懐かしき盟友との再会
これまでに出会ったどんな化け物よりも凶悪な敵だと思っていた黒鬼。
それなのに、たった一撃で戦闘不能に追い込んでしまうなんて、やはり姉さんは史上類を見ない正真正銘の化け物だった。
「陛下……お戯れが過ぎますよ」
ゆらゆらと立ち上がったエルレオネが、眉間に皺を寄せて文句を言った。
「こうなることは予想の範疇でしたから、それゆえに、陛下がお出ましになる前に敵を一網打尽にしておこうとしたのですが、どうやら力及ばずだったようです」
金髪の騎士アルガイルもまた立ち上がり、渋面でぼそっと呟いた。
俺とイリスも二人して支え合いながら立ち上がったのだが、皇后テオドラは目尻を下げて愉悦に歪んだ笑みを浮かべた。
「あらあら。これでも十分に手加減を加えましたのよ? 本当は全力で――」
「お止めください! 陛下が本気になったら世界が滅びます!」
すかさずアルガイルが突っ込みを入れていた。
「うふふ。冗談ですわよ。ところであなたたち? あのゴミ虫を生け捕りにしてきてもらえるかしら?」
「「は……?」」
「は? ではありませんわ。いいから生け捕りにしてきなさい。最下級の十二神将とは言え、彼には十分利用価値があります。連れ帰って魔法研究の材料といたしますの」
「何をバカなことをおっしゃっておられるのですか! あれがどれだけ危険か、陛下もおわかりでしょうに!」
「えぇ、そうですわね。何しろ、妖魔軍の中枢に位置する存在。彼と接敵するのは二度目ですが、前回は取り逃がしてしまいましたからね。ですから、今回は捕らえて嬲りごろ……ではなく、妖魔を研究するために是が非でも持ち帰りたいんですの」
「……陛下。今、嬲り殺しと言おうとしましたよね……?」
「あら? 気のせいでなくて? うっふふふ」
アルガイルとテオドラ姉さんの二人が、聞いているだけで悪寒が走りそうなことを話していると、
「き……っさまらぁぁぁぁ~~~! 人間ごときがこの我を愚弄するかぁぁ~~!」
すり鉢の底から大音声が轟き渡った。それと共に、勢いよく目の前へと飛び出してきたかつては鬼だった生き物。
それが、背中に翼を生やした存在として宙空をホバリングしていた。
「なっ……あれは、人間なのか……!?」
その姿を目にして思わず呆然としてしまった俺。
鬼の姿をしていた妖魔が、上半身裸の人間の男に変じていた。
顔も俺たち人間とまったく変わらず、背中に生やした翼や下半身だけが、そいつが俺たちとは別物であるということを物語っていた。
半人半鳥。
まさしく、それは世界のどこかに存在すると言われているハーピーのような生き物となって目の前に現れたのである。
「許さん……。許さんぞ、貴様ら! この俺をこのような姿に変えやがって! 貴様ら全員八つ裂きにしてくれるわっ」
奴は見た目だけでなく、人格まで別物となって更に空高く飛んでいった。そして、先程の姉さんの攻撃で破壊されてしまっていた結界の外へと躍り出ると、天高く両腕を掲げ、魔法詠唱を開始した。
満天の星々が、徐々に集まってくる黒雲によって消え始め、それと共に雷鳴が轟き渡った。
「これは……」
天を見上げていたエルレオネが小さく呟いた。
「えぇ。まずいですわね。彼が使おうとしているのは間違いなく、古代に失われたと言われている古代魔法の一つ。トリニトラス。あれを使われたら広範囲雷撃によって、半径一キロ圏内は人が住めないような瓦礫の山と化すでしょう。ですが――」
テオドラはそこまで言って、背後に控えていた俺たちを見て楽しげに笑った。
「そろそろあれが来る頃ですわ」
そう艶のある声で宣言したときだった。
「ぐあぁぁぁ~~!」
俺は頭に激しい痛みを覚えて膝をついてしまった。
「フレッド!?」
慌ててイリスが俺を抱き留めてくれる。
「お兄たまっ」
「あ、こら、ナーシャ……!」
デールの声を無視して、ぽこちゃんとシロを引き連れたナーシャまで俺の側へと駆け寄り、抱きついてきた。
俺は左右を銀髪姉妹に挟まれながら、俺を見下ろすようにしていたあの人を見上げた。
黒き魔女はただ、扇で口元を隠しながら艶然と微笑むだけだった。
俺はそれだけを確認して意識をロストさせた。
◇◆◇
(汝……欲するか……?)
