らずじまいよ」


 「帰らず仕舞い……ですか⁉」


 弥彦はぞっとした。


 「なんだ兄ちゃん。まさかとは思わねえが、行方知らずになってるとか勘違いしてねえか?」


 「え、違うんですか?」


 店主は目を丸くした。なにか変な事を言っただろうか、と弥彦は不安に思っていると、店主は突然笑い飛ばした。


 「え? そんな笑うところでしたか⁉」


 「弥彦。帰らず仕舞いってのは、よその町や国で元気に過ごしてるってこと」


 「そうさ! 家庭を作ってそこに居つくのさ!」


 「ああ! そういうことでしたか! それならよかったです!」


 暗い雰囲気に呑まれていた、弥彦は自分の失言にはっとなり手を叩いた。


 「あんた、アルバドリスに長年住んでいたんだっけ」


 「はい。アルバドリス生まれのアルバドリス育ちです。よかった、行方不明じゃないんですね」


 恥ずかしい。弥彦は苦笑しながら頬を思わず掻いた。


 「にいちゃん、おもしれぇな」


 意気揚々としてきた店主は言葉を弾ませた。


 「いいか兄ちゃん。若者はみんななんも無いところよりも眩しいところに行きたがるのよ。無いところより有るところの方が楽しいのさ。ここはそんな眩しいところに疲れた奴か、広い世界を知らないで生きる奴しかいないってわけ」


 「そうなんですか?」


 「おうさ。だからほらみろ。みんながお前さんらを物珍しく見ている」


 その言葉が弥彦の背筋を凍らせた。得体の知れない恐ろしさに弥彦は思わず周囲を見回した。


 「――⁉」


 喉が締め付けられた、そう錯覚するほど呼吸が一瞬止まった。人がいないと思っていた。だが違った。

 家の中にいた。そんな村民たちの視線が窓越しに弥彦達を捉えていた。


 ――僕たちを観察してるのか……?


 まるで獲物になったような気分だ。歓迎している、なんて無神経なポジティブにはなれない。よそ者がこの村や民に害を成すものかどうか見極めているかのようだ。それほど警戒されているのだと弥彦は固唾を呑んだ。


 「あんたたちは泉に投げられた小石だ。それがどんなに小さくても全体に波をたてる。変なことに巻き込まれる前に帰んな。べっぴんさんなんてもってのほかさ」


 店主はロフティの突きだしたトマトのお代を要求する。ロフティが手早く払うと店主は再び本を読み始めた。


 「ほら、ご当地グルメよ」


 「おぉ~! 生だ~!」


 白夜はロフティの手から器用に弥彦の首もとに戻り、差し出されたそれをしゃくりと音をたてて口に含んだ。


 「うんん、みずみずしいな~」


 ――丸のみじゃないんだ……。


 どうやら腔内で転がしてからゴクンと飲み込んだようだ。よく味わっているらしい、グルメな神獣だ。ロフティもそう思ったのか呆けたように言った。


 「ほんと変な神獣ね、あんた」


 「キュッ」


 ロフティの言葉に同調するようにリシェットは頷いた。


 「リシェットさんはいらないんですか?」


 「要求することもないわよ。だいたい、神獣は食事を必要としないわ」


 「それじゃあ個性なんですかね」


 「そうなんじゃない……? ご当地グルメを楽しみにしてる神獣なんて初めてよ」


 訝しくやり取りを観察していたブヤンウヨックが大笑いした。


 「やっぱりコイツらって腹減らないよな⁉ 俺が勉強不足かと思ったぜえ!」


 「ちょと! 声響いてるわよ!」


 「おっとすまん」


 なんと豪胆な人だろう。ブヤンウヨックはこの陰湿な雰囲気をなんとも思っていないようだ。今でも纏わりつく視線に弥彦は〝早くここから離れたほうがよさそうだ〟と胸がざわついて仕方がない。ロフティも周囲に視線を巡らせて気を張っている様子が見てとれる。


