お父さん、と呼べる時
さて、最終話です。
意外な展開かもしれません
〜秀明視点〜
あの時から、もう1ヶ月が経った。
今日は、アイツが来る。
ダメ元で言ってみるしかないな。
恋に言われた通りに。
ピンポーン。
「来たか……」
俺は玄関に向かった。
「こんにちは、秀明くん」
「……どうも」
美代ねぇは智花にあのことを打ち明けたんだ。
俺は、茂樹を説得させる。
俺たちが一緒にいられるように。
「……智花は?」
「そのことなんだけどさ」
心拍数がどんどん上がっていく。
「…………引き取るのは、止めてくれないか」
「どうしてですか?」
不思議そうに俺を見つめる茂樹。
「俺たちは家族なんだ。みんなとは一緒にいたい」
緊張で口の中が渇いている。
「…………で?」
「それだけだ。アンタになんか智花は連れて行かせない」
でも、それを悟られないように俺は強い口調で話す。
「……そうですか」
はあ、と小さく茂樹はため息をついた。
「……それでも、連れて行きます」
「っ!! 何でだよ!!」
思わず叫んでしまった。
「優花との約束、ですからね」
茂樹の顔色を見ることはできなかった。
うつむいていたから、どんな表情をしていたから分からない。
でも、声色からして弱さを感じた。
「……どんな、約束だよ?」
その約束とやらを、俺は聞こうとしている。
もしかしたら、聞くべきではないかもしれない。
でも、俺は聞きたい。
「……しょうがないですね。話すとしましょうか。ここでは何ですし」
とりあえず、リビングに入れた。
そして、椅子に座る。
とりあえず、で用意した紅茶を出した。
茂樹は「ありがとう」と一言。
「で、約束ってなんだよ?」
「金銭的な理由で困った時、一時的に智花を引き取る、という約束です」
「………………へ?」
ちょい待ち。
家庭的な理由とかじゃなくて?
再婚だの何だのじゃなくて?
「ってことは……」
…………ヤバい。
金銭的な理由で引き取られる原因について心当たりがありすぎる!!
「はい。優花が大変なことになったと……」
「スイマセン。俺が原因でした」
だってさ……。
キッチンはあんな惨劇だし、調子に乗って高級食材使っちゃったし、俺の某グッズによる二階の崩落に、他にも心当たりがありすぎる!!
「優花もそう申していましたよ。秀明くんが大変なことをしでかした、と」
「…………えーと」
ってことは…………。
茂樹なんも悪くないじゃん!!
がっくりうなだれる俺。
「…………どうかしましたか?」
心配そうに見つめてくる茂樹。
「何かすいませんでしたーっ!!」
その時、俺は生まれて初めて全力で土下座をしたのであった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
〜美代視点〜
そこには、弟が全力で土下座しているという混沌とした風景が広がっていた。
「ちょ、何コレ!?」
秀明くんの側に近寄る。
「はは……。俺は凄くハズい勘違いをしていたみたいだ……」
力無く笑う秀明くん。
「茂樹さん。アンタいったい何をした!?」
「あ、いえ…………。私もちょっと……」
やや困惑気味の茂樹。
「何があったの? 秀明くん」
とにかく、状況確認。
「ははは……。俺はとんでもない勘違い野郎だよ……」
「どゆこと?」
あたしがそう聞くと、秀明くんは一応話してくれた。
数分後。
……。
……………………。
…………………あるぇ〜?
もしかして……?
