光の剣
おそらく、戦場と化したこの場から発せられている負のエネルギーのようなものが瘴気へと変じて、それが奴のそれを増幅させているということなのだろう。
どんな仕組みでそういった現象が起こっているのかはわからない。しかし、バル=アレイモスは実験によってあれらを作ったと言っていたから、なんらかの作用が働いてそうなっているであろうことは間違いない。
そして、次第に周囲へと膨れ上がっていく瘴気によって何が引き起こされるのか。考えられることは一つだけだった。
「瘴気を増幅させて、この辺一帯すべてを魔の領域と同等のものとする……」
(そういうことよ。だから、一刻も早くあいつを倒さないと、すべてが終わるわ!)
「ちぃっ。だったら急ぐぞ!」
(ちょっと! 命令するのは私の方だからね!)
「ピキキ~♪」
「ナーシャも、お兄たまをおたしゅけしゅるでしゅ!」
シロとぽこちゃんが俺の両肩に乗って、より一層光り輝いた。
ちっちゃな銀髪ツインテの幼子が俺の背後に回って腰にしがみつき、ぽこちゃん同様青白い仄かな光を発した。
デールが大剣を握りしめ、真横で周辺の警戒に当たっている。
怒号飛び交う戦場で、帝国兵と死獣のような魔獣たちが互いに血飛沫上げながらバタバタと倒れていく。
けたたましく前肢で大地を叩いたり、回転して大暴れしたりする巨大な雄牛の相手をしていたイリス、エルレオネ、アルガイルの三人が肩で息をしながら、高速戦闘を繰り広げていた。
そんなすべての人間たちを視界に捉えながら俺は、残されたすべての魔力を一気に爆発させた。
その瞬間、俺の周囲にいたシロやぽこちゃん、ナーシャも最大級の輝きを発し、暗黒の夜空に一条の光を迸らせた。凄まじい力の奔流が俺たちを飲み込み、そして光が爆散した。
天に伸びる光すべてが消え去ったとき、俺の手には光り輝く長大な大剣が握りしめられていた。
膨大な精霊力を宿した愛用の剣。
「お前らは避難していろ!」
俺はナーシャたちが離れたのを確認してから、爆発的な精霊力が宿った重量級の神聖剣グラムシュナイデンの柄を両手に握りしめ、一気に駆け出した。
「お前らぁ~! そこをどけぇぇ~~!」
巨大な化け物まで残り五メートルといった地点で立ち止まると、俺は一気に長剣を振り下ろしていた。
三メートルほどの長大な光の刃から、爆発的な力が前方へと放出される。
光の斬撃となったそれが雄牛の頭頂へと光の速度で炸裂したとき、大爆発が巻き起こった。
俺はその爆風をもろに浴びて、後方へと吹っ飛ばされる。
大地に激しく背中を叩き付けられ、むせかえった。
魔力が空っぽになる寸前まで搾り取られたせいで、意識が朦朧としていた。
俺は痛む身体とふらつく頭を懸命に動かし、上体を起こした。
雄牛がいた場所は深さ三メートル、半径十メートルほどの巨大な穴が開いていた。
その中心には白煙がたなびいていて何も見えなかった。
爆心地から離れた場所では、俺と同様に吹っ飛ばされたらしい三人が起き上がって固唾を飲んで見守っていた。
そんな中、ようやく煙が拡散したとき、俺は思わず絶句していた。
「バカな……! あれでもダメだったというのか……!?」
すり鉢の中心、そこには、頭蓋骨が剥き出しになっていてなお、倒れていない雄牛がいたのである。
俺は強烈な脱力感に襲われ、そのままぶっ倒れそうになったが、それをいち早く察知したらしいイリスが駆け寄ってきて抱き留めてくれた。
「しっかりして! フレッド!」
彼女のあとに続くかのように、エルレオネとアルガイルも俺の元へと集まってきた。
「ちっ。あれでもダメだというのか!?」
金髪の騎士が顔を歪めて悔しそうにする。
「打つ手なし、ですか……」
普段無表情でいることが多いエルレオネもまた、険しい表情を浮かべていた。
しかし、
「素晴らしい! まさか、私の最高傑作である黒耀の屍鬼神を倒してしまうとは! これは是非とも我が実験体となっていただきたいものだ!」
そう言って、俺たちの前方へと下りてきたバル=アレイモス。
「倒しただと……?」
俺は苦痛を堪えながら、黒鬼の更に向こう側へと視線を投げ、その瞬間、呆然とした。
致命傷すら与えられていないと思っていたあの巨大な雄牛が、今まさに、頭頂部を中心として左右へと真っ二つに裂け、地響き立てて倒れていったのである。
「まさか……さっきの一撃で倒していたのか……」
「そうみたいですね」
俺の呟きにエルレオネが応じた。
「一難は去ったようだが……」
「もっと厄介な事態になってしまったみたいね」
アルガイルとイリスが、自虐的な笑みを浮かべた。
「さぁ、人間諸君よ! 前座はここまでだ! これよりが本幕! 我と存分に舞い踊ろうではないか!」
傀儡神将バル=アレイモスは愉快そうに笑い、両手を天へと掲げた。
その瞬間、稲光を伴う極大のどす黒い瘴気が現出した。
「ククク。さぁ! これを喰らっても無事でいられるかな? いや、是非無事でいて欲しいものだ! さすればきっと、上質な被検体となって存分に研究の糧となってくれようぞ!」
黒鬼は終始、笑みをこぼさず、にやーっと笑って勢いよく両手を前へと振り下ろした。
その瞬間、どす黒くて巨大な瘴気の塊が俺たちへと勢いよく飛んできた。
「やられる……!」
俺はそう思って身構えたのだが、
バチンッ。
何かが爆ぜるような甲高い音が辺り一帯に鳴り響き、瘴気の塊が雲散霧散していた。
そして――
「ま、まさか……!」
一同を代表するかのようにエルレオネが呆然と呟く。
俺はすぐ目の前に現れた真っ黒いドレス姿の女を見て、瞬間的に背筋に寒気が走った。なぜならば、
「うっふふ。やっぱり出てきて正解でしたわね」
そう言って艶然と笑う白銀の髪のお姉様。
彼女は俺と視線が合うと、目尻を下げてこれ以上ないほどのいやらしい笑みを浮かべながら舌なめずりした。
「うっふふ。本当に楽しいものを見せてくれるではありませんか。私の可愛い坊や?」
俺はその台詞を聞いて、違う意味で失神しかかるのであった。
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