運命の選択
神獣との契約をすませて無事、廃坑の外へと出てきた俺たちは、坑道を再封印して村へと戻った。
途中、鉱山には不思議と、魔獣は一体も見られなかった。
来るときに俺たちが片っ端から蹴散らしたからかもしれないが、もしかしたら、氷結の洞にあった水晶のほとんどが精霊結晶石に変わってしまったからなのかもしれない。
元の水晶が魔獣たちを引きつける何かを吐き出していて、それが変異したことによって違うものに変わった。だから、魔獣たちが集まらなくなった。
もしくは嫌がって逃げていった。
都合がよすぎる解釈かもしれないが、俺はそう信じたかった。
「さてと、早速始めますか」
戻ってきてすぐに村長のところへと顔を出し、無事に調査が完了したことを告げてから、村長と、俺たちに付き添ってくれた彼の息子のデールに謝意を述べた。
そのあと、村長の好意で物資をいくらか融通してもらい、馬車への搬入をイリスやエルレオネに任せる傍ら、俺は一人、亡くなったハンターの遺品を強化することにしたのだが。
「これは……まるっきりの別物になってしまったな。しかも、強力な精霊力が宿っているとか。どんだけ強化されたんだよ」
剣や盾の銘は特に見えなかった。俺が愛用している神聖剣はグラムシュナイデンと銘打たれていたが、この武具には一切そういうのが見当たらなかった。
しかし、能力だけはわかっている。元が廃棄された鉄くず同然だったから、攻撃力など比べる方がおかしいのだが、神聖剣ほどではないにしろ、かなりの一級品だった。
俺が以前使っていた竜騎士の剣よりも断然性能は上である。更に、武具両方から強力な水属性の魔力が感じられたから、おそらく、切ったものを凍らせたり、火属性の魔法攻撃を軽減したりする効果があるのだろう。
俺はこの二品を暫定的に精霊の剣と盾と命名し、剣の方はイリスに預けることにした。
「さてと、一応これで旅支度はすんだか」
荷物の搬入が終わって、俺たちは借りていた山小屋隣に留め置いた馬車のところへ一度、集合した。
「それで、このあとどうする? この村での用事はすべてすんだけど、追手のこともあるから慎重に考えた方がいい。元来た道を戻って本来の予定通りに行動するのか、それとも別の方策を考えるか」
常識的に考えて、前者は下策としか言いようがない。
既にここに辿り着くまでに数日かかっているし、神獣を孵らせるために費やした時間も相当数経っている。
今はもう、昼を過ぎているし、どう考えたって今から戻ったら立ち寄る予定だった商業都市ヴェラスかもしくはその手前で追手と鉢合わせになるだろう。もしかしたら、既に追い越されている可能性すらあった。
「――街道から外れて既に数日は経っています。それなのにこの村で追手と遭遇していないことを考えましても、おそらく彼らはそのまま主要街道を南進しているものと思われます」
エルレオネがそう、状況分析してくれる。
「どのぐらい距離が離れているかだけれど、このまま戻ったらおそらく遭遇戦に突入することになるでしょうね」
「あぁ。俺もそう思う。だけど、この村に来る途中に分かれ道ってなかったよな? 他に迂回ルートがあればいいんだけど――エルレオネ、帝都に行くのって、主要街道通る以外に手はないのか?」
「一応いくつか方法があるにはあるのですが、あまりお勧めできません」
例によって無表情に告げる彼女に、俺の隣に立っていたイリスが視線を向ける。
「少しでも可能性があるんだったら、考慮する価値はあると思うわ。だから聞かせてちょうだい」
エルレオネは正面に立っていた俺とイリスを交互に見つめたあとで、軽く溜息を吐いてから口を開いた。
「まず一つ目は街道を戻って南進し、途中の宿場砦や商業都市ヴェラスを通らず、西の森を抜けて、城塞都市グラン=ヘレムを目指すルートです」
「それって……」
呟くように言った俺に、彼女は頷く。
「はい。当然、獣道すらないうえに、途中で一切の補給も受けられません。ですので、馬車を乗り捨てて死ぬ気で向かわないといけませんので、ある意味、追手の相手をするよりも危険です」
「さすがにそれは難しそうね」
「はい。ですので、これは最終手段です」
「他のは?」
「もう一つは山脈と渓谷を超えて、田園都市ミュンヘルを目指すルートです」
じっと見つめてくるエルレオネに、俺は寒々しい気分となってしまった。
