廃坑へ
翌日早朝。
俺たちは身支度をすませると、村長宅を訪れていた。
結局昨夜色々協議を重ねたが、いい答えは出なかった。
どちらにしても鉱山の状態は確認しておかなければならないし、行くだけ行って、最終的な判断はそこで出そうと、そう結論づけた。
「そうか。やはり行くのか」
「はい。俺たちはそのためにここに来ましたからね」
軒先に出てきた村長とその息子デールを相手に、俺はそう答えていた。
「ならば、道案内役も必要だろう。デール、お前も皆様方にご同行しなさい」
「あぁ。最初っからそのつもりだ。よろしくな、フレッド。それからご婦人方」
そう言って無表情に握手を求めてくる灰色の髪の大男。
昨夜村長の家に報告に来たときにも彼とは対面していたので、既に顔見知りとなっていた。
村長や門番のドレイルと違ってかなりの無遠慮で無作法者だった。
俺たち――というより、エルレオネが特権階級の人間だと知っていながらも態度を変えない。ある意味裏表のない好感の持てる人物とも言えるが、果たして信用に足る男なのかどうか。
しかし、そこは人の能力などを見抜く力を持つイリスがこちら側にはいる。
昨夜のうちに彼女は彼のことを問題ないと判断しており、そればかりか、彼の戦闘能力はかなりのものと判明していた。
おまけに鉱山にも詳しく、例の氷結の洞を掘り当てたのも彼らしい。
これ以上の適任者は他にいなかった。
「頼りにしているよ」
俺よりも遙かに年上だが、俺は例によってタメ口で握手を交わした。
「あ、それから村長さん。調査に行く前に一つお尋ねしたいことが」
「何ですかな?」
「この村に、アダマン鉱石と精霊結晶石というものはありませんか?」
「うん? アダマンですと?」
「はい。もしくは鉱山で取れるかどうか、でもいいのですが」
「ふむ。何に使うのか知りませんが、精霊結晶石というものは聞いたことも見たこともありませんが、アダマンの方なら確か倉庫にいくつか眠っていたような」
そこまで話して息子と顔を合わせ、息子が頷く。
村長は続けた。
「ですがフレッド殿、こう言ってはなんですか、アダマン鉱石をアダマン鋼に錬成するときに必要となる繋ぎの鉱石が今はもうどこの山でも取れんのですよ。ですので、今では宝の持ち腐れでなんの価値もない石ころ同然ですよ?」
「えぇ。それで構わないのです。少し、実験で使いたかったものですから」
「実験ですか。それも国の調査か何かで?」
村長はどこか訝しげに俺のことを見てくるが、俺は気にせず笑って頷いた。
「まぁ、そんなところです」
「そうですか。では、好きなだけ持っていってください。倉庫に保管し続けていても邪魔になるだけですので」
「わかりました。ではありがたく頂戴いたします」
俺はそう言って腰を折るが、すかさずイリスが耳打ちしてきた。
「いったいそんなもの、何に使う気なのかしら?」
「うん? まぁ、本当にただの実験だよ。昨日拾ってきた剣と盾のね」
ニヤッとする俺に、イリスは目を細めるだけだった。
◇◆◇
村長からありがたく頂いたアダマン鉱石や荷物などを馬車へと積んでから、最後に俺は例の武具を荷台に乗せた。
言わずもがな、骸骨ハンターの遺品である剣と盾である。
見るからにボロボロで粗大ゴミ同然の代物だが、俺は自分のスキルであの武具が強化可能であることを知っていた。
なので、その強化に必要な素材さえ集めれば、良品になるのではないかと思い、拝借してきたのである。
武具に罪はないし、戦死した者の遺品を受け継ぐということは、無念の思いも一緒に受け継ぐことを意味する。使ってあげることで、武具も亡くなった者の無念も晴らせる。
今を生きるこの時代の戦士たちの多くが、そう考えていた。
それから、亡くなったハンターの遺骸だが、こちらは武具以外の遺品と一緒に手厚く葬ってあげた。拝借してきた武具が呪われていないことも確認済みである。
「ここが鉱山か……」
抗夫であり戦士でもあるという両手剣使いのデールのあとに続くように、俺たちは縦長の陣形を取って山道を歩いてきた。
途中、噂の魔獣どもが確かにたくさんいたが、そこまで強い個体ではなかった。
所謂ハリネズミのような生き物で、大きさは体長二メートルほどにもなる大型獣である。
背中を丸めて転がりながら突進してくる上に、棘に毒があるので非常に厄介だった。
しかも、山道は狭いのでそこを縦横無尽に一度に走り回られると結構うざい。しかし、先頭を行くデールが異様に戦闘慣れしているというか、ハリネズミ慣れしていたので特に問題もなく、閉鎖された坑道入口に到着していた。
「今から封鎖を解く。少し下がっているがいい」
「わかった。助かる」
坑道入口は巨大な洞窟のようだった。
半径三メートルほどの半円が岩肌に突如顔を覗かせている。
ここに来るまでに右に左にと細い山道がずっと続いていて、その終着地点の少し足場が開けた場所に、この入口が開いていた。
他にもいくつか入口が掘られていたが、そちらはもう掘り尽くしてしまっているらしく、魔獣騒動もあって土砂で完全に封鎖してしまったらしい。
俺たちの目の前に口を開けているそこは、唯一残されている坑道というわけだ。
そんな入口には不可思議な色合いを放っている結界が張られていた。
国から支給された魔道具製の封印結界らしく、半年ほどは有効期限があるらしい。
つまり、定期的に張り替えないといけない代物だ。
デールは入口右側面の岩壁に埋め込まれていた封印魔道具へと近寄ってから、入口手前で待機していた俺たちに顔を向けた。
「封印を解く前に、一つ確認しておきたいことがある」
「うん?」
重量級の大剣を携え、背中を見せたまま言う彼を後ろからじっと見つめる俺。そんな俺に、彼は静かに言い渡した。
「坑道を開けるということは即ち、中にいる魔獣が外に溢れ出してくるということを意味する。再封印は施すが、封印解除している間に奴らが山道だけでなく、村の方にまで下っていったら、俺たちの村はおそらく全滅する。この意味がわかっているな?」
「あぁ。襲ってきた敵は片っ端から駆逐するって言いたいんだろ?」
「然り。その辺覚悟しておいてくれ」
「わかった」
ここまでの道すがら、特に怪しげな場所はどこにも見られなかった。となれば、残りはもう中を調べるしかない。
――卵だって、昨日よりも更にヒビが酷くなっているからな。
ナーシャが持つ力は卵の孵化を促進したり逆に遅くしたりすることもできるらしいので、今までは早めていたらしいのだが、現在は遅くしているようだ。
しかし、それももう限界だろう。
「鬼が出るか蛇が出るか。すべては開けてみるまでわからない」
俺はすべての困難をはねのける決意を固めて、封印が解かれるさまを眺めていた。
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