覚醒した契約スキル
「……ド! しっかりして、フレッド!」
誰かが懸命に俺を揺さぶり起こそうとしていた。
「お兄たま! 起きてくださいでしゅ! お兄たま……!」
愛らしい少女の悲しげな声色が耳朶を打った。
俺は……。
「う……ん……もう食べられないよ……」
「なんの夢を見てるのよぉ~~!」
突然、ぱぁんという甲高い音と共に、激しい痛みが頬に走った。
俺は激痛のあまり思い切り上半身を起こしていた。
「――いってぇぇ! な、なんだ!? 今のは!?」
絶叫と共に跳ね起きた俺は、何が起こったのかまったく理解できず、痛む左頬を押さえながら呆然と周囲に視線を送った。
俺の目の前には不愉快そうに顔を歪めているイリスと、今しも泣き出しそうな顔をしているナーシャがいた。
どうやら知らない間にぶっ倒れて意識を失っていたようだ。
俺はイリスに支えてもらいながら、改めて状況確認しようと思考を巡らせたのだが、
「……そうだった。ジークだよ……」
意識を失っていたときに幻影となって現れたあいつのことを思い出して、思わず呟いてしまった。
もしあれがただの夢でなかったのであれば……。
俺は次第に身体の中にあいつの息吹が躍動してくるのを明確に感じ取っていた。
それは紛れもなく、あいつとの契約が生きている証だった。
契約が解除されたと思っていたからあいつの力を感じにくくなっていたが、あいつとの繋がりを強く意識した瞬間、ときを追うごとにあいつの力が強く雪崩れ込んできた。
あいつが側にいてあいつとコンビを組んで大空を飛び回っていたときに必ず感じていた高揚感と破壊的な力の衝動。
それが確実に高まっている。どんどんどんどん、近づいてきていた。
それが意味することなんて一つしかなかった。
――来る!
「全員、耳を塞げ! 竜の咆哮が来るぞ!」
俺は叫んで、俺の右側から顔を覗き込んでいたナーシャの耳を慌てて塞いだ。
その瞬間、西の空から巨大な何かが暴風を撒き散らしながら飛来してきた。
「バカなっ。お前は神竜ジーク――」
空高くから金切り声を上げてバル=アレイモスが何事か叫んでいたようだったが、彼の声は最後まで続かなかった。
突如現れたジークリンデが強大無比な竜の咆哮を上げたからだ。
「ぐっ。相変わらず、とんでもない叫び声だな……!」
俺は契約者だったからジークの咆哮が俺に効果をもたらすことはないが、それ以外の人間には敵味方関係なく、すべての精神を蝕んでしまいかねない死の宣告へと成り果てる。
精神力が高ければまだしも、そうでない人間は皆一様に精神支配を食らって怖じ気づき、当分の間身動きが取れなくなってしまう。
運が悪いと、鼓膜が破れることや、心臓麻痺を起こして死ぬことすらあった。
「うっふふ。来たわね、ジークリンデ」
そんな竜族の中でも史上最強の部類であるジークリンデの竜の咆哮を食らってもなお、テオドラは余裕の笑みを浮かべていた。
見ると、俺たちの周囲にはいつの間にか、結界のようなものが張られていた。
「なるほど。これで防いだというわけか」
しかし、
「う~~。お耳がいたいでしゅ」
「まったくもう……! どうしていきなり出てくるのよっ」
ナーシャとイリスが眉間に皺を寄せていた。
「グガァァァ! ナゼダナゼダナゼダァァ。どうして貴様がここにいる! どうして王国の守護竜がこんなところにいるのだっ!」
どうやら先程の咆哮で魔法を中断させられたらしいバル=アレイモスも絶叫していた。
さすがにあのクラスになると、ジークの咆哮でも相手の精神を完全支配することができないようだった。
まぁ、おそらくは俺たちのことを考えて手加減していたのだろうけど。
「クソガァァァ。これでは俺の計画すべてが灰燼に帰すではないかっ。クソクソクソッ~!」
奴は叫び、空から俺たちを見下ろした。
「こうなったのもすべて貴様らが悪い! かくなる上は我が命すべてを燃やし尽くしてでも、貴様らを血祭りに上げてやるわぁぁ!」
奴は叫び様に全身から瘴気を迸らせて急降下してきた。
空にいたときには親指ほどの大きさだったのに、近づけば近づくほどに二倍三倍と大きさが変化していき、最後には数十、数百倍に膨れ上がっていた。
「うふふ。なんだか面白いことになっていますわね」
「面白くありませんよ!」
テオドラとアルガイルがそんなことを話しながら空を見上げていた。
二人が指摘する通り、確かにバル=アレイモスの見た目はとんでもないことになっていた。
俺たちが先刻倒した雄牛。あれと同じぐらいの大きさになっていたのである。
しかも、その大半が瘴気の塊となって。
「うふふ。まぁいいですわ。仕方がありませんから、ここは吹っ飛ばしてあとで捕縛いたしましょう」
「その必要はありませんよ」
さも楽しげに笑うテオドラに、俺は立ち上がり様にそう宣言して、全身に流れ込んできたジークリンデの魔力を一気に解放していた。
「なっ……! バカなっ。お前のその目はまさかっ……!」
自爆攻撃しようと、あと二メートル先というところまで迫っていたバル=アレイモスが愕然として、いきなり動きを止めていた。
蜘蛛の巣に縫い止められたかのように、身動き取れなくなってしまった鳥人間。
「ふ、フレッド……! あなた、その目は……!」
イリスが俺と鳥人間を交互に見やって絶句した。
「お兄たまの目、光っててキレイでしゅ!」
ナーシャが愛らしい顔を輝かんばかりの笑顔で満たす。
(ひ~! あいつが来ただけじゃなくて、あんたまでなんでそんなことになってんのよっ。怖過ぎるんですけど!?)
