バルヒェット公国 その3
眠った那乃の頭を優しく撫でながら白親はライムント公爵に視線を向ける。腰までの金の髪に珍しい紫の瞳は端麗な姿の一部でしかなく、全てにおいて人目を惹く存在、それが公爵ライムント・ニクラウス・バルヒェットであった。何事にも動揺しない彼が突然の出来事に呆気にとられていたが、すぐに自分を立て直し久しぶりに目にした白親に最上級の礼を取る
「使い様が来られたと聞きましたが、まさか白親様が直接いらっしゃってるとは…お待たせして申し訳ありません」
『良い。那乃がこのような状況でなければ出るつもりはなかった』
「使い様は…那乃様と申されるのですか?」
『那乃は使いの者では無い』
「…?」
白親は公爵に向けていた視線を自分の腕の中にいる那乃向けた。怯え縋る様に自分の胸を掴む那乃に白親は眉間の皺を深くしていく。そしてその憎悪はグーラ帝国に向けられるのだった
『那乃は異世界人だ。性懲りもなくまたグーラの馬鹿共が召還を使った』
「!!」
公爵は目を見開き、言葉を失った。その様子を白親は冷静な目で分析し、彼が落ち着きを取り戻すのを待った。しかし待ってやった公爵から出た言葉に白親は舌打を打つ
「では…その方は『日の御子』なのですか?」
日の御子。白親はその言葉に嫌悪感以外を抱かなかった。その言葉のせいで那乃がどのような目にあったのか、那乃には言わなかったが白親には人に触れるとその者の記憶を辿る力があり、最初の接触によってこの世界に来てから那乃が受けた謂れの無い迫害も恐怖も彼女が語るよりもっとずっと理解していた。そして那乃の異世界での記憶は靄がかかった様にはっきりとはわからず、自分の力が及ばぬ人間、それこそが彼女を異世界人だと白親が確信した理由だった
『……くだらん。やはり人は所詮人だな』
白親の呟きは公爵まで届いていなかったが、公爵の身体がぐっと硬くなる。白親の纏う雰囲気ががらりと変わったからだった。白親を怒らせた理由がわからずに次の言葉を公爵が必死に探していると白親の腕の中の那乃が白親の気に中てられたのか、ゆっくりと目を覚ました
「…ん?ハク?」
『那乃…気分はどうです?』
「…あ、あたし…どうしたんだ…」
那乃はそこで倒れる前の事を思い出したのか、ぎゅっと身体を硬くした
『那乃心配しないで下さい』
白親はそう言うと那乃が砕いたクリスタルへ手を向けた。まるで時間を戻すかのように欠片が一つに戻りはじめる。那乃は目の前で起こるイリュージョンのようなそれに目を奪われる。
「すごい…ハクってすごい!」
純粋に尊敬の目で見つめられ白親は少し顔を赤くして『いえ…』と返した。そして今まで絶対零度のような白親の雰囲気が柔らかな春の日差しのように180度変わったことに、口には出さないが公爵はこの小さな娘の方が何倍も凄いのでは?と思ったのも無理はない
壊れたものが直った事で少し落ち着きを取り戻した那乃は同じ空間に自分達の他に人がいる事を初めて認識したのだった。そして言葉を発するのと同時に那乃は自分が白親に抱きかかえられた状態にいることも気付いた
「きゃあっ!!!なっ何でっ!!」
慌てて白親の体から飛び退き、その勢いでソファの横に転がってしまう
「きゃぁっ!!!」
『那乃っ!?』
ごろんと転がった先に見慣れない革の靴を見て「日舞の着物を着ている自分ならばもう少しましな所作が出来たのに…」という那乃の心の声は誰に聞かれることも無かった