三十三 被害者という加害者
本物の橋場峰雄は緑丘に誘拐された後、緑丘の支配者である東史雄という弁護士の経営する孤児院に捨てられていた。
彼はそこで樺根真という姓名を与えられ、東の手駒として育てられていたのだという。
玄人から幹事を奪った中年刑事に顔を整形した少年は、真の結婚相手の連れ子である樺根将だと思われる。
さて、話は戻るが、孝継のために玄人が真を見つけて彼を孝継に差し出した事と、裕也が緑丘の子供交換事件を警察に伝えた事が相まって、東の孤児院の内情が外部に知られることとなったのだが、破壊の大好きな孝継がその事情を知るやその院を破壊しただろう事は想像に難くない。
それも、あの大事そうに倉庫にしまわれている鉄球で。
そして孝継によって組織としての彼等の本拠地であり住居である建物を更地に変えられて文字通り住処を失った数十名の子供達は、偽物の峰雄と先に他家に侵入していた三人の少年も含めた上で、警察に保護されて散り散りにされたはずだった。
だが、その子供達は東の薫陶を受けた兵隊であったのだ。
彼等は東が指示しなくとも自然に集まり、集団生活を行いながら計画を練り、今回の大事件を引き起こしたというわけだ。
玄人の臓器を奪いに来た移植コーディネーターも元は東が作ったものであり、玄人への復讐も兼ねていたのだという。
そこまで東にいいように扱われておきながら、臓器を差し出す役に自分はならないと東を信じて忠誠を誓う馬鹿がいることが俺には信じられない。
彼らは東というお父様を神様のように崇めているが、孝継が奪って隠していた東慈恵乳児院の書類箱から金持ちに臓器を販売する売買書類と買い手のリストが出てきた事から、東は子供達を臓器供給用の家畜としか見ていなかったと思われるのだ。
ちなみに峰雄や子供達の存在を知っていた筈の孝継は、この間の俺と同じように警察にこってりとお灸を据えられると俺は期待したが、有能なお抱え弁護士がいるからか、哀れな少年少女達を洗脳から救い出す活動をしていた慈善家という事になって名を上げただけであった。
事実、彼の手の中で更生した子供達も多くいるのである。畜生。
可哀想なのは楊だ。
俺達が偽物比嘉を騙せられたのは、楊そっくりに整形していた男が駐車場にいたからだ。
俺が病院で見た、黒いコート姿の楊のそのものだ。
俺は玄人の危機を知らせた奴だと混乱し、楊は自分そっくりの男に思考は飛び、俺達は奴の姿に驚くばかりで取り逃がしてしまった。
また、今回の事件の中心だった峰雄も行方が知れないのだ。
楊は自分と同じ顔の男が自分の振りをしていただけでなく、同僚をも殺していただろう事実に思い悩んでいるのであろう。
「形ばかりの査問で、お前は無実だったって書類も作ってもらったんだろ。」
玄人から幹事を奪った刑事の殺害日は、三月五日の夜に確定した。
彼の妻が聴取において「楊の呼び出しがあった」と主張したため、楊の疑いを晴らす必要があったのだ。
「形ばかりでも書面に残るというのに、ちくしょう。葉子め。」
違った。
殺しについてのアリバイを葉子に立ててもらったことが許せないようだ。
そこに葉子は証人として出席し、楊がその夜は自分の隣で寝ていたと証言したのである。
「いいじゃないか。葉子は高齢だって言ってもあの美貌だ。やろうと思ったらやれるだろ。」
自宅の階段に座り込んで頭を膝に入れていた男は、がばっと頭を起こすや俺を睨みつけてきたのである。
「違うよ。そっちだったらまだ許せるよ。あいつは、かわいい幼子が疲れて転寝していれば、母親だったら手近なベッドに入れるでしょうって言いやがったの。俺は偉いさんの前で、葉子に赤ちゃん扱いされて失笑されたの。恋人だって叫んでくれた方が良かったよ。」
「彼女の孫と婚約解消もできるしな。」
楊はぷいっと俺から目を逸らすと、抱いていた小さな塊を撫で始めた。手の中の灰色の毛玉は可愛いとは言えず、俺には鼠にしか見えない。
「クロが言った通りだな。猫って言うよりは鼠顔だ。」
「うるせぇよ。あんこちゃんは、これから美人になるの。耳も頭のてっぺんに位置が変わって、可愛い三角になって、目が開けばグリーンがかった青い目なの。この子はれっきとしたロシアンブルーの赤ちゃんなの。」
彼の主張に賛同するように、彼の手の中の毛玉はみぃと小さく鳴いた。
「そいつをクロに手渡したという母猫はどうした?」
「家に帰ったんだろ。」
「え?」
「玄人にこいつを差し出した猫は、スフィンクスっていう種類の近所の飼い猫だろうな。凄く気立ての良い奴なんだよ。俺がいない間に母猫は死んでいたらしくてさ、ばあちゃんが全部片してくれていたよ。俺の服ごとペット用の火葬場で燃やしたってさ。」
「あいつは母猫らしき猫から預かったとしか言わなかったよ。」
「俺を悲しませたくないんでしょう。俺がまた守れない不甲斐無い男だってことじゃん。俺は不甲斐無いどころかろくでもないじゃないの。田口は俺がいなければ死ななかっただろ。俺がいなければ、ちびは家の中でトラックに轢かれずに済んだだろ。お前の、お前の親友だって、俺がいなければ不幸じゃなかったはずだ。そんで、こいつはさ、俺が自分本位に手元に置いておいたせいで、死にかけていたはずだよ。無理矢理でも母親と一緒に病院に連れて行けば母猫も助かったはずでしょう。俺が殺したみたいなものなんだよ。」
俺は親友の肩を抱いて自分に引き寄せると、猫を抱く男は俺になすがままにしなだれた。
俺は楊を抱き締めながら、玄人が叫んでいたという言葉、被害者という加害者を俺は実行しているのだと自分をあざ笑った。
俺は楊が俺の親友の死に抱いている罪悪感を利用して、彼を自分に引き留めているのかもしれないと。
「あぁ、まただ!良純さんはかわちゃんまで誑し込んでいるなんて!」
俺達が馬鹿な叫び声をあげた先を見れば、玄関には花房と印字のある紫色の風呂敷に包まれた大きな重箱を抱きかかえている玄人が、楊の祖母と自分の祖母と楊のストーカーを携えて立っていたのである。
「うわぁ、全員集合さぷらーいず。」
楊が嫌そうな声で俺の隣で呟いたのは言うまでもない。