 「どうやら歓迎されてない、みたいでしょうか」


 「みたい、じゃないわね。確実に厄介者が来たような反応だわ」


 「俺も初めて来たがこんなに辛気くさい村は早々ないぞ。情報収集は期待できなさそうだな」


 滞在は最小限に留めたいところだ。弥彦は頭を切り替えた。


 「ロフティさんが言ってた【霧の泉】――でしたっけ。そこに核依代があるんじゃないかって話でしたよね。ここからどう行けばいいんでしょうか」


 「そうね、さっさと済ませましょう。こっちよ」


 「はい!」


 「あいよ!」


 ロフティの足取りに迷いはない。家と家の狭間の道を選びつつ村の外に出る。目の前に広がるのは道のない樹海だ。


 「ここから霧の泉に行けるわ。ただ、特殊な異能が働いていて、間違った道を歩くと村に戻されるの。はぐれないようにあたしの後ろからついてきてちょうだい」


 「わかりました」


 その返事を聞いてロフティは先を行く。


 緑の無法地帯。素人目には道だと思えるものは見当たらず、ただただ草木をわけて進んでいく。何を目印にしているのか分からないが、ロフティは慣れた足取りで方向転換していく。忘れないようにしようと方向感覚を研ぎ澄ましていた弥彦は次第にいま向いている方向が北なのか南なのか、見当がつかなくなっていった。


 ブヤンウヨックも大層驚いた様子で前を行くロフティに疑問を投げた。


 「ねえちゃん! あんた妙に詳しいよな! やっぱここらの出身か⁉」


 それに対してロフティは歩きながら答えた。


 「知人の家がこのあたりだったから知ってるってだけよ」


 だがその声色はどこか淀んでいた。


 ――なんだか動揺している……?


 嘘を吐いているのならもっと分かりやすい反応を示すだろう。だが、今回は今まで見てきたそれらの反応とは少し異なっていて、ただの嘘だとは弥彦は思えなかった。


 (へんなやつだなー。素直に言っちまえばいいのにー)


 白夜は能天気な声色でそう言った。


 ――みんな白夜みたいだったら気が楽になるんだろうな。


 そういう点では彼の自由気ままな性格が輝いて見える。だが秘密を暴くことで傷付く人もいる。


 (きっと言いにくい事情があるんだよ)


 (フラマリスもだけど、人間って大変なんだなあ)


 それは本当にそうだ。生きてる間にその人にしか紡げない人生がある。性格も悩みも経験も様々だ。

 きっとそんな話は、来るべき時に聞くタイミングがやってくるものだろう。今は発生している神力の原因の調査と対応が出来ればそれでいい。


 一行がしばらく進んでいると、ロフティは足を止めて声を放った。


 「いるんでしょ、出てきなさい」


 ――⁉


 唐突なことに弥彦は体を跳ねらせた。木陰から深緑色の外套を纏った人が姿を現したのだ。


 ――なっ……全然気配がなかった…⁉


 フードを深く被っており顔は口元しか分からない。体つきも男女の区別がつかない。そんな外套の人が落ち着いた声色で沈黙を破った。


 「銀の乙女よ、戻られたのですか」


 中性的な声だ。


 「……ぎんのおとめ?」


 弥彦は思わず疑問を呟く。聞き慣れない言葉だ。だが銀髪のロフティのことを指しているのは一目瞭然だろう。同じくぽかんとした表情のブヤンウヨックが弥彦を肘で小突いた。


 「おいなんだよあれ、知り合いか?」


 「いやいや、僕も初対面ですよ……なにがなんだか……」


 とりあえずここは面識のありそうなロフティに任せるしかない。弥彦は見守るに徹していると、外套の人がロフティの言葉を待たずに尋ねだした。


 「なぜ戻ってこられたのです、自由になったのでしょう」


 不思議でならない、と言いたげに首を傾げた。それに対してロフティは言葉を探すように少し間を空けてから答えた。


 「やらなくちゃ行けないことが出来たのよ。そのために戻ってきたわ」


 「帰ってきた……ではないのですか」


 外套の人はどこか憂いを帯びていた。


 「逆に、あんたがまだ残っていたことに驚いたわ」


 「ここは、銀の乙女の帰れる場所ですから。守り続ける事こそが我が一族の本懐です」


 「誰もいない場所に縛られる必要なんてないのよ。あんたたちこそ、自由になりなさい」


 「我々の、本懐ですから」


 またしばらく沈黙が訪れた。二人は沈黙の中で探り合っているかのようだ。そうして、ロフティが息をひとつ零した。


 「どうやら邪魔はしないようね。それなら安心したわ」


 「はい、あなたは銀の乙女です。あなたが戻ることに邪魔などしません。ただ、これから霧の泉に行くのならば、獣はともかく他の人間は案内しないでほしいです」


 「別にいいでしょう。あの時だってそうだった、問題なかったでしょ?」


 「あれは、銀の乙女が勢いで。それに結果的に問題なかっただけです」


 「今回もそうよ」


 ロフティは頑として譲らない姿勢を保つ。


 ――……。


 また沈黙が流れるが、その間、外套の人がロフティの後ろにいる弥彦たちに視線を向けるように僅かに顔を動かした。外套の人の見えない視線の圧が感じ取れるようで、弥彦は変な汗をじんわりとかいた。やがて外套の人はやれやれといった雰囲気で溜息を吐いた。


