exp.王国大政変1
【親父サイド】
暗く、ただ闇だけがその場を支配する世界。
悠久の時代から変わらず、その身を現在へと顕現する地下宮殿。
今、そこにはヴァルトハイネセン王国初代国王の血を受け継ぎし数十名の王族たちが肩身の狭い思いをしながら隠れ潜んでいた。
「ラーデンハイド公爵。本当に大丈夫なのであろうな?」
一同を代表するかのように、齢八十を超える最長老の男が声を発した。
声をかけられた隻眼の男は窓から外を眺めていたが、椅子に座った老人へと答えるために振り返る。
「はい。万事、うまく事が運んでいると、そう報告を受けております」
男――ラーデンハイド公爵はそう応じて腰を折った。
今彼らがいる地下宮殿は太古の昔に作られたとされる建物だった。
王都地下にあるジークリンデの住処よりも更に地底奥深くにできた天然の洞穴。
そこへと通じる隠し通路は王国の守護竜にして古代竜ジークリンデの住処にあり、本来であれば何人たりとも近寄ることはできない。
それが許されるのはジークリンデと直接盟約をかわした建国王が認めた者、即ち、女王陛下ただ一人と言われていたが、彼女が認めた者であれば例外も許されるという話だった。
つまりはジークリンデの担い手である契約者、そして、ヴァルトハイネセンの意思を示す王家の印を持つ者。
あるいは、古の時代より王家に仕える影。
ラーデンハイド公爵は今、王家の印を現女王であるイリスレーネにより託されていた。
(我が身命を賭してでも、王家に仇なす者どもすべてを駆逐してご覧に入れましょう)
太古の昔より王家の忠実な犬として忠誠を誓ってきたラーデンハイド家だからこそ、全権を任されていた。
ラーデンハイド公爵は室内を見渡した。
非常事態が起こったときにと作られた秘密の隠れ家ゆえに、豪華さなどは一切感じられない応接間だった。
広さだけはそこそこあるが、家具調度品などは平民が使っているような粗末なものばかり。
贅沢に慣れた王侯貴族では豚小屋にしか感じられないだろう。
しかし、我慢してもらうより他にない。もしそれができないようであれば、王国すべてを飲み込もうとしているリッチ宰相派により早かれ遅かれ暗殺される定めにあるからだ。
(それに、もし命乞いのために奴らに与するようなことになっても困るからな)
一部の王族は既に宰相派閥に取り込まれており、手遅れとなっている。
これ以上、王家の血を引く者たちが敵派閥になびいたらすべてが終わる。
隻眼の男はそう思わずにはいられなかった。
「しかし、ラーデンハイドよ。いつまでこんなところにいればよいのだ? 早く元の生活に戻りたいのだがな?」
今現在、この部屋にはラーデンハイド公爵を除くと、三人ほどの男たちが詰めていた。
そのうちの一人は最長老であるが、今発言した者は王家の末席に身を置く壮年の男だった。
「今しばらくお待ちくださいとしか言えません。陛下がお戻りになるか、もしくは宰相派がすべて駆逐されるか、そのどちらかが完遂されるまでの間、辛抱ください」
慇懃に腰を折るラーデンハイドに、今度は別の男が不満げに声を発した。
「そうは言うが、それはいつなのだ? いったいいつ、陛下はお戻りになるのだ? ここに放り込まれてもう二週間以上にもなる。これ以上、こんな日の光も当たらない陰湿な場所で生活などできんぞ?」
「わかっております。ですがもうしばらく――」
ラーデンハイドがそこまで言ったときだった。扉がノックされると、全身黒ずくめの若者が一人、入ってきた。
王国ではなく、ヴァルトハイネセンの血に忠誠を誓っている盟約の盾と呼ばれる組織に所属する一人だった。
「申し上げます、女王陛下の代弁者、ラーデンハイド卿」
扉のたもとで片膝ついて低頭する青年に、
「どうした?」
ラーデンハイドが声をかけた。
「はい。実は妖魔どもに妙な動きが見られます」
「妙だと?」
「はい。帝国へと放っていた密偵によりますと、例の十二神将が姿を現したとのことです」
「十二神将だと!?」
報告を受けていたラーデンハイドよりも早く、室内にいた王族の一人が呆然と声を発していた。
「バカな……! あの災厄級の妖魔どもがなぜ、今になって魔の領域から出てきたのだ! しかも帝国だと? いったいどういうことだ!」
「わかりません。ですが、魔の領域を監視させている者たちによれば、あの瘴気の海の中に生息する魔軍それ自体も活性化し、動きが慌ただしくなっているとのことです。ですのでもしかしたら」
