それぞれの戦い1
【帝国兵サイド】
大分、町の外は暗くなり始めていた。
田園都市ミュンヘルの東門から数キロメートル先に行ったところでは、この町の守備隊総勢四十名ほどが東街道を封鎖するように佇んでいた。
そんなところへ、町の方から馬に乗った一人の衛兵が駆け寄ってきた。
「守備隊長~!」
「どうした?」
「皇后陛下より、密書が届いております!」
「皇后様からだと?」
そう言って、田園都市ミュンヘルの治安を一手に引き受けている守備隊の隊長は、急いで手紙を開封した。
「これは……」
隊長は手紙の内容を見て、思わず息を飲んでいた。
『あなた方は一切動かなくて結構です。私は常にあなたたちのことを見ています。くれぐれも余計なことをして、私を不快な気分にさせないように。いいですね?』
手紙にはただそれだけしか書かれていなかったのである。
「これはいったいどういうことでしょうか?」
隊長のすぐ隣で同じように内容を見ていた副隊長が眉間に皺を寄せていた。
「わからん。あのお方のお心を読める人間など、この国には誰もおらんからな。皇帝陛下ですら」
「えぇ。ですが、このままでよろしいのですか? あのハンターどもが言うには、東から大罪人がやってくるから決して中に入れないようにとのことでしたが」
「俺に聞かれてもな。たかだかハンターごとき連中に我ら守備隊が動かされるというのも癪な話だが、奴らが言うことが真実であればまずいことになるからな」
「そうですね。妖魔や魔獣どもと通じていて、それらを町の中へと招じ入れようとしている」
「あぁ。実際にそれによく似た事件が北の方の町で起こり始めているらしいからな」
「はい。もし、その犯人が連中だとしたら、一歩でも町の中に入れたら大勢の犠牲者が出ることになります」
「その通りだ。だが、いまいち確証がなかったゆえ、先日、早馬を走らせ陛下にお伺いを立てたというのに、どういうことだ?」
「わかりません。ですが、動くなというのであれば、我々は奴らの捕り物劇に介入することはできません」
「だな……。口惜しいが、このまま成り行きを見守っているしかあるまい」
「はい。ですがもし、その末に町に危険が及ぶようなことがあったら」
「うむ。町を死守するために動かなければならんだろうよ」
隊長と副隊長はそう言いながら、数十メートル先で戦闘をおっぱじめたハンターたちを見守った。
【女王様サイド】
一方その頃、馬車のすぐ側までゆっくりと後退していたイリスは、非常に寒々しい眼差しを前方に向けていた。
そこには、みすぼらしいハンター姿に変装した近衛騎士や聖騎士の若者たちが緊張した面持ちで佇んでいた。
「陛下! 悪いことは言いません。今すぐお戻りください! さすればすべて丸く収まるのです!」
女王という立場上、位の高い相手の顔は年若いイリスと言えどもある程度把握はしていたが、彼女にそう声をかけてきた若者の顔は記憶になかった。
おそらく、近衛騎士の誰かということなのだろうが、抜き身の剣を片手にしているハンターたちのほとんどを、彼女は知らなかった。
知っているとすれば、幼少の頃からレンディルとつるんでいたあの二人だけ。
ゲールとハワードである。
彼ら二人は、イリスにとっても敵以外の何物でもなかった。
暇さえあれば愛する夫をバカにしてくるような連中だったからだ。
何度撃退しても、厨房に出没するどす黒い甲殻虫並みにカサカサとにじり寄っては汚い手を伸ばしてくる。
本当に最悪だった。
だから彼女はその現場を見る度に激怒して返り討ちにしてやったのである。
「あなたたちがどこに所属しているのか知りませんが、王国人と事を構えるつもりはありません」
「で、では、お戻りくださるということでよろしんですね!?」
そう答えたのはゲールだった。
どこか気の弱そうな見た目をしているくせに、フレッドをいびるときだけは人一倍強くなるどうしようもない人間だった。
