4.学園の庭で二人きり
その後の授業も終わり、ようやく休み時間となった。
教室はまだ少しざわざわしている。
……さて。
どうするか。
俺は特にやることもない。
暇だし、庭でも歩くか。
学園の庭はかなり広い。
道の両側には花壇があって、いろんな花が咲いている。
赤とか青とか黄色とか、見たことのない花も多い。
貴族の学園ってやつは、庭まで豪華なんだな。
庭園なんて、少し歩けば飽きるものだと思っていたが、ここの庭園はなかなか面白いな。
かなり奥の方にまで行った時。
「リゲルさん」
俺の名前を呼ぶ声がした。
俺、実はこの名前あんま好きじゃないんだよね。
なんか音の響きが『ハゲる』に似てるじゃん?
まあ、祖父達の頭を見る限りでは、大丈夫そうだけどな。
とりあえず、声のした方を振り向いてみると。
……あ。
エレノアだ。
花壇の近くに立っていた。
「ここにいらしたのですね」
「エレノア様」
俺は軽く頭を下げた。
「こんなところに来るんですね」
「ええ」
エレノアは小さくうなずいた。
「ここは静かなので。よく一人で来るんです」
なるほど。
確かに静かだ。
花も綺麗だし、落ち着く場所ではある。
エレノアは、少し柔らかい表情で言った。
「今日一日、お疲れさまです」
……お。
労いの言葉か。
「ありがとうございます」
出会った時からいい人だとは思っていたが、やっぱりこの人は優しいな。
あ、そういえば。
「あの」
「はい?」
「さっきの授業なんですけど……」
一応、謝っといた方が好印象だろう。
「本当に申し訳ございませんでした」
「?」
「その……ちょっと目を離してしまって」
護衛として申し訳ない気持ちもある。
だが、何よりも……。
「できれば、そのこと……リディアさんには言わないでもらえると……」
お願いします!!!!!!
マジで頼む……!!!!
すると。
エレノアは一瞬きょとんとしたが、それからくすっと笑った。
「大丈夫ですよ」
「!」
「リディアには言いません」
おお。
「本当ですか?」
「ええ。約束します」
エレノアはそう言って、軽くうなずいた。
「ありがとうございます」
……よかった。
これで命拾いした。
ありがとうエレノア様。
本当にありがとう。
「ですが……」
ん?
どうしたんだ?
まさか、そのかわり何かあるのか?
「あの授業態度は感心しません」
?
……ああ。
あの、ほとんど遊んでたやつか。
確かに、エレノアのような真面目な人の目には、あまり良くは写らないだろう。
エレノアは、少し真面目な顔になった。
「リゲル」
「はい」
「勉強は、きちんとしておいた方がいいですよ」
優しい声だけど、言い方はしっかりしている。
「学園で学ぶことは、将来きっと役に立ちます」
「……そうですね」
「今は大変かもしれませんが、努力は無駄になりません」
そう言うエレノアの目は、まっすぐだった。
説教っぽい感じはあまりない。
ただ、本気でそう思って言っているのが分かる。
……真面目な人だな。
まあ、だからこそ、この人はみんなに好かれるんだろう。
でも、この人は知らないだろう。
俺がすでに、一生暮らしていけるだけの金を稼いでいるということを。
暗殺っていうのは、結構稼げるんだ。
それに今回の任務で、あんたの父親がかなりの額を払ってくれるだろうし。
この学園でしっかり勉強したかどうかで俺の将来が変わるとは思えないが。
でもまあ、せっかくの善意を無下にすることはできないからな。
「わかりました。なるべく真面目にやります」
「はい」
エレノアは満足そうに頷いた。
まあね。"なるべく"真面目にやるように"努力は"すると約束しよう。
それから、ふと空を見上げる。
「そろそろ次の授業の時間ですね」
「もうそんな時間ですか」
「ええ」
エレノアは俺を見る。
「ここで長く話していると、周りに怪しまれるかもしれません」
確かに。
護衛のことは秘密だ。
「では」
エレノアは軽く会釈した。
「私が先に戻ります」
「分かりました」
「リゲルは、少ししてから戻ってください」
「了解です」
エレノアは小さくうなずくと、歩き出した。
背筋を伸ばして、静かに。
花の咲く庭を通り抜けて、建物の方へ戻っていく。
……やっぱりあの人。
いい人だな。
さて。
俺もそろそろ戻るか。
少し時間を置いてから、俺は教室へ向かって歩き出した。