 「……わかりました、ですが、一人だけです。それ以上は許せません」


 「ありがとう。弥彦、行くわよ」


 「――は、はい! あの、困っていたようですけれど、本当にいいんですか?」


 「……人でなければ問題ないかと」


 ――人でなければ?


 〝人〟が入ると不都合の生じる場所、ということなのだろう。

 銀の乙女が帰る場所であり、念入りに隠された場所。だがロフティは知人の住んでいる場所でもあるという。

 禁足地というものなのだろうか。世の中には隠れ里のしきたり、のような、何かしら独特な伝統を守る者がいるとも聞く。


 核依代が神聖な場所にあるという仮説が本当なら、ロフティの予想通りここに検出された神力の原因が眠っているのかもしれない。そう考えるとこの場所を知っているロフティが説明しにくいものの案内してくれた妙な心境がなんとなく分かるような気がした。


 「ちょ、俺はどうすんだよ⁉」


 ブヤンウヨックが大袈裟に取り乱す。それにロフティは少し気難しい顔で言った。


 「悪いわね、さっきの村か車の中で待っていてくれないかしら」


 「そりゃ構わんけど。まー、どっちにしろ神域やら神獣やら出たら、あんたらの邪魔にならんようにしなきゃだしな。もしかしたらに備えて各所に連携とって近隣の警戒態勢を布いとくぜ」


 「ありがとうございます。とても助かります」


 「これが俺の仕事だからな。なんかわかったらすぐ連絡してくれな」


 そう勝気に笑顔を浮かべて踵を返そうとする彼に対してロフティが少し焦りだした。


 「ちょっと待って! 道覚えてるのかしら⁉」


 「おお、そう言われると覚えてねえな!」


 「そうよね、適当に行こうとするのはお勧めしないわ。ここから森を出るには下手すれば永遠に彷徨うことになるわよ」


 「うそだろ⁉」


 「最悪カエルになってしまうかもしれないわ」


 「イヤだな⁉ てかどういうことだよそれ⁉」


 ――なんて奇妙な森なんだ……⁉


 この場に独り置いていかれたらと弥彦は想像すると、途端に恐怖で全身鳥肌が立った。


 「パザーチ、彼を――ブヤンウヨックを村に案内してあげて。そして、万が一あたしたちが一日かけて戻ってこなかったら連絡してやってくれないかしら。必要ならここに案内してほしいの」


 「万が一――ですか?」


 「きっと問題なければ遅くとも半日で戻ってくると思うのだけれど――ただ、中に入ったら連絡が取れないでしょう。あたしたちが一日経っても帰ってこない時に伝達役になってほしいの」


 「……万が一の事態…………承知いたしました」


 どこか物思いに更けた様子で外套の人――パザーチは頷いた。


 「頼むわよ」


 そうロフティはブヤンウヨックとパザーチに視線を配ると森の奥へと向かいだす。弥彦は彼に一礼する。


 「じゃあブヤンウヨックさん、行ってきます」


 「おう、なんかあったらオリジンにも連絡するからよ、気を付けてな」


 去る彼らの背中を少しだけ見送って、弥彦もロフティの後を追う。


 「あの、ロフティさん、いくつか質問したいことがあるんですが!」


 「いいわよ、なにかしら」


 「ありがとうございます。先ほどの方はパザーチさんと言うんですか?」


 「パザーチはポトビトシア東部の古語で〝守人〟って意味。パザーチは銀の乙女を守るために長い間秘術を受け継いだ一族で、彼らをまとめてそう呼ぶのよ」


 「なるほど……それで、銀の乙女というのは、ロフティさんのことなんですか?」


 「……そうよ」


 「銀の乙女の帰る場所や自由を守るってどういうことなんでしょうか?」


 「……簡単に言うと、銀の乙女は人里で過ごせなくなった。それを匿ったのがパザーチの初代。誰もいない静かな場所を提供してくれて、そこが銀の乙女の安息の地になったの。初代パザーチはその場所をずっと世間から隠していたってこと」