どこかで聞いたことのあるような声が脳内に響き渡っていた。
(誰だ……?)
俺は一条の光すら差さない暗黒世界で問い質した。しかし、相手から答えが返ってくることはなかった。
(汝、力を欲するか?)
甘い誘惑。
人の本質を見抜き、欲望を的確に刺激するかのような囁きだった。
(バカが……そんな質問に気安く答えられるわけないだろうが……)
これは罠だ。
もしここで欲しいなどと答えようものなら、あっという間に身を焦がされ、灰になってしまいそうな、そんな気がした。
だから俺は強くそれを拒絶した。しかし、奴は何を思ったのか。
(汝との契約は未だに履行中である。我を受け入れるがいい)
そう告げ、暗黒空間に白銀の巨大な姿を晒していた。
(やはりお前か……白焔の古代竜ジークリンデ)
(いかにも)
(なんでお前がこんなところにいる? ていうか、俺は今どうなっているんだ? どうしてこんなところに)
既に頭痛はないが、俺の周囲から一切が消滅していた。イリスたちは元より、大地も空も何もかもが行方不明。
ただこの真っ暗闇の場所には俺とジークリンデがいるだけだった。
彼女は大地のないこの場に巨大な翼を折り畳んで寝そべっていた。
(ここは我が作り出した精神世界だ)
(精神世界だって? なんでそんなところに俺は引っ張り込まれてるんだよ)
(無論のこと。汝が我の存在を拒絶しておるからだ)
(拒絶するってどういうことだ? 俺はお前のことを拒絶したことなんか一度もないぞ?)
(汝は我との契約が解除されたと、そう思っていよう。それは我との契約を忘却の彼方に葬り去り、我を拒絶したのと同義よ)
(契約が解除されてないって、いったいどういうことだ? 俺は白焔の竜騎士の称号を剥奪され、確かに契約が解除されたはずだ。それが証拠に、お前との精神的繋がりであるあの力も、ほとんど出せなく――)
俺はそこまで喋ってまさかと思った。
まさか、俺の身体の中に未だに消えずに残っていたあの力は、そういうことだったのか?
契約が解除されたのに残っていたのは時間が徐々に経過していくことで消えていくという主旨のものではなく、契約が解除されていなかったからこそ、そもそも、力も消えていなかったということか?
そして、勝手に解除されたと思ったがゆえに、結果的にジークを拒絶したことになり、あいつとの精神的繋がりが弱まってしまったから、力が半減したということなのか?
次第に血の気が引いていく俺の心を読み取ったのか、ジークリンデは長い首をもたげ、勝ち誇ったように長大な翼をはためかせた。
(理解したようだな、フレッドよ。そうだ。汝が言う白焔の竜騎士なる称号など、所詮は人が勝手に生み出したまやかしに過ぎぬ。一度我と契約した者は、どちらかが死滅するまで永遠に契約の効力が続くと、そう心に刻むがよい。もしもこの誓いを違えようものならば、人の世などすべて灰燼に帰すと、そう心得よ。それほどに、我ら竜族との契約は絶対不可侵なのだ。我が覇竜となるか、天竜となるか。すべては汝の言動次第。肝に銘じておくがよい)
ジークリンデはそこまで言い、空へと飛び立つような仕草を見せた。
(どこへ行く気だ?)
(決まっておる。我は古き盟約にしたがいて、現代までヴァルトハイネセンの血を守ってきた盟約に縛られた存在だ。ゆえに、我が取るべき行動など一つよ)
ジークリンデがそう宣言するのと同時に、世界が歪み始めた。
(フレッドよ。今世で我が唯一契約する我が担い手よ。今一度問う。我の力を求めるか? それとも拒むか?)
既に白銀の巨体は俺の視界からは消えていた。
俺は薄れる意識の中、ただ、こう呟くだけだった。
(契約には従う。だが、俺の制御下には入ってもらうぞ)
と。
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