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二十七 山口①

 助手席に座る少年を横目で見ながら、自分が守ろうとしていた少年なのだろうかと山口は自問していた。


 山口が玄人くろとの姿が消えていた事に気づいたのと、店のすぐそばにある空地から苦難の叫び声が轟いたのは同時に近かった。

 飲み会の殆ど全員が反射的に店を飛び出して空地に辿り着いて見れば、同僚が半死半生の状態でうめき声をあげている情景だった。


 飲み会は当り前だがそこでお開きとなり、出席者は負傷者の救護と搬送、および現場検証に走ることとなった。

 山口は玄人の行方不明に慄然としながらも、彼を探すべくあてもなく飛び出したのだが、山口は玄人を探す間もなく玄人に捕らわれた。

 知らない番号からのメールに玄人の誘拐者かと急いで開けば、それは玄人であり、彼は山口がいつも使う車の所で待っていると伝えて来たのだ。


 山口がいつも仕事で使う車はパトカーであり、それは相模原東署の駐車場である。


 彼は走って十五分のその場所へ走りに走り、汗だくになって駐車場に辿り着いて見れば、玄人ではなく、彼が昔助けられなかったアレクセイが立っていた。

 白い肌は白さを見つけられないほどに殴られて黒ずみ、真っ黒な瞳は美しい筈なのに真っ黒な空洞にしか見えない。

 暗黒の虚無がじっと彼を見つめているのである。


「どうして、助けて、……くれなかった、の。」


「ごめん。」


「どうしたの?」


 後ろから声をかけられて振り向けば玄人で、やはり彼も青あざだらけで酷い状態だが、山口を真っ直ぐにみる瞳は空洞ではなく生気に輝くものである。


「ごめん。遅くなって。それでこんなところでどうしたの?」


「渋谷に連れて行って欲しい。」


「え。」


「山口さんはお酒を飲んで無いでしょう。お願い。」


 山口は想い人に連れ去って欲しいと言われたことに有頂天になっている自分を叱りつけながら、冷静になるために自分のよく使うパトカーを振り向いた。

 そして、一般人を簡単に乗せてはいけないというルールを思い出した彼は、玄人に断るべきと口を開いた。


「パトカーで行きたいの?」


 頭で考えた文面と違うと思いながら玄人を見つめると、彼は山口の言った言葉にうんうんと大きくうなずきながら、真面目な顔で、お願い、と再び懇願したのである。

 大きな大きな黒目勝ちの瞳をうるうると潤ませながら、山口の胸に彼は右手を添えることまでしたのだ。


「パトカーじゃなきゃ間に合わないかもしれない。」


 山口は警察官としての人生と免職されたその後を天秤にかけながら、自分に必死な目を向けている玄人に断りの言葉を伝えようと努力はした。


「どこに行きたいの?」


「橋場の本丸。」


「え?」


「お願い。こんなところで押し問答をしている場合じゃないの。善之助お爺ちゃんと麻子が狙われている。僕が助けに行かないと大変なの!」


「いいよ。」


 山口は大きく息を吐きながらキーの解除をして玄人を乗せると、そのままパトロールと無線に嘘をついて車を動かした。

 どうしよう、と悩みながらである。

 パトカーは簡単に境界を抜ける事は出来ないのだ。


「ねぇ、スマートフォンを貸して。」


「いいよ。でもさっきは何を使って僕に連絡したの?」


 玄人はキッズケータイを持ち上げた。


「それで?」


「うん。メールのアドレスの方は未登録だったから、これで山口さんにメールを打てましたけど、僕はこれからいろいろな人に電話をしたいの。」


「えと、僕のアドレスを暗記していたんだ。」


 こくんと頷く玄人に、抑えきれない嬉しさが沸き上がって来ていた山口は、そのまま県境を乗り越えて東京へと進む事に意義は無かった。

 横目で電話をしている玄人を見ると、解除の暗号も教えていないにも関わらず、さっそく電話をかけて相手と話し始めてもいた。


「あれ、解除番号。」


「しっ。」


「いえ、何でもないです。はい。そうです。善之助お爺ちゃんが危ないから、このまま神奈川県警の方に渋谷に連れて行ってもらいます。パトカーの事、問題にならない様にお願いできますか?はい。何もなければいいのですけれど、相手は整形して他人に成りすましているようですから、はい。僕が見分けられればって。はい。お願いします。」


「えーと、電話の相手は、誰?」


「金虫警視長。」


「かわさんの婚約者のパパ?」


「はい。警察庁の偉い人だから、いいかなって。」


「そんなに気軽にお話しできる相手なの?」


「アドレス交換はしました。あ、そうだ。僕がかわちゃんちでトラックに轢かれた日に、金虫さんにメールしたんですよ。かわちゃんを十二日も拘束したの?って。そうしたらそんなことないって返信があって。僕は騙されていたんだとがっかりでした。」


「そう。それで、僕の暗唱番号はどうして知っていたの。」


「僕の目の前で操作していたじゃないですか。」


 玄人にしては珍しく強い口調に山口が驚いていると、彼はそこで生気を全部使い果たしたのだという風にがっくりと頭を垂れてしまったのだ。


「もう、みんなは僕のことを凄い馬鹿だと思ってるんですよね。仕方が無いです。でも、僕の相手をしてくれるのなら、アルジャーノン扱いでもいいかなって。でも、僕に任せられないからって、仕方が無いけど、辛かったです。僕を仲間外れに日にちも変えてって。」


「うん。違うんだけど、結果的にそんな気分になるよね。」


「いいんです。それも誰かわかったから、僕は対処できたのですから。」


「対処?」


「はい。最初はかわちゃんが僕から幹事を奪ったのかなって思っていたのですが、かわちゃんはそんな事はしないでしょう。それでみっちゃんに頼んで調べてもらったら違う人で。えぇと、違う人って、あの、その人がその人じゃ無いようだから髙さんに相談したの。」

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