「何をバカなことを言っているのですか? 剣を交えるつもりはないから、さっさと国に帰りなさいと言っているのです。私はやらなければならないことがあるからここにいるのです。あなたたちの出る幕ではありません」
「陛下! バカなことをおっしゃっているのは陛下の方です! どうしてこのような真似をなさったのですか!? 国では多くの国民が陛下の帰りをお待ちしているのです! それなのに、帰らないとはどういうことですか!?」
おそらく近衛騎士の一人であろう若者が、興奮したように叫んだ。
彼の言うことはもっともなのだろう。
もしも自らの意志で国から出てきたとなったら、対外的には女王の責務を放棄して、すべての国民の未来すら捨てたことになるからだ。
国を統治する者というのは、それだけ、その国に住まうすべての人間の生活を正しく導く義務というものがある。
それを捨てたとなったら、正義感溢れる者であれば、度しがたいほどに許せなくて当然だった。
しかし――
「もうよせ。言うだけ無駄だ。表向き、陛下は拉致されたということになっているが、実際には違う。陛下は自らの意志で王宮から逃亡してきたのだ。そこに、なんの目的があったのかは知らんがな。だが、一つだけ確かなことがある。それは、既に取り返しのつかないレベルまで、あのクソ野郎に洗脳されちまってるってことだ!」
「は? ……洗脳だと!?」
苦々しげに吐き捨てたハワードの言葉に、ハンターたちが一斉に後方へと一瞥を送った。
そこには、激しい戦闘を繰り広げている二人の騎士がいた。
フレッドとレンディルである。
「陛下は昔からそうだった。あのクソ野郎に感化され、常に俺たちの前に立ち塞がってきた――そうだ! 昔からだ! あのときから既に、陛下は奴の口車に乗せられ、毒されてしまっていたんだよっ。ゆえに、いくら言葉を重ねたって無駄だ! 陛下の意思は既にそこにはない! あるのはただ、あのクソ野郎に埋め込まれた偽物の人格だけだ!」
「なんだと!? ……バカな……他人の意志を弄ぶとか、そんなことが許されていいのか……!?」
「なんとお労しや……。それもこれも、あの逆賊がすべて悪い……!」
「フレッドめぇ……! あのクソ岩石野郎が……!」
イリスの前方に展開していたハンターたちが口々に呪詛を吐き捨てた。
彼らが何を信じて何を疑うのか、それは個人の自由だ。しかし、真偽のほどを見定められないような狭量な人間が国を守る聖騎士や近衛騎士とは。
イリスは呆れ果ててしまうと共に、非常に残念な気分に陥った。
それに対してハワードは、周りの仲間たちを一瞥したあとで、憤りに満ちた表情を一変させるように無表情になっていった。
「ともかくだ。陛下。あまり手荒な真似はしたくありませんが、これが最後通牒となります。潔く武器をお捨てください。そして、王妹殿下共々、こちらへお越しください。そうすれば、決して危害を加えないと約束いたしましょう。ですが、あくまでも抵抗するというのであれば――」
じっと見つめてくるハワードに、イリスはどこか、寂しそうな笑みを浮かべた。
「どうやら、あなたたちは本当に話が通じないようね。最初からわかってはいたけれど、残念だわ」
彼女はそれだけを言い、腰の剣を抜き放った。
「シロ! ナーシャを全力で守りなさい! そのためなら、どんな手段を使っても構わないわ!」
その叫びが合図となった。
一気にハンターたちの間に緊張が走った。
彼らが相手をするのは王国最強の剣姫である。
彼女に勝てる者などそうはいない。
(私は……妖精と約束したのよ。たとえ相手が誰であろうとも、私の邪魔をする者は容赦しないと……!)
徐々に無表情となっていき、全身から青白い光を放出させていく彼女に、
「一斉にかかれ!」
ハワードが鋭い叫びを上げ、八人全員が飛びかかっていった。
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