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生まれ出でし者

 硬い岩肌の地面に両膝をつくような形で跪き、祈りを捧げるような形となっていたナーシャの全身から青白い光が放出されていた。

 同じように、数メートル先で警戒するように身をかがめていた生まれたばかりの白い幻魔も、青白い光に包まれていた。

 それだけでなく、俺が先程行使した精霊の力によるものか、その青白い光を包み込むかのように、精霊力が満ち溢れている。


 ナーシャと繋ぐように結ばれた彼女の力と精霊の力による光。

 しかし、そこから一切、なんの変化も訪れなかった。

 幻獣ぽこちゃんが生まれたときのように、光が弾け飛んでナーシャと契約される気配がまったくない。



「何が起こっているんだ……?」



 ナーシャの背後に立って様子を窺っていた俺は、隣のイリスに一瞥を送った。



「わからないわ。だけれど、ナーシャの力と精霊の力を信じるしかないでしょうね」



 彼女は生まれた幻魔から一切視線を外すことなくそう応じた。



「あいつがなんの幻魔かわかるか?」

「……いえ。信じられないことだけれど、まるっきり読めないわ」

「読めないだって?」

「えぇ。あなたのスキルのときと同じように、靄がかっていて見えなくなっている」

「どういうことだ、それ? 妖精が遺した言葉といい、ひょっとして、あの幻魔はとんでもなくやばい奴なんじゃないのか?」



 俺がそう呟いたときだった。



「ダメでしゅ! お姉たま、ぽこちゃん二号さんがお話を聞いてくれないでしゅ!」

「なんですって!?」



 イリスが短く叫んだ瞬間、幻魔を包み込んでいたすべての光が弾け飛んでしまった。



「きゃっ」



 俺とイリスは、悲鳴を上げて吹っ飛ばされそうになっていたナーシャを抱えて素早く後方へと一歩退避した。



「どういうことだ!? 何が起こっているんだ!?」

「そんなの、私にだってわからないわよ!」



 イリスはそれだけを言い捨て、更に後方へと下がってナーシャをエルレオネの元へと預けにいった。

 俺はいつでも戦えるようにと、鞘に収めていた剣を抜き放とうとしたが、そこへ、突如、金切り音のような甲高い声が直接頭の中へと響き渡ってきた。



(人の分際で、この私を使役しようだなんていい気なものね! それがどれほど恐れ多いことか、わからせてあげるわ!)



 そう発するや否や、いきなり目の前の幻魔に異変が生じた。

 真白き光を放ちながら、徐々にデカくなっていく。

 俺たちの身体を優に超えるほどに巨大な体躯。


 おそらく体長三メートルは下らないのではないかというほどの大きさで、身体と顔が狼、耳が狐、無数に生えたもふもふで長大な尻尾が猫のような、そんな出で立ちをした見たこともない獣へと変異していった。

 そして、それが巨大な顎門を開け、空気を切り裂くような咆哮を上げるや否や、俺目がけて一気に襲いかかってきた。



「くそっ。失敗したって言うのかよ! 何が氷結の洞へ行けだ! 全然意味ないじゃないか!」



 俺は叫びつつも、喰い殺そうと牙剥き出しにしてきた白い巨狼の牙を間一髪、剣で受け止めたが、相手の力は尋常ではなかった。

 力を相殺するどころか、あっさりと押し負け、そのまま後方の壁へと叩き付けられていた。



「かはっ……」



 岩肌の壁すべてを占める水晶が尖っていたため、全身を槍で串刺しにされたかのような激しい衝撃になすすべもなく、そのまま地面へと転がる。



「フレッド!?」



 イリスは叫ぶが、俺の心配などしている場合ではない。

 すぐさま巨獣が次の獲物を求めて狂ったように駆け始める。

 俺は血反吐を吐きながらかろうじて立ち上がったが、奴がどこへ向かって走っていたのか知り、戦慄していた。



「な、ナーシャ……!」



 左壁隅に退避していたナーシャへと一直線に走っていっている。



「やらせるものですかっ」



 それを迎え撃つ形となったイリスが全身を青白く光らせ幻魔と応戦するが、信じられないことに、あの誰よりも強いはずのイリスが押されていた。



「バカなっ……まずいぞ……このままじゃ」



 エルレオネがナーシャを守るように前面に立っているから、すぐさまナーシャがやられるようなことはないだろうが、しかし、このままではイリスを死なせることになってしまう。

 それでは本末転倒だった。



「フレッド、しっかりしろ! これはいったいどういうことなんだ!?」



 剣を杖代わりにして立っていた俺を、デールが支えてくれる。



「さ、さぁな。そんなこと、俺が聞きたいぐらいだ……」



 俺は苦笑してそう応じたあと、デールから渡された回復薬を飲み干した。



「ぽこちゃん二号さん! やめてください! ナーシャはお友達になりたいのでしゅ! だから、お姉たまにひどいことしないでください!」

「ピキキ~~!」



 ナーシャとぽこちゃんが懸命に白い幻魔へと叫んでいたが、まるでそれを嘲笑うかのように、



(いくらあなたのような女神の代弁者の頼みでも、それは聞けないわ! ていうか、その名前で私を呼ぶのは止めてちょうだい! 私にはフローズヴィトニルという名前があるのだから!)