シロが全身の毛を猫みたいに逆立てて、ナーシャの背後に隠れてしまった。
アルガイルが俺を見て呆然とし、エルレオネはいつもの無表情。そして、テオドラはニヤけた笑みを浮かべるだけ。
俺は更に両目を通してジークの力を眼前の敵へと叩き付けていた。
契約解除されて使えなくなったと思っていた契約スキル『古代竜の虹瞳』だったが、契約は解除なんかされていなかった。ただ、あいつのことを拒絶していたから力が弱まっていただけだったらしい。
だからこそ、今の俺は、奴の力を両目に宿し、真の力を引き出していたのである。
「よくわからないが、どうやらお前はジークが苦手らしいな。さっきの咆哮は俺たちも巻き込まれる可能性があったから、力を制限していただけだろうが、それでも俺のスキルで動きが封じられるとか。雑魚キャラかっつーの」
「ふざけるな貴様! 貴様ごとき人間風情の力など、この俺が即刻打ち破ってくれるわ!」
「できるものならやってみろ。だが、その前に……」
俺はその場にいた全員に退避するように促した。
俺だけ残して全員が百メートルほど南に離れた場所にある馬車へと移動したのを確認してから、
「どわぁぁぁ~~! 来るな! 貴様! なぜ近づいてくる!」
空を飛翔していたジークリンデが巨体を俺の近くへと降下させ、地響き立てて大地へと降り立った。
「おい。言い残すことはないか?」
「は?」
アホ面となっている瘴気の塊の妖魔。
俺は奴から目を離すことなく、
「ジーク。こそ~っとだからな? 本来の力の数千万分の一でいいからな? 絶対にフルパワーで炎を吐くなよ? いいな? フリじゃないからな!?」
「炎だとぉ!?」
あからさまに怯えた風になって大暴れして逃げようとするが、鳥人間はまったく身動き取れなかった。
俺は後ろ向きに歩きながら、
「ヤレ」
(まったく。面倒くさい注文をしてくれるものだ)
不平不満を言いながらジークがデカい口を開ける。
「おいっ、よせっ、バカ、やめろぉ~~!」
白銀の竜が開けた巨大な顎門のすぐ真ん前で絶叫する傀儡神将バル=アレイモス。
奴は次の瞬間に一気に吐き出されたすべてを溶解せしめる白焔のブレスを前に、断末魔の叫びすら上げること叶わず、この世から消滅していった。
一片の欠片も残すことなく雲散霧散したバル=アレイモス。
それを最後まで見届けた俺は、
「はぁ……やっと終わったか……」
うんざりして項垂れた。
避難していたイリスたちが俺の元へと集まってくる。しかし――
「フレッド~?」
地の底から湧き出たかのようなおぞましい声色を発しながら、後ろから俺に抱きついてきたお姉様こと皇后テオドラ。
「な、なんでしょうか……?」
「私、言いましたわよね? あれは生け捕りにして研究材料にすると」
「そ、そんなこと言いましたか?」
「言いましたわ! それなのにど~~してあなたは、あれを燃やし尽くしてしまったのかしら!? これはどうやら、お仕置きが必要なようですわね!!」
「お、お仕置き!? そんなバカなっ」
血の気が引いて全身から冷や汗が吹き出してきた俺は、大慌てであの人の包囲から逃れて後退ったのだが、
「フレく~ん!」
「お兄たま!」
ほぼ同時にイリスとナーシャによってサンドイッチにされてしまい、完全に動きが封じられてしまった。
「おい、バカっ。お前ら離せぇ~!」
だが、とき既に遅く、艶然と笑った黒き魔女がにじり寄ってきて、俺のおでこにデコピンを炸裂させていたのであった。
かくして俺は、頭から足下へと突き抜けていく電気的な痛みに抗うことができず、ゆっくりと、意識を暗黒世界へとロストさせていった。
本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!
とても励みとなりますので、【面白い、続きが気になる】と思ってくださったら是非、『ブクマ登録』や『★★★★★』付けなどしていただけるとありがたいです。