「ってか、美代ねぇ。全然あの人悪くないよね」
「だよね……。むしろあたしたちが悪いような……」
「だったら何で美代ねぇは俺にあんなに文句を言ったのさ?」
「…………」
マズい。
悪の根元はあたしにある……。
秀明くんに茂樹の文句を言いまくってたし……。
ふと、昔のことを思い出した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
お母さんが茂樹と再婚すると聞いた時、ちょっとだけ不安を感じたけど、慣れなきゃいけないと思い、頑張って接した。
ホントに茂樹は良い人だった。
自分の実の子じゃないのに可愛がってくれた。
でも、ある日。
茂樹は家からいなくなってしまった。
お母さんに聞いてみると、
『お父さんはね、しばらく戻ってこないよ』
と言っていた。
今なら、仕事かなんかで帰って来れないと思えるけど……。
幼かったあたしは、そんな思考にはならなかった。
あたしたちを置いて、いや捨ててどこかに行ってしまったと思った。
それが、幼心を大きく傷つけた。
そして、彼の文句を言うようになった。
時々、帰ってくる時はあったけど、彼への信頼は既に凍り付いていた。
そして、そんなある日。
お母さんと茂樹は大喧嘩をした。
…………今でも、思い出しただけでも怖い。
そしてこの時、確信に変わった。
……茂樹は、あたしたちのことを愛していなかったんだ、と。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「美代ねぇ……?」
「ねぇ、秀明くん。あたしの話、聞いてくれる?」
「いいけど……。何?」
あたしは、昔のことを詰まりながらも話した。
茂樹のこと、家族のこと、今までのことを、話した。
すると。
「……美代ねぇ。聞くところ、明らかに美代ねぇが悪いような……」
秀明くんに睨めつけられる。
ははは、冷や汗が止まらない。
「…………あたしも、そんな気がしてきたよ」
「てか、俺の茂樹嫌いは美代ねぇが原因な気がするぞ……」
「でも、それなら喧嘩はどうなってんの?」
あたしたち二人は茂樹の方へ振り返る。
「…………あ、そう言えば」
「茂樹さん!! アンタいったい何をした!?」
「えー……」
気まずそうに目を背ける。
「それならわたしが言うわ」
いつの間にか茂樹の隣に座り、お茶をすすっていたお母さん、優花がそこにいた。
「「いつの間に!?」」
思わず二人で突っ込んでしまった。
「あれは雨の降る日だった……」
「何か語り出したよ……」
ヤレヤレ、と呟く智花ちゃん。
…………って!!
「「あれ、いつの間に!?」」
今度はあたしの隣に智花ちゃんが座り、お菓子を口にしていた。
さっきまで部屋にいたのに……。
「待ってろって言っただろ、智花」
ため息をつく秀明くん。
「だって、二人が心配だったし……」
「……まあ、この際いいんだけどさ」
あたしと秀明くんと智花ちゃん。
三人はお母さんの話に聞き入った。
「久しぶりに帰ってきた茂樹さんと一服していた……」
遠くを見るような目。
やっぱり、なにかあったのかもしれない。
「その時、茂樹さんが買ってきてくれたお菓子に問題があった……」
あるぇ〜?
何か下んないオチが見えそうな……。
「どら焼きがこしあんじゃなかった!!」
「そんな理由で喧嘩したの!?」
思わず大きな声を出してしまった。
「母さん。…………」
冷たい目で彼女を見つめる秀明くん。
「だって粒あんだったんだよ!!」
「知るかっ!!」
そんなことでトラウマになるくらいの喧嘩はしないでほしい!!
