閃光の一撃
迫ってくる。
百は下らないと思われる鳥型魔獣たちが猛スピードで一斉に襲いかかってきている。
森を抜けてようやく昼の光に包まれて一安心できそうだったのに、奴らのせいで一瞬にして太陽が隠れてしまった。
一つ一つはそこまで巨大でないのに、すべてが密集したせいで数十メートル規模の巨大な闇が空を覆い尽くしていた。
そんな中で一際目を引く極彩色の怪鳥がいた。
死の天使と呼ばれ、情報すらあやふやな暫定Sランク魔獣アズライール。地方によってはアズラーイールとも呼ばれるらしいが、奴らは、確認できただけでも三体はいた。
「ひーっ」
「まだですか、フレッド様!?」
「フレッド!? あなたいったい何を企んでいるのよ!」
(ちょっと、そこの精霊臭い人間! その匂い止めなさいって言ってんじゃないのよっ――てか、何よ、これ! なんでこんなに精霊たちが大量に集まってきているのよっ)
「お兄たま、しゅごいでしゅ! ぴっかぴかにひかってましゅ!」
「ピキッキ~~!」
俺の周囲にいた者たちすべてが口々に何かを叫んでいたが、そんなことに気を取られている場合ではなかった。
俺はすべての魔力を使い果たす勢いで、右手に意識を集中していた。
俺の女神スキル『世界龍の円環』の子カテゴリーとして顕現した『精霊神術』が、何を媒体にして精霊たちに働きかけて力を借りているのかは定かではない。しかし、確実に、力を集めれば集めるほどに魔力が根こそぎ持っていかれるような、そんな気がした。
「ぐっ……まだだ……! あとちょっと……!」
俺は全身を走る悪寒に必死で耐えながら、顔を歪めて空を凝視した。もう、時間がない。あと数秒もすれば、一斉に襲われて俺たちは奴らの胃袋の中へと収まってしまうだろう。しかし――
「こんなところで……くたばってたまるかよっ。俺にはまだ、なさなければならないことがたくさんあるんだっ……」
くぐもった声でそう叫んだときだった。
すぐ目前に迫っていた死の天使ことアズライールの胴体から生えていた三つの首の先――巨大で鋭利なくちばしが一斉に開いて、毒々しい紫色の光が放たれ始めた。
あと一メートルで、すぐ手前で、それが――
「今だっ!」
森や大地、大気に存在していた精霊たち。
エルレオネの炎から新たに生み出された精霊たち。
それら、俺たちの周囲を包み込んでいた数百、数万、数十万の光の粒子が一斉に俺の長剣へと宿り、長大な光の剣へと変異していった。そして次の瞬間!
ドーンッという、爆音轟かせながら、数メートル規模に膨れ上がっていたエルレオネの炎が塊となって、振り下ろされた戦斧槍の先から前方へと放たれ、大爆発を起こした。
そこへ、俺が繰り出した神聖剣の一撃が追い打ちをかけるように炸裂する。
強烈な閃光と衝撃と破砕音が夜闇のような景色に替えられていた上空を、一瞬にして光り輝く朝の光景へと変えてしまった。
爆炎たなびく世界にすべてが飲み込まれていく。
そして、それらすべてが消えたとき、あとには何も残っていなかった。
トリリエリスもアズライールもすべてが粉微塵となってどこかに吹っ飛んでしまったのである。
「や……ったか……?」
しかし、代償はあまりにも大きかったようだ。
すべての力を出し切った俺は、薄れる意識の中でそれだけを確認すると、そのまま馬車から転落して崖下へと転がり落ちていった――かに思われたが、寸前で、イリスとデールの二人が一斉に俺を掴んでいた。
「何やってんだっ」
叫ぶデール。
「そうよっ。死ぬ気なの!?」
珍しく顔面蒼白となっているイリス。
俺はぐったりしながらも御者台へと引き戻されてすぐ、魔力回復薬を無理やり胃の中に流し込まれたのだが、そこへ、
「ヒヒーッ……」
今度は激しい戦闘のせいで恐慌状態に陥った馬たちが暴走を始め、馬車が激しく揺れ始めた。
「デール!」
イリスが叫ぶ。
「わかっている! ――くそっ。あと少し!」
デールは叫びながら巧みに馬たちを操縦して、崖下に転落しかかって軋み音を上げていた荷台をなんとか持ち堪えさせると、一気に手綱を引っ張って右側に口を開けていた大水道へと無理やり馬をねじ込ませて停車させた。
急な方向転換によって、強力な遠心力が加わり、その反動で落ちかけていた荷台が崖上へと引っ張り上げられる。
