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「なあ、アロイス」


「なんだ?」


「アレ、いつ終わんの?」


「知るかよ」


 シュリとアロイスは、現在食事当番につき、大鍋をかき混ぜていた。鍋の中身は肉と野菜のスープである。


 ミケーレと他の班員はテキパキと椀を出している。


 撤収も六度目となると、個人装備だけではなく鍋などの必要最低限の物も瞬時に持ち出せるようになっていた。

 四度目までの撤収の際は持ち出すまで余裕がなく、シュリをはじめとした隠密班を組み、先輩騎士たちの拠点から拝借することを繰り返してきたのである。


 ここは従騎士候補生の野営第八拠点『もう何でもいいから早く野営終わってほしい』である。


 旧第七拠点からあまり離れていないが、旧第七拠点を見下ろせる高台にある。


 旧第七拠点付近では、凄まじい殺気と共に魔力がぶつかり合っていた。


 エリックの炎が上がり、ジークの氷柱が空に伸び、激しい剣戟の音がここまで聞こえてくることもあった。

 ジークとエリックが戦っているのである。


 時々、腐竜クラスの魔物が黒の森の方へブッ飛ばされているのが見えた。


「あれ、ビヒモスじゃね? 図鑑で見たことある。黒の森、恐ろしい所だな……」


「それを飛ばすあの二人()とんでもねぇえな……」


 従騎士候補生たちは、「触らぬ副長に祟りなし……」と呟いて、自分たちの仕事に戻って行った。


 何モノも、あの二人の邪魔をしてはならない。


「でもよぉ、もう丸一日なんだけど」


 シュリがうんざりして呟いた。


「じゃあお前が割って入って止めて来いよ」


「やだよ」


 面倒くさい。


「あれはな、ジーク副長の婚約者が行方不明になって、ジーク副長がむちゃくちゃな魔力の使い方して探索しているのを国王陛下に叱られて、その後ウジウジしていたジーク副長にエリック副長が「てめぇ辛気臭ぇのもいい加減にしろ」ってキレて殴りかかって以来の習慣なんだ……」


 アロイスがそう言うと他の団員たちも乗ってきた。


「この国の名物とも化しているよな。一度町中で始まった時は、周りに柵と結界が張られ、あっという間に観客席が作られて、皆どちらが勝つか、いつ勝負がつくか賭場になっていたぞ」


 うんうんと頷く団員たち。


 俺の父ちゃんは賭に勝って喜んでたなぁ、うちは負けてたな、という声まで聞こえてきた。


「アレは、止めるオリヴァー副長がいなければ、勃発したら体力の限り終わらない」


 アロイスが諦めろと締めくくった。


「観客席……」


 あの二人がおかしいのか、国民がたくましいのか。


 悩むシュリを後目(しりめ)に、アロイスは「お前もあっち側だろうが」と思ったが賢明にも口を噤んだ。


 その時、副長二人に近づいてみた斥候役が帰ってきた。


 アロイスと一緒に報告を聞くと、シュリは更にげんなりした顔をした。


『いつまでも振られた女の尻追いかけてんじゃねぇ!!』


『振られてない!! カヤは俺の妻だ!!』


 二人はこのやり取りしかせず、ひたすら戦っているという。


「そんなんで、この国大丈夫なの……?」


 シュリの呟きは、大鍋に吸い込まれていった。


 その後、体力と魔力の限界を迎え、地面に縫い取られているように倒れていた二人を回収した従騎士候補生たちは、細やかな手当をし、ボロ布と化した服を新品のように繕い、武器を研ぎ、二人が起きたら自慢の風呂に入れ、髭を剃り、消化の良い飯を食わせたところで、エリックから「もうお前ら従騎士合格」をもらい、野営を切り上げることになった。


 こうして、従騎士候補生の第八拠点『もう何でもいいから早く野営終わってほしい』は、その名の通りとなった。


 従騎士候補の試練を担った第十師団をはじめ、公平性を保つため、各師団から派遣された騎士によって、間諜の疑いがあった従騎士候補生には監視が付けられており、シュリを除き全員「白」の判定がされた。


 シュリについては、国外への規定外通信などを行ったことについて、王都への道すがら、副長二人により尋問が行われていた。


 ジークが「カヤはどこにいる?」と尋ね、シュリが「教えません」と答える。


 エリックが「腐竜ってどんな味なんだ?」と尋ね、シュリが「知りません」と答える。


 ジークが「腐竜を倒せるなら俺との手合わせはどんだけ手を抜いていたんだ。カヤはどこだ?」と言うと、シュリが「魔物相手と人間相手は違います。あと母の居所は教えません」と答える。


 エリックが「他にどんな魔物を食ってきたんだ?」と聞くと、シュリが「腹を壊さなきゃ何でも食います」と答える。


 ジークが「野営中の通信は誰に送ったんだ? カヤはどこだ?」と聞くと、シュリが「母に不定期便です。『元気だ』って連絡しないと泣いて離してくれないので。あと、居所は教えません」と答えると、嫉妬したジークがシュリに殴りかかって揉み合いになり。


 言葉を変えながら延々と繰り返される同じ質問と答えに、聞こえてしまう周りの者が辟易して早々にギブアップする中、年の離れた弟がいる者の呟きが皆の心に染み渡った。


「うちの魔の二歳児の『なんでどうして』攻撃よりもひどい……」


 嫌な顔をしながらも副長二人に付き合うシュリは(そもそも尋問だから拒否できない)、従騎士候補生の野営の中心を担ったこともあり、彼らの中で不動の「おかん」称号を得ていたことは、本人だけが知らない話である。



読んでくださり、ありがとうございました。


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