「でも茂樹さんは粒あん派だった!!」
「マジでどうでもいい!!」
「そして今に至る」
「「「どうしてこうなった!?」」」
あたし、秀明くん、智花ちゃん、同時に叫び、お母さんにこしあんのどら焼きを投げ出した。
茂樹は前回の轍を踏まないようにこしあんを買ってきたらしい。
……どうでもいいけど。
それからはしっちゃかめっちゃかで、どら焼きが空を舞ったり二階が崩落したり、しまいにはアンネちゃんや恋ちゃんまでやって来たりと、もう何だかカオスだった。
でも。
それでも……。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「粒あんのどら焼きマジあり得ないから!!」
「いやいや、これこしあんだし!! ってか、俺の持ってくなよ!!」
「だからって私のを持って行かないでよ!! お兄ちゃん!!」
「だからって、智花ちゃん!! あたしのを持って行こうとしないで!!」
「普通に人数分あるんですけど……。気付いてください」
「これがあのどら焼き……。アンネ、初めて食べます!!」
「ってこら!! 俺のを持ってくなし!! 何でみんな俺のを持ってくんだよ!!」
「先輩、じゃあわたしが食べさせてあげます!! 口移しで!!」
「こっち来んな!! 変態!!」
「おやおや、スミに置けないねぇ。秀明くん」
「お兄ちゃん、私も……。いいかな?」
「わたしが!! 智花ちゃんのを食べさ」
「いやいや、俺に対して言ったんだってば!!」
「スミに置けませんね」
「ちょっ、茂樹まで!!」
「置けませんね〜」
「アンネちゃんまで!!」
騒がしいことこの上ない。
でも、いつの間にやらみんな笑顔になっていた。
そして、気づいたらもう夜遅くまで回っていた……。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
〜智花視点〜
「あの……、茂樹さん」
「どうかしましたか?」
どうやらお姉ちゃんとお父さんが話しているようだ。
私はこっそりとその場をうかがった。
「ごめんなさい。今まで勘違いしていて……」
俯いたままのお姉ちゃん。
こんなに大人しいお姉ちゃんも珍しいな。
すると、お父さんはお茶をすすり
「いいんですよ、気にしなくて。秀明くんもさっき謝ってきましたし」
お兄ちゃんも謝ったんだ……。
「……私も家庭を顧みず、仕事ばかりしていましたから。こうなってしまったのは当然の報いでしょう」
と言い、にっこりと笑った。
「あたし、とんでもないことをしてしまった。……あの時に戻れるなら、もう一度やり直したい……」
「今からでも大丈夫ですよ」
「えっ?」
「一度できてしまった溝は、そう簡単には戻せません。少しずつ、少しずつ埋めていくしかありません。でも、今日一日で大分埋まったんじゃないですか?」
「…………そうかもしれないね」
静かに笑うお姉ちゃん。
「智花のことですが、連れて行くのは止めます」
「いいよ、その話は」
「そうですか……。もう時間ですし、帰ります」
徐に立ち上がり帰る支度をするお父さん。
そして、数分で支度を済ませ、玄関に着いた。
気付いたのか、家族のみんなが集まっていた。
「では、またいつか」
名残惜しそうに背を向けた。
「「「お父さん」」」
私と、お兄ちゃんと、お姉ちゃん、同時にそう呼んだ。
お兄ちゃんは恥ずかしいのか、どこか別なところを見つめている。
お姉ちゃんも同じなのか、俯いている。
そして、ピタリと足を止めるお父さん。
私は、みんなを代表して、あの言葉を言おう。
今まで素直に呼べなかった二人が、言いたい言葉を。
ううん、みんなで言わないとね。
「「「いってらっしゃい」」」
お父さんはというと。
振り返らず、その場に立ち尽くし、だけどちょっとだけこっちを振り向いてこう言った。
「いってきます」
いろんなことがあったけど。
一度は亀裂が入ってしまったけど。
そんなものは大したものじゃない。
今、乗り越えれたんだから。
今なら、きっとどんなことだって頑張れる。
だって私たちは、家族なんだから。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
とある閑静な住宅街に住む、とある家族。
そこの家庭から笑顔と笑い声が絶えることはない。
元気で活発な長女に、明るくユーモア溢れる長男に、大人しく可愛らしい次女。
優しくて丁寧な父親に、ちょっと子どもっぽいけど面白い母親。
そんな家族が、楽しく日常を過ごしている。
「ヤッバイ!! バイトに遅刻する!!」
「美代ねぇ、いまだ一人で起きれないのかよ!!」
「お兄ちゃん、これどうやって焼くの?」
「ちょっ、また炎上してるわよ!! 早く消しなさい!!」
「また出費が凄いことになりますね……」
清川家は今日も明るい。
自分で書いときながらですが。
なんというオチ(笑)
12話という短い間でしたが、楽しんで頂けましたでしょうか?
楽しんで頂けたなら幸いです。
ちなみに今、別な小説を書いています。
清川家の人間がでるかも知れません。
……ま、そこはお楽しみということで。
ここまで読んで頂いた方に、最高の感謝を。