 「だから地図にはなかったんですね!」


 意図して隠しているのであれば地図上に載ってなくとも納得がいく。だが弥彦は矛盾に気付く。


 「――あれ、でもロフティさんは地図になかったことを疑問に思われていましたよね?」


 地図に無くて当然なのにそれに動揺していたのはロフティだった。


 「あたしはてっきり、既に暴かれた後だと思ってたから……」


 ロフティは雲行き怪しく口ごもった。


 「暴かれるって……どういうことですか?」


 「それは……」


 どうしてだかロフティは黙ってしまった。


 弥彦は正直その反応にやはりと思った。

 答えられる質問であれば答えてくれる人だ。彼女は決して意地悪で答えてくれないわけじゃないのは分かっている。それに怒りなど湧かない。

 これが初対面の怪しい人物が相手なら信じられないだろう。だが、ロフティはそうではない。

 後ろからなので彼女の表情はうかがえない。だが肩に乗っているリシェットが「きゅう……」とか細く鳴き、ロフティに顔を摺り寄せる。それに応えるようロフティはリシェットの小さな頭を撫で返した。


 彼女の雰囲気を見るに戸惑っているようだ。


 答えられない、あるいは答えにくい――それなら口を噤んでもらっても構わない。そう弥彦は受け入れるのみだ。

 だがロフティは足を止めて口を開いた。


 「悪いわね……今のあたしには上手く説明できないわ……」


 「――⁉」


 応えてくれたことに弥彦は驚いた。返答がなくても気にしなかった分、思わず目が見開いてしまった。


 「あんたが気を遣ってくれてるのが伝わるわ。だからちゃんと説明できるようになりたい。でも、ごめんなさい。あたしもここに来たのは小さい頃以来だから……少し記憶に自信ないことが多いのよ……。勢いで取り繕ってあることないこと言ってしまいそうな気がするから……ちゃんと整理が出来たら、全てに伝えるって約束させて」


 肩越しにこちらを伺う顔は困った表情ながらも視線を逸らされなかった。面食らったが、弥彦は笑顔を返した。


 「ありがとうございます。いつか待ってます」


 それだけで今の弥彦には十分だった。


 「さあ、着いたわよ」


 立ち止まったのはどうやら目的地に着いたから――という理由もあったらしい。


 「これは……」


 弥彦はロフティの隣に立ち、目の前の景色に息を飲んだ。

 樹海の中にぽっかりと天の開けた場所。曇り空とはいえ、自然の光をその身に受け止めるかのように、水の底に沈んだ数々の岩を見通せるほどの濁りのない泉が広がっていた。静かに揺らめく水面は、周囲の緑を薄く映し出していた。


 「ここが霧の泉、ですか?」


 白夜がきょろきょろと見回す。


 「霧なんてねえぞ~?」


 そうだ。視界は良好、霧なんて見当たらない。


 「見た通りだとは限らない。弥彦、もっと近寄ってちょうだい」


 「は、はい?」


 「いいから」


 「わあ⁉」


 弥彦が呆けているとロフティが腕を掴んできて引き込んだ。


 「鍵があれば視界は開ける。その鍵は、あたし」


 泉に光が射した――いや、泉が輝いた。


 「な⁉」


 すぐに視界が真っ白になる。そして違和感が風のように吹き抜けた。

 目が眩しさで痛い。弥彦はしばらく目を閉じたまま痛みを耐え続ける。


 「うっ……いったいなんなんですか……?」


 そんな中、弥彦は薄く目を開けて、ロフティに疑念の眼差しを向けた。

 だが、ロフティは口を開けて唖然としていた。


 「ロフティさん?」


 そうして弥彦はようやく周囲の音に意識が向く。

 喧騒が聞こえる。ざわざわと周囲で弾んでいる会話。留まりを知らない多くの足音。そして先程より日の光できらきらと艶やくロフティの銀髪。

 周囲を見回せば、そこは視界いっぱいの人で賑わう街中だった。


 「な…………」


 言葉を失う。白夜も目を白黒させて硬直した。だがなにより……。

 

 「なに……これ……」


 「…………え⁉」


 そう言葉を溢したロフティに弥彦は驚愕した。



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