エーデンフォレス山脈越え2
その日の夜。
予定通り峠越えして旧街道に入った俺たちは、道中、襲いかかってきた魔獣たちを倒しつつ、なんとか初日の野営場所へと辿り着いていた。
途中で遭遇した奴らは狼や熊、それから鉱山でもお馴染みのハリネズミのような魔獣ばかりで、ハリネズミは雑魚だったが、それ以外は噂通り、どれもAランクに分類される危険なものばかりだった。
敵の気配を察知して馬が暴れたら崖下に真っ逆さまとなってしまうので、魔獣が出始めた辺りからはどうしても慎重にならざるを得ず、俺やイリスが先行して魔獣を狩る羽目に陥った。
エルレオネや神獣のシロは万が一に備えて待機してもらった。
そういった努力の甲斐あってか、かろうじて、予定通りの刻限に辿り着いたのである。
「にしても、本当にここ広いよな」
俺は焚き火の準備をしながら、周囲を見渡した。
ここへと到着するまでの旧街道は山の斜面に作られているとても狭い道で、馬車一台通るのがやっとといった道幅だった。
街道というかもはや山道でしかない道で、しかも、東側は断崖絶壁となっているような高所に作られていたから、下を覗き込むのも躊躇われてしまう、そんな場所だった。
しかし、今いる場所は違った。
「まぁ、いつできたかわからんが、昔から洞穴みたいになっていたからな」
「そうなのか」
この野営場所は山肌をくりぬくような形で高さ三メートル、奥行きもそのぐらいで、幅は五メートルはありそうなほどの広い空洞となっていた。
本当に野営するために設けられたかのようなうってつけの場所である。
「では食事しながらでいいんで、聞いてもらえるか?」
焚き火を囲むようにして地べたに腰を下ろしていた俺たちを、デールが見渡した。
「ここまではなんとか順調に進めたが、問題は明日だ。明日はいよいよ最難所の峡谷越えとなる」
「確か、東側に川も流れていて、更に背丈の高い木々に左右を覆われているような道でしたね」
デールのあとを継ぐように、焚き火を挟んで俺の対面に腰を下ろしていたエルレオネが呟いた。
「そうだ」
俺の右斜め前に腰を下ろしているデールが大きく頷く。
イリスとナーシャは俺の左側へと腰を下ろしていて、馬車や馬は更に奥の壁際へと寄せてあった。
「そこはもしかして、樹海のような感じになっているのか?」
「まぁ、当たらずも遠からずといったところか。知っての通り、このエーデンフォレス山は鉱山付近は岩肌が大半を占めていたが、それ以外は背の高い樹木で覆われているような山だ。昔の人たちはその山を開拓してこの旧街道を作り上げたと言われている。だから当然、東側の断崖も樹木で覆われている。ここに来るまでにもそうであったようにな」
「そうだね」
「だが、この先の大峡谷はその様相が一変するんだよ。なんて言うか濃密な闇が支配する先が見通せないような感じにな。しかも、東側の峡谷を挟んだ更に向こう側に連なるフォルゲートベルク山脈はこちら側とは比べものにならないほどの凶悪な魔獣が棲みついていると言われている。それこそ、空を飛ぶような奴までな」
意味深に言うデールに、俺は生唾を飲み込んだ。
「まさか。向こうからこっちに飛んできて、空から襲撃してくるって言うのか?」
「あぁ。見つかればそうなる。しかもそれだけじゃなく、空を飛んでいるような連中だ。そんな奴が向こうだけに生息しているなんてことあるはずがない」
「つまり、当然こちら側にもいるってわけね」
携行食の干し肉や干しパンをスープで戻しながら食べていたイリスが、そう口を挟んだ。
「そういうことだ。そして、鬱蒼と生い茂る樹林の中に奴らは潜伏しているような夜目の利く魔獣だ。だから――」
デールはそこで一旦言葉を濁してから、再度口を開く。
「奴らに勘づかれたらとにかく全速力で逃げる。いいか? 逃げるだ。奴らを一匹見かけたら付近に十はいると考えろ。十いたら百だ。それが何を意味するかわかるな?」
「うへ……とてもじゃないが相手なんかしてられないな。しかも空だし」
「そういうことだ。まぁ、唯一の救いは奴らが夜行性ということだ。勘づかれずにやり過ごすことさえできれば、その先に待つ大水道へと入り込める。そうすればもう、難所は終わったも同然だ」
デールはそう、締めくくった。
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