最後の町へ
身支度と朝食を軽くすませた俺たちは、それぞれの役割に従って馬車へと乗り込んだ。
デールは御者。俺はその補佐のために御者台へ。
イリスとエルレオネは周辺の警戒をしつつ、万が一に備えて身体の休息。
ナーシャはただ荷台に揺られるのみ。
「今日は川沿いに走る旧街道ををひたすら突っ切るんだったか?」
俺の問いに、デールが頷く。
「あぁ。旧街道を走っていくと、やがて帝都やミュンヘルから伸びている東街道へと出るから、あとはひたすら西へと走っていけばすぐにでもミュンヘルへと辿り着ける。そうすればもう、旅も終わったも同然だな」
「そうか……」
デールが言うようになんのアクシデントもなければ、そうなるのだろう。
田園都市ミュンヘルで一泊して一息ついたら、あとは一日かけて馬車を走らせれば、本当に長かった俺たちの逃避行もすべてが終わる。
しかし――
「なぁ、デール」
「ん? なんだ?」
「言いづらいんだが、ミュンヘルを通らずに、帝都の南門目指すことってできないか?」
「あ? 突然どうしたんだ?」
「いや、なんだか嫌な予感がしてな……」
朝起きてからずっとあの夢のことが脳裏をよぎって離れなかった。
あの感覚。
現実なのか夢なのかすらまったく判別できないほどにリアリティのあるアレ。
旅の最中にも似たような出来事があったような気がするが、俺の勘が正しければ、アレは予知夢だ。
五歳のときに一時的に発現していたよくわからない未来視の能力。
もしかしたら、あれがまた、俺の中で再燃してしまったのかもしれない。
もしそうだとしたら、大変なことになる。
なんとかしてあの未来を避ける手段を講じないと、俺以外すべてが死んでしまう!
しかし――
「あらら~~? うっふふ。ふ~~れ~~くん? ひょっとして、私との駆け落ち旅が終わってしまうのがそんなに寂しいのかしらぁ?」
突然、猫なで声を出して背中に抱きついてきたバカな奴がいた。言わずもがなイリスである。
彼女はいつものようにニタニタ笑いを浮かべながら、俺の頬へと頬ずりしてくる。
いつもだったら鬱陶しくて思い切りはねのけているところなのだが、とてもではないがそんな気分になどなれなかった。
「そんなんじゃない。ただ、本当にこのまま進んだらやばいことになりそうな気がしたんだよ。確証はないけどな」
そう。確証はない。
もしかしたら、当初の予定通りにいけば何も起こらず、違う道を選んだがために、おかしな未来が待っているのかもしれない。
何しろ、あの映像の中には暗黒の空と炎、それから草原しか出てこなかったのだから。
あの場所がどこなのかもわからない。しかも、
「黒騎士……」
あいつと隣にいた黒い人型の影もなんなのかさっぱりわからなかった。
「フレッド様」
「……うん?」
「申し訳ありませんが、迂回はお勧めできません。食料などの物資も心元ありませんので、ミュンヘルに立ち寄らずに南回りに迂回するとなると、三日はかかってしまいます。ですので、途中で物資が底を突いてしまいます」
「そうか」
静かに告げるエルレオネに、俺は溜息を吐いた。
どちらにしてもこのまま突き進むしかないとは。
「わかった。だけど、皆、くれぐれも油断しないでくれ。何か起こったときにすぐ動けるように準備しておいてくれ」
一切の表情を消すように真剣に一同を見渡す俺に、何かを感じ取ったのか、ふざけていたイリスも含めて全員、真顔で頷いた。
「では、出すぞ」
「あぁ」
発車を告げるデールに、俺は静かに頷いた。
小走りに砂利道を走り始める馬車。
徐々に遠ざかっていく森の中に作られた野営場所。
あそこから少し北の方へと向かうと、鉱山の村から続く大森林にぶつかる。
野営場所の南側には、大水道から続く小川が南西に向かって流れている。
今日はやや曇り空だったが、馬車が走り抜ける度に後方へと流れていく背丈の高い草が、非常にのどかな気分にさせてくれる。
昨夜見た悪夢が文字通り夢だったのではないかとすら思えた。
杞憂に終わる。終わってくれるはずだと、そう思いながらも、俺はひたすら馬車に揺られながら前方を眺めていた。
そうして、俺たちはあともう少しで最後の町ミュンヘルへと辿り着くというところまで来て、それを見てしまったのである。
「なんだあれは……?」
デールが訝しげに呟いた。
「どうしてあんなところにいるのよっ……」
「……どうやらあちら側にも頭が回る人がいるようですね」
不快そうなイリスと、いつも通りの沈着冷静なエルレオネの二人が呟いた。
「先回りされたということか……」
色んな意味でうんざりさせられた俺がそう呟いたとき、馬車がゆっくりと停車した。
俺たちは数十メートル先に展開していたハンター姿の連中を凝視した。そして――
「くっくっくっ……やっと会えたなぁ、フレッドォッ!」
凶悪なまでのどす黒い殺気を漂わせた青髪の青年が、悦楽に歪みきった醜悪な笑みを満面に湛えていた。
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