「ふむ。いよいよということか」
青年の報告を受けてラーデンハイドは額に右手を当てて考える仕草をしてみせたあと、部屋の外へと歩き出した。
「どこへ行く気だ?」
それを捉えた王族の一人が眉間に皺を寄せて問い質す。
隻眼の男は振り返らず、その者に答える。
「陛下がお戻りになる前に、早急に下準備に取りかからないと手遅れになるやもしれません。皆様方もくれぐれも、短気を起こされぬよう、よろしくお願いします――妖魔どもに喰われたくないのであれば、ですがね」
そう言って、青年を引き連れ部屋を出ていった。
残された王族のうち、最長老を除く二人はただただ、顔面蒼白となって硬直するばかりだった。
◇◆◇
応接室をあとにしたラーデンハイド公爵は、宮殿の地下深くに作られた何もない地下室へと下りていった。
四メートル四方の狭い石室で、見渡す限り何もない。ただ、突き当たりの壁に王家の紋章が描かれているだけ。
彼はそこへと静かに歩み寄ると、右手に持った極彩色に光り輝くアミュレットを壁の紋章へと重ね合わせた。
その瞬間、眩い光がアミュレットに埋め込まれていたプリズムから発せられ、ゴゴゴと音を立てて、光り輝く無数の亀裂が入り始めていた壁が左右へと開いていった。
「これは……」
同行していた青年が驚いたような表情を浮かべる。
ラーデンハイドは無表情のまま、手にしたランタンの明かりだけを頼りに、現れた隠し部屋へと入っていく。
「ここは、建国王が後世、必ず災いが起こると予見して、我々救いを求める者たちのために残してくださった救済の力が安置された祭壇だ」
部屋の突き当たりまで来て立ち止まったラーデンハイドは、ランタンを持つ左手を上方へと掲げた。
「これは……」
仄かな明かりに映し出された財宝の数々に息を飲む青年は、それしか言葉に表せなかった。
ラーデンハイドはなんの感慨もなさげに、無数に設置された宝箱とは明らかに異質な場所を注視した。
まさしく祭壇。
大人の腰ほども高さのある大理石で作られた階段状となっている祭壇の一番上に、横向きに安置されていた一本の長剣。
柄も鞘もすべてが金の彫刻が施された一目で宝剣と呼べる逸品。
しかし、長い歳月をずっと、ここで過ごしてきたからか、彫刻部分もそれ以外もすべてが錆びてしまっていた。
この地下宮殿は管理者である盟約の盾が定期的に手入れをしていたから、有事の際にはすぐに使えるよう整備されていたが、この隠し部屋だけは誰の目にも触れることのない禁忌の場所として隠されていた。
ゆえに、ここに安置された財宝のすべてが当時の姿を保って眠りについていたのである。
ラーデンハイドはランタンを床に置き、右手のアミュレットをポケットにしまったあと、宝剣をその手に取り鞘から引き抜こうとしたが、まるで微動だにしなかった。
剣身まで錆び付いているのか、それともなんらかの力が働いて抜けないようになっているのか。
「ふむ。なるほど。だが、それならば」
彼は無表情に呟いてから背後を振り返った。
「レギン・ファヴニルよ。貴公に厳命する。この建国王の剣『盟約の剣』を、帝都にいるであろう我が息子、フレデリック・ラーデンハイドへと届けよ」
「はっ!」
片膝ついて畏まるレギン・ファヴニルと呼ばれた青年は低頭したまま両手を上方へと掲げてずっしりと重い王国の至宝を受け取った。
それを見下ろす形となっていたラーデンハイドは、
「あいつなら、あの未知の力を持つ奴ならば、必ずやその剣を本来あるべき姿へと戻してくれるであろう。そして、そのときこそ初めて、世界に平安が訪れるはずだ」
隻眼の傑人はそう呟き、再び祭壇へと向き直った。
彼の視線の先にあるのは、祭壇右手側に安置された蓋の開けられた箱だった。その中には怪しげな魔力を放っているなんらかの動物の牙と思われる黒く尖ったものが大量に収められていた。
ラーデンハイドはそれを見て、口元を歪めて笑った。
「建国王が残した断罪の鎌。今こそそれを使うときぞ」
彼はそう呟き、黒い牙の一つを手に取った。
「我は名はラーデンハイド。王家に仕えし盾であり矛でもある。その役目を全うするためならば、魔王にでもなってみせようぞ!」
鋼の竜騎士の異名を持つ王国最強の竜騎士ラーデンハイド公爵は、片目だけの碧眼に妖しげな光を宿して凄みのある笑みを浮かべるのだった。
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