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二十七 山口②

「髙さん?」


 山口は聞き返す自分の声が上ずっているなと気が付いていた。

 玄人の相談相手が髙という所で、背筋がぞわっとしたのだ。


「はい。」


 玄人がこくりと頷いて肯定する姿がとても可愛いと賛美しながらも、別の冷静な頭は自分が佐藤達と組まされた事を思い出し、これかとようやく納得していた。


 将来的に玄人の誘拐は中条によって確実に起こされる筈であり、山口は敢えてその日時を確定させる為に中条の手下を痛めつけるという襲撃をしていたのだが、本来ならば一人で行う汚れ仕事に髙によって佐藤達が組み込まれていたことが不思議であったのだ。


 恐らくどころかそれは、彼女達に余計な動きをさせないために別の仕事を与えて監視するためであり、山口が知らずに彼女達の監視役とさせられていたのだろう。

 髙は別行動で、玄人が見つけた男を、彼が考える方法で排除するつもりなのだ。


「えぇと、髙さんはなんて?」


「一緒にその幹事をサプライズさせてあげようって。まさか、あそこまでやっちゃうとは思いませんでしたけどね。」


 山口の頭には腰の骨がずれた哀れな同僚の姿が思い出されたが、髙が可愛がる玄人への借りを返したいからと言って、同僚にそこまでしないだろうと打ち消しながらも、そうに違いないと確信している自分を罵りながら玄人に軽い声で尋ねていた。


「えっと、髙さんは、何をしたのかな。」


「あ、いえ、何でもないです。忘れてください。」


 玄人はぷいっと山口から顔を背け、真っ暗な車窓の向こうを眺め始めたのである。

 聞いた事のない軍隊マーチを口ずさむ彼の姿は誤魔化したいと告白しているも同然で、山口は大きくため息を吐くと、下手糞な歌に合わせてぴょこぴょこリズムをとって動いている玄人の頭に彼の左手を乗せた。


「きゃあ!」


「うわっ。」


 山口はパトカーを歩道の縁石に乗り上げる寸前であった。

 けれどもパトカーは縁石ギリギリでなんとか急停車することができ、車内の誰も怪我はない。

 だが、自分を見つめる玄人の驚きの目に、山口は大失敗の文字が頭の奥で点灯しているのを認めるしかなかった。


「ごめん。変なことをして。おまけに危ない目に合わせて、本当にごめん。」


「いえ。……でも、今、見えました。僕が僕を見ていました。」


「うん。僕も僕が見えた。君の見えたものが見えるだけだと思っていたけど、リアルタイムでも君の見えるものが僕にも見えるんだね。」


「山口さん?」


「うん。僕も見える人なの。見えるって言っても、君が良く言う黒い影が時々見える程度。危ないな、とか、人が死んでるなってわかる程度ね。でもね、この間、君をぎゅうって抱き締めたでしょう。その時に君が見えていたものがクリアに全部見えたんだ。田口の本当の顔、あの泥土の塊の腐乱死体のフレッシュな状態。そして、君が苦しくなったあの拷問殺人の映像。――情けないね。僕は久しぶりに吐いたよ。君はいつもあんなものを見て、誰にも言えずに一人で抱えて来たんだね。人と見えるものが違うって、生活にも困るし、それはとても辛いものだったでしょう。」


 山口の目の前の少年は、山口の言葉に感動して涙を流すどころか、みるみると青あざが全身に回ったのかと思う程に真っ青に血の気が引いていくのだった。


「クロト?」


「知った?」


「え?」


「僕の内緒を知ってしまった?どうしよう!かわちゃんにも良純さんにも内緒なぐらい内緒だって、僕は指切りげんまんまでしたのに!」


「玄人、君?」


「小指を切られちゃうよ!ハリセンボン飲ませられちゃう!トゲトゲのフグなんて絶対に呑み込めないよ!」


「切らせないよ!飲ませないから!そして、そのハリセンボンじゃないから!」


 慌てた山口は玄人を掻き抱き、彼が本気で脅えていた理由を理解した。

 なぜならば、彼も玄人から受け取った映像で心底脅えてしまったのである。


「怖すぎる。怖すぎるよ、教官。」


 髙が口元に右手の人差し指を立てて微笑んでいるが、彼の左手には後頭部を鷲掴みにされて苦悶に顔を歪めている幼さが残る少年の頭があるのだ。

 その少年の服装が山口が先ほど発見した同僚と同じであるならば、あの猟奇的暴行を行ったのが髙以外にありえないのである。

 山口は知ったことを絶対に口外しないと玄人と指切りげんまんをして、髙から自分自身をも守ることにしたのだった。

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