21
凄まじい氷の魔力を垂れ流して転移の術で現れた男は、紛れもなくこの国の王立騎士団副長ジーク・ファーレンハイトだった。
その魔力に当てられて、鍛えられた候補生たちも気を保つのがやっとである。
魔術に敏い者は震えが止まらない。
従騎士候補生たちには目もくれず、ジークは自分と同じ顔の少年を見つけると、目を見開き、駆け寄って両膝を突いて抱きついた。
逃げる間も止める間もない程の迷いない動きだった。
「ユウリ、か?」
副長の泣き声に、アロイスは顔を背けた。
見てはいけない。興味本位で、見てはいけないものだと本能が告げていた。
ジークの問いにユーリは沈黙し、シュリは眉を顰めた。
ユーリからジークを引きはがそうとした手が止まり、内心、シュリはかなり動揺していた。
「カヤは、いずれ子を授かったら、男の子でも女の子でも、「ユウリ」と名付けたいと言っていた。もう帰れない、世界を越えた向こうの故郷を思う名だと言っていた。君は『ユウリ』ではないのか……?」
ユウリはビビが付けた最初に付けようとしたユーリの名。
違う世界から落ちてきたビビは、もう自分の世界には戻れない。
世界と世界の位置について、よく川の上流と下流に例えられることがある。ビビの生まれた世界は上流。この世界は下流。
時空という未知の力が流れる川を遡上することが出来れば、戻れるかもしれない。しかし、そんな力は人間にはない。
ビビは悠久の川の向こうのふるさとを思い、「悠里」と付けたかったが、この世界は真名を隠す習慣がある。真名は、より魔術をかけやすくする媒体となるのである。
悠里と名付けると、ユウリとは呼べないのである。
ビビとシュリは共に考え、真名はユウリをもじった名前にし、呼び名をユーリとした。
ユウリの名を知るのは、本人とビビとシュリ、そして、ビビと共に「ユウリ」の名を考えた、ユーリの実父だけ。
シュリとユーリにとって、ジークのこの言葉で、ジーク・ファーレンハイトは『愛しい人を捜しているだけ』ということが証明されてしまったようなものだった。
どうでもいい女と考えた子の名前など覚えていないはずだから。
泣きながらも落ち着いた声で「ユウリ」と呼ぶジークに、ユーリが静かに答えた。
「僕は、ユーリ」
「……ユーリ、か。カヤはどこにいる?」
「ここにはいない」
「会いに行く。どこにいる?」
「教えない。何で、今更、会おうとするの?」
「愛しているからだ」
「……だから? もう、本当に今更なんだよね」
「愛しているんだ。もうカヤが俺を選ばなくても、俺は愛しているんだ」
「捨てたのはそっちじゃん」
「捨てていない。捨てるはずがない。捨てられたと今もカヤが思っていること自体、我慢ならない」
ユーリがジークに拳を叩きつけた。
抱きしめられたままの格好からジークの脇腹を何度も叩きつけた。
「あんた、母さんを泣かせただけじゃないか。母さんがどんだけ……」
「すまない。側にいなくて……すまない、ユーリ」
一層ユーリを抱きしめるジークを、ユーリは何度も何度も叩く。
「うるさい! ……許さない。たとえ母さんが許しても、僕は許さない。母さんを守ってきたのはあんたじゃない。兄さんだ。血も繋がってないのに、命がけで僕と母さんを守ってくれてるのは、兄さんだ! あんたじゃない!!」
血を吐くような叫びに、一瞬ジークの腕の力が緩んだ。その隙にユーリはジークから離れ、シュリの背中にしがみついた。
シュリはそっと身体を捻ってユーリの頭を撫でてやった。
顔を埋めて見えないが、ユーリから抑えられない嗚咽が漏れていた。
「副長、うちの弟です。怪しい者ではありません。俺の天恵が発動したのを心配して見に来ただけですから、もう帰します。ほれ、ユーリ、母さんの所に帰れ。母さん、頼むな?」
ユーリはコクリと頷いて、転移の術でその場から消えた。
「待ってくれ!!」
ジークが手を伸ばしたが、その先にはもうシュリしか居なかった。
ジークは伸ばした手を握りしめ、立ち上がってシュリを見た。
今まで、一つの手がかりも無かった状態から、これだけの手がかりが目の前にいる。
逃す気は、更々なかった。
さあ話せ話せと、逃す気がないのが魔力となってシュリにまとわりつく。
(冷て……。まあ、直接聞くことは聞いたけど……今更母さんが受け入れるとは思えないなぁ……)
ここで睨み合っていてもしょうがない。シュリが諦めて口を開いた時、前触れもなく、エリックが落ちてきた。
「トウッ!」
比喩でも何でもなく、転移術の着地点をしくじったエリックは、シュリたちの上空に転移し、自由に落下して魔術でふんわりと地面に着地した。
「エリック副長まで……!!」
従騎士候補生たちが響く。
従騎士候補生の野営に副長が三人など、前代未聞である。
きょろきょろと、在るべきもう一人の副長オリヴァーを誰もが目で探すが、見当たらない。
「……オリヴァー副長は?」
どんなに目を凝らして探しても、ここには従騎士候補生百二十名とジークとエリックしかいなかった。
アロイスはもう一度だけ辺りを見渡し、愕然とした。
「オリヴァー副長が来ていない……だとっ!?」
アロイスが叫んだ。
「全員、退避しろーーーーーっ!!」
この日、従騎士候補生の第七拠点『騎士が大人男子のエリート集団だって信じてた私の心を返して』は、壊滅した。
読んでくださり、ありがとうございました。