 再び金切り声が頭に響いてきたかと思った次の瞬間、巨狼から天井へと白い光が立ち上った。



「まずい! みんな伏せて!」



 素早くイリスが叫び、後方へと跳躍して地面に伏せた。その刹那、巨狼が天に向かって咆哮し、凍て付く冷気が奴を中心に全方位へと吹き荒れていた。



「これは……!」



 地面に這いつくばるようにして、頭上を通り過ぎていったそれをかわした俺は、眼前の光景を信じられない面持ちで凝視していた。

 壁も天井もすべてが巨大な氷の槍によってズタズタに切り裂かれていたのである。

 何をやっても削れなかったと言われていたあの、水晶の壁が。



(オホホホ! どう!? 凄いでしょう! たかだか人間の分際でこの私を使役しようだなんて百万年早いのよ! ウフフ。せっかくこの時代へと転生をはたしたのだもの。存分に楽しませてもらわなくちゃね……ウフフ)

「転生……だって? お前はいったい何を……」



 壁に突き刺さったつらら状の巨大な氷が頭の上にまで伸びている。

 俺はそれを避けるように地面を這いずりながら、立ち上がった。

 勝ち誇ったように笑っていた巨狼が俺を睨み付けてくる。



(へぇ、下等生物のくせしてまだ私に刃向かおうというのね。いい根性しているわ。どう痛めつけてくれようかしらねぇ――て、そう言えば、あなたね。さっき私にうざったい精霊の力をぶつけて力を封じようとしてくれたのは)

「力を封じるだって……? そうか、そういうことか。だから精霊の力を借りろって言ってたのか」



 こんな狭苦しい場所にわざわざやってきてまで、卵を孵す必要があったのは、高純度の精霊力を利用できる環境が整っていたからだ。



「ナーシャ! ぽこちゃんに頼んで壁中に溶解液をぶちまけるんだ! ――イリス!」



 俺は叫びながら白い巨狼――フローズヴィトニルへと飛びかかっていた。



「死ぬ気でこいつの動きを食い止めろ!」

「言われなくたってそうするわよっ」



 知らない間に俺同様這い出してきていたイリスもまた、巨狼へと肉薄する。



(あなたたち、何をする気!?)



 苛立ちのような、困惑のような、どこか戸惑うような色合いを伴った声が頭の中へと響いてくる。

 巨狼は一斉に飛びかかった俺たちを迎撃するために右前肢を一閃させた。しかし、その攻撃を読んでいたらしいイリスが剣で受け止める。

 そのまま彼女は切り裂こうとしたようだが、まるっきりびくともしない。抑え込むだけで精一杯のようだった。



「だが、それでいい。時間さえ稼げれば……!」



 壁一面に広がる水晶。そこには巨大な氷の槍が無数に突き刺さったままだったが、それでも無傷な場所もたくさん残っていた。

 そこにさえ溶解液がかかれば、それらが変異する。

 この部屋に来たときに最初に真眼で確認した水晶の性質。


 ――変異性物質と膨大な精霊力。そして、それを成し遂げるために必要な手順。



「お兄たま! しゅ、しゅごいのでしゅ! カベがにじ色に光ってるでしゅ!」



 後方から驚嘆するナーシャの声が聞こえてきた。



(こ、これは……!)



 明らかに動揺し始めたフローズヴィトニル。

 俺は後方に光り輝く虹色の光と、激しい攻防を繰り広げ始めたイリスと巨狼すべてを視界に捉えながら、



「しつけのなっていない犬にはお仕置きが必要だよな?」



 口元に笑みを浮かべながら、残っていたすべての力を右腕に集約し、一気に解放していた。



(は、謀ったわね、あなたたち! て、ぃ、いやぁぁ~~! やめてぇぇ~~~! 力が抜ける~~~! 私はまだ、遊び足りないのよぉぉ~~!)



 俺の意志に応じてそこら中から集まった精霊たちの力が、強烈な光となって巨狼へと襲いかかり、周辺一帯が虹色の閃光に包まれた。

 そして、それらすべてが収まったとき、巨狼の姿は跡形もなく消え去っていた。


 あるのはただ、あのデカブツに変異する前の、ちっこくて愛らしい真っ白な幻魔のみ。

 虹色の光に全身が拘束されて、身動きが取れなくなってうずくまっている、狐とも犬とも狼とも猫ともつかない、よくわからない生き物の幼体だけだった。

本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!

とても励みとなりますので、【面白い、続きが気になる】と思ってくださったら是非、『ブクマ登録』や『★★★★★』付けなどしていただけるとありがたいです。

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