どう考えても真っ当な道ではない。だって、山越え谷越えだぞ? 田園都市っていうのがどこにあるのかもわからないし、とてもではないが安易に選べるルートではなかった。
「エルレオネ。一応聞いておくけど、そっちも相当やばいんだよな?」
「そうですね。山脈と峡谷は地理的に言えばこのすぐ近くですので、ここを越えることさえできれば、まず追手に追い付かれるようなことはないと思いますが」
「え? そうなの?」
「はい。当初の予定では商業都市ヴェラスを越えたあとは城塞都市グラン=ヘレムを抜け、あとはもう帝都へ入るだけという一般の旅人が使う南進ルートだったのですが、この鉱山の東側に位置するエーデンフォレス山脈を一度東側へと迂回してから峡谷を通り、西へと戻るルートを通れば、一応は帝都東の田園都市ミュンヘルへと抜けられるのです」
「つまり、北から帝都へと向かっている追手に対して、山脈越えさえできれば、私たちは東側から帝都へ入ることが可能ってことよね?」
「そうなりますね。ですが、当然、このルートはかなり厳しいものとなります。山脈と峡谷を通る街道は主要街道が整備される前に使われていた大昔のものですので、今はほとんど使われてはいないのです。しかも、整備もされていませんし、道幅もとても狭くて馬車一台通るのがやっとというところでしょう。おそらく魔獣も多く生息していますし、正直、何が起こるかわからない場所です」
そう静かに告げるエルレオネ。俺はイリスを見た。
「どうする? 話を聞く限りだと、相当危険な旅になりそうだけど。でも――」
「えぇ、そうね。だけれど、昔使われていたというのなら、今もまだ使えるということよね?」
イリスはそう言ってエルレオネをじっと見つめた。
「――おそらくは。崩落などが起こっていなければ、ですが」
浮かない様子で彼女がそう告げたときだった。
「お前ら、山脈越えする気なのか?」
突然、背後から声をかけられた。村長の息子のデールだった。
「いや、どうしようか考えていたところなんだ。わけあって、主要街道に戻れないかもしれなくてね」
振り返って苦笑する俺に、すぐ目の前で立ち止まったデールが顎をさすりながら渋い顔をする。
「なんか訳ありなんだろうなっていうのは一緒に行動しててよくわかっているが……。しかし、山脈越えか」
「何かあるのか?」
「いや。俺たちも鉱山が閉鎖される前は時々使っていたから、おそらく今でも普通に使えるはずだ。何しろ、街道に出て帝都に向かうよりも遙かに距離が短いからな。急ぎの用があるときなんかはハンターに護衛を頼んでよく利用していたもんだ。だが、相当険しい道程になることだけは確かだ」
「だろうね。だから今、相談していたんだが、魔獣もいるんだろ?」
「あぁ。途中にいる魔獣もAランクがうじゃうじゃしているし、一応、昔から使われていた道だから、宿場砦こそないものの、野営できる開けた場所もあるが、当然、魔獣の襲撃に警戒しながらの野営になる。通常は馬車一台に対して五、六人のAランクハンターの護衛が必要になるほどだ。だから、悪いことは言わない。命が惜しかったら街道を通っていった方がいい」
「どうする?」
俺は渋面となっているデールから、イリスやエルレオネへと向き直った。
「……おそらく、追手と遭遇戦する道を選んだ方が一番、無難なのかもしれないけれど、なんだか嫌な予感がするのよね」
そう発言したイリスはおそらく、レンディルと一緒にいるかもしれないセルフリードの異端児のことを思い浮かべているのだろう。奴に関する情報はほとんど入ってこなかったが、それでも、いくつか悪い噂を耳にしたことがあった。そのうちの一つが、
「妖魔か」
「えぇ」
奴が妖魔を飼い慣らしているという噂を耳にしたことがあった。勿論、本当か嘘かは定かではないが、火のないところに煙は立たないという。奴が着込んでいる黒い甲冑がどす黒く変色した血でできていると言われているのがいい例だ。
「私にはどれが正しい選択かはわかりませんが、追手との接敵はなるべく避けた方がいいと思います。かの国との外交問題にも発展しかねませんし」
「てことは、必然的に……」
俺はエルレオネに応じながら、右手にそびえる岩山を見上げた。
「取れる手段は一つだけってことになるか」
その言葉の意味を理解したのだろう。背後で成り行きを見守っていた大男が、
「お前ら正気か……?」
呆然と呟いた。
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