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黒き魔女と傀儡神将

「どうしてお姉様がこんなところに!」



 しゃがみ込んで俺の上半身を抱き起こしてくれていたイリスが、困惑したような顔で叫んでいた。



「うっふふ。久しぶりですわね、イリス? それにしても相変わらず無様ですこと。そんなにも傷だらけになってしまって」

「うるさいわね! そんなことはどうでもいいのよ! お姉様がこんなところにいるってことは、ずっと私たちのこと見てたんでしょ!? なんですぐ助けにきてくれなかったのよ!」


「あらあら、随分と反抗的ね。今も昔も変わらず、フレッドが絡むとすぐにあなたはそう。どうやら、愛しい人がボロボロになってしまったことに立腹しているのでしょうけれど。うふふ。だけれど、すぐに出ていってしまっては面白くないでしょう?」


「面白くないですって!?」

「えぇ。だって、私の可愛い坊やが苦しんでいる姿を見ていると、それだけで私はあちらの世界に逝ってしまいそうになるのですもの、うふ♥」

「な……!」



 黒い扇で口元を隠して笑う黒い魔女こと皇后テオドラ。

 イリスは唇を震わせ絶句してしまう。

 相変わらず妖艶な、それでいて、愉悦に歪んだ笑みを満面に湛えながら、テオドラ姉さんはさんざか俺とイリスをねっとりとなめ回すような視線で見つめたあと、興味を失ったかのように前方を見据えた。



「陛下、今はそのようなことをしている場合では……」



 左右両サイド後方に控えるように移動したエルレオネとアルガイル二人のうち、白銀の鎧を着た青年の方が口を開いていた。



「わかっていますわ」



 そう答えながら扇を仰ぐ黒き魔女がどんな顔をしているのかは今の俺にはわからない。

 しかし、明らかに声のトーンや雰囲気が変わっていた。

 全身から立ち上る邪悪さを連想させる魔力の奔流。

 幼少の頃、イリスと二人揃ってよく姉さんを倒そうと突撃していったが、その度に、彼女の全身からは似たような魔力が迸っていた。



「うっふふ。お久しぶりですわね。天魔十二神将が一人、十二番目の傀儡神将さん?」

「お前は……そうか! お前は王国の……! なぜこんなところにいる!」

「なぜですって? 決まっていますわ。私がこの国の皇帝であるレオンバルドスの后だからですわ。つまり、この国を統べる皇后という立ち位置に存在しているということでもありますわね」