こうして、俺たちは無事、最難関と言われていた大峡谷を突破できたのである。
◇◆◇
本来、休憩する予定ではなかったが、事情が事情だけに俺たちは大水道に入ってすぐのところで小休止していた。
俺やエルレオネが繰り出した爆発的な力に恐れをなしたのか、馬車の後方から追撃してきていた別のトリリエリスらもまったく追いかけてくる気配がなく、周辺一帯からは魔獣どころか動物の気配すら感じられなくなっていた。
「やれやれ。まったく、生きた心地がしなかったぞ」
馬車の車輪や車軸の状態を確認していたデールがそんなことを言いながら、御者台の上でぐったりしていた俺へと近寄ってくる。
「あ、あぁ……よくわからないけど、とりあえずなんとかなってよかったよ」
俺はぼう~っとしながら、馬車の前方を凝視した。そこには、首をぶるぶるっと振っている二頭の馬がいて、すぐ側には真剣な顔をしたナーシャが彼らの首を撫でていた。
「いい子でしたね~。よくがんばったでしゅ! お利口さんなのでしゅ!」
「ヒヒ~ッ」
どうやら馬と話をしているらしく、あれだけ荒れ狂っていた二頭の馬車馬が、今ではすっかり平常心を取り戻していた。
さすが王家スキル『獣魔調教』を持っているだけのことはある。
怒り狂っていた神獣シロを神の手で調教してしまったときもそうだが、どんな動物とも話せて心を通じ合わせてしまう彼女ならではの芸当だった。
できることなら、あのスキルを使って襲ってくる凶悪な魔獣たちをも従えてしまってくれたらどんだけ楽だろうかと思わないでもなかったが、さすがにそれは都合がよすぎか。
――それに、まだまだ成長段階。そこまで強力なスキルに成長していないだろうしな。
俺はそんなことを考えながら、周囲を見渡した。
イリスもエルレオネも馬車の整備をしていて、忙しそうだ。俺も手伝おうとしたのだが、魔力の使い過ぎでいつぶっ倒れてもおかしくないから休んでろと、怒られてしまった。
「まぁ、実際に疲れているしな――デール」
「うん? どうした?」
「馬車の状態はどうだった?」
「あぁ。多少、車軸が変形していたが、既に補修してあるからミュンヘルに辿り着くまでなら問題ないだろう。もっとも、すべてはこのあとの行程次第ではあるがな」
「……どういう意味だ?」
「魔獣さ。難所は乗り越えたが、この大水道にも魔獣は生息しているし、出たあと、今日の野営地に到着するまでにも敵はいるからな」
そう言って渋面となる筋骨隆々の大男。
「魔獣か」
俺は背もたれに寄りかかるように天を見上げた。
この大水道は照明の類いが一切設けられていない天然の洞穴である。
帝都方面へと向かって緩やかな下り坂になっているらしく、街道として整備された平らな地面の左側には川が流れていた。
中は暗いのでどのぐらいの深さがあるのかはわからないが、今でもそれ相応の水量が奥の方へと流れていた。
聞くところによると、この洞穴それ自体が、太古の昔から流れ続けた地下水によって徐々に削られ、今の巨大な大水道を作り上げたとのことらしいので、もしかしたら昔は大峡谷も今ほど抉られておらず、あそこを流れる川とこの大水道の水位が同じで、一つの川になっていたのかもしれないな。
恐るべきは大自然の力ということか。
「デールさん。整備が終わりました。車軸以外には問題なさそうですね」
「まぁ、誰かさんたちが派手にやらかしてくれたから、幌のあちこちに穴が開いてるけれどね」
大男に報告するエルレオネのあとに続くように、イリスが目を細めて俺を見つめてきた。
「元はと言えば、お前が俺の寝込みを襲おうとしたのが悪いんだろうが……」
力なく反論する俺に、ニヤッとする女王様だった。
「ともかく、先を急ごう。この水道もそれなりの距離はあるが、場所が場所だけに馬を駆けさせるわけにはいかないからな。今日中に野営地に辿り着けそうになければ、夜を徹してでも野営場所まで馬車を走らせる必要が出てくる。その場合には当然、休息時間が減るがな」
一同を見渡すデールに、俺たちは軽く頷いて応じ、行軍を再開した。
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