 皇后テオドラの口調は相変わらず揶揄するようなものだったが、そこに含まれている威圧感は、かつて感じたことがないほど寒々しいものだった。

 心なしか、彼女を包み込んでいる魔力までもが徐々に膨れ上がっていってるような気がした。



「……そういうことか。インレクティスどもメ。情報収集能力に欠けていると見える。これは帰ったら奴らを再教育せねばならんな……!」



 バル=アレイモスは苦々しげに吐き捨てると、空中へと飛翔した。

 奴もまた明らかに雰囲気が変わっていた。

 俺たちと相手をしていたときには感じられていた余裕の一切が失われていた。

 あれほど強大な力を有した鬼が、姉さんが現れただけで、態度を豹変させてしまうとは。



「あら? 空を飛んでどこへ行くのかしらね?」

「決まっている! 貴様が出てきたとあっては、これ以上の実験の継続は不可能であろう! ゆえに、撤退するまでのことだ。クク。ではまた会おう、諸君!」



 黒鬼は嘲弄するような笑みを浮かべて北の空へと飛び去ろうとしたのだが、



「うっふふ。そうはいかないですわよ?」



 艶然と笑ったテオドラが、何事か短く高速詠唱したと思ったら、一瞬にして虹色に光り輝くドーム型の何かが俺たちを中心として半径約百メートルにわたって展開されていた。

 そのせいで、逃げていた黒鬼が思い切りその障壁へとぶつかり、派手な音を立てて大地に落下した。



「貴様! 空間制御による結界魔法だと!? バカな! たかだか人間ごときが扱える力では……!」



 真っ二つになって地面に倒れている黒耀の屍鬼神と呼ばれた雄牛の死骸付近に落とされていたバル=アレイモスは、顔面を憎悪に歪めた。

 テオドラは一歩ずつ、ゆっくりと近寄っていく。


 エルレオネとアルガイルも彼女を護衛するかのように、前進していった。

 俺はイリスの肩を借りて立ち上がると、シロが運んできた道具袋の中から回復薬を取り出し、飲み干した。その上で様子を窺った。



「うっふふ。たかだか人間であっても、色々と使えるんですのよ? たとえばこんな風に」



 面白そうに笑うと、テオドラ姉さんは両手を左右に広げて、俺の耳ではまったく聞き取れない異常なまでの速さで高速詠唱し始めた。


 そして――


 俺は開いた口が塞がらなかった。

 あの人の頭上に無数の属性魔法が同時に展開されていたのである。


 極大の火球、シロが作り出した氷の槍を遙かに凌駕するレベルの特大のつらら、そして、そこら中で吹き荒れる暴風に混ざった雷。


 あの人がとんでもない化け物レベルの魔法使いだということは身をもって体験していたから知っていたが、まさかあれほどとは思わなかった。


 本来であれば、高速詠唱なんてものもできないし、複数同時に色んな魔法を使うこともできないのだ。

 それなのに、それをやってのけるような人間。



「お姉様のスキルよ」



 生唾を飲み込んで成り行きを見守っていたら、イリスがそう声を発していた。



「え?」

「王家スキル『狂乱の魔女』。高速詠唱だけでなく、複数同時に魔法を扱えるとんでもない代物なの。しかも……」



 イリスはそこまで言って、口をつぐんだ。

 じっと前方を見据える彼女同様、俺も姉さんを見つめていると、



「うっふふ。そして、こんなことまでできでしまうんですのよ?」



 そう言って、開いていた両腕を頭の上に持ってきてパチンと、掌を重ね合わせた。

 その瞬間、上空で扇状に展開していた複数属性の特大魔法がバチバチと派手な音を立てて、一つに融合されてしまったのである。



「バカなっ。こんなことがあるわけがない! お前はいったいなんなのだ!」



 明らかに怯え叫ぶ黒鬼。テオドラは、



「うっふふふ。さぁ! 舞い踊りなさい! 私をあがめ奉る舞を!」



 言うが早いか、直径十メートルは下らない火花を散らした氷の火球を黒鬼目がけてぶっ放したのである。



「どわぁぁ~~! よせ! 止めんか、馬鹿もんがぁぁ」



 黒鬼は可哀想なぐらい慌てふためきながら、同じように瘴気の塊を現出させて力を相殺しようとしたが、無駄だった。


 まるで氷で作られたブラックホールがごとく、黒鬼が作り出した瘴気が跡形もなく飲み込まれてしまったのである。

 そして、その勢いのまま、更に巨大に膨れ上がった火球が逃げようとしていた黒鬼を押し潰して大爆発した。


 あまりにも凄まじい衝撃により、空間すべてが共鳴反応を起こしたかのように金切り音を立てた。

 歪んだ空間が微振動を巻き起こし、数秒遅れで第二、第三の爆音を生じさせて結界に亀裂を生じさせた。


 光り輝く真白き世界に包まれた夜の闇が、自身を取り戻し始めたとき、その場に立っていたのは黒き魔女だけだった。


 そこら中で戦っていた帝国兵も魔獣の残党も皆一様に飛んできた衝撃波によりひっくり返っており、魔獣たちに関してはすべてが死滅していた。


 対して俺たちはと言うと、俺もイリスもエルレオネもアルガイルも地面に突っ伏していた。

 後方に控えていたナーシャやデールも地に伏せていた。


 黒鬼こと傀儡神将バル=アレイモスは……圧壊することなく、更に巨大で深い大穴の底で、丸焦げになってぶっ倒れていた。

 生きているのか死んでいるのかすらわからない。


 そんな状況であったのに、一人だけ、皇后テオドラは面白そうに笑っていた。

本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!

とても励みとなりますので、【面白い、続きが気になる】と思ってくださったら是非、『ブクマ登録』や『★★★★★』付けなどしていただけるとありがたいです。

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