二十二 ごめんなさい
人は衝撃が大きすぎると世界が無音になるようだ。
まず、分厚い両開きのドアが室外へふっとんだ。
僕のいる室内へ、ではない。
僕はそれをどうやっているのか知りたいが、楊は警察の秘密だと教えてくれないだろう。
僕はその扉が吹っ飛んでいく中で、黒いニットに黒のカーゴパンツ姿の葉山が飛び込んで来るのが見えた。
もちろん僕を捕まえている男がそれを見逃すはずはなく、反射的に彼は僕を抱え込んで葉山の前に立ちふさがったが、僕を掴む手は一瞬で緩んで、僕は緩んで後ろに倒れる稲垣と一緒に後ろに倒れこんだ、はずだったが、僕は宙に浮いていた。
「おっと。クロトは大丈夫かな。」
僕の背中を支えて上から覗き込んでいるのは山口で、笑顔だかスマイルマークの彼は、僕を安心させる気が無いほど殺気を漲らせている。
笑顔のままの彼は僕をそのままひょいっと持ち上げると、戸口へと抱いたまま連れて行き、そこに待ち構えていたストレッチャーに僕を乗せ上げた。
「クロト、ごめんね。僕と友君は田神さんと現場検証。」
室内に戻っていく山口を見送る僕の頭にポンと誰かの手が乗った。
見上げると、僕が先ほどまで対面していた稲垣よりもやくざの親分にふさわしい強面の刑事の笑顔だ。
本庁の組織犯罪課を率いる田神警部は小柄で細身でもスタイルは良い方で、顔のパーツの一つ一つも整っていると言ってもいい筈だが、全体的になると、どうみても、やくざの親分でしかない。
「君は頑張ったね。帰りの車が用意してあるから、君はそこで手当てしようか。」
「はい。でも、えと、歩けますから。」
「いや。乗っていて。うちの子達も君の受けた暴行に猛っているからね、少し君の世話をさせて落ち着かせてあげて。」
僕が首をかしげている間に僕は王様のようにストレッチャーごと建物の外へと運ばれることとなったが、移動最中に眺める事となったヤクザ事務所だった一戸建ての内部が、竜巻か台風が直撃したかのような有様だったのである。
そこら中に僕よりもストレッチャーが必要そうな男達が倒れていた。
「あの。全然静かでしたけど、どうしたんですか?これは?」
僕の頭の方を担当していた古屋刑事が器用に首をすくめた。
角刈り頭に鼻の脇に大きなほくろがある人で、微笑むときっと柔和なお坊様のように見えるのだろうが、今は時代劇の悪役みたいな顔をしている。
「田神班って、いつもこんなすごい大暴れをなさるんですか?」
「いや、あの。」
「誤魔化していないで、答えてやれよ。」
ハハハと笑いながら同僚を促したのが、僕の足側を担当して比嘉刑事である。
丸い二重に真っ直ぐな鼻に真っ直ぐな濃い眉毛という雪だるまみたいな顔の造りだが、笑うと目尻に笑い皺がより、その顔はミーアキャットの様だ。
「あのね。この半分はあの山口って奴。本気で強いね、あの子。いつの間にか消えていて、俺達が突入した頃には君のいた部屋の前に仁王様みたいに顔を怒らせて立っていたよ。」
「あの。あとの半分は?」
比嘉と古屋は顔を見合わせて、それからはぁーと大きく息を吐いた。
「あの。もしかして良純さん?」
「違いますよ。君の親戚の長柄警備の社長と休暇中の葉山刑事です。どうすんだろ。やりすぎだよね、始末書はこっちが書くのかな。」
「困るよね。こんなに荒れたら裁判用の現場検証も証拠も何もないでしょう。田神さんが怖いよ。」
「その話し合いであそこに籠っちゃったんでしょう。あの三人で何を話すんだろう。」
「こってりと田神さんに絞られるだけでしょう。」
「稲生は稲垣一人の逮捕で終わりかぁ。中条こそ挙げたい奴なんだけどねぇ。」
「あ、でもさ、中条は未遂でも誘拐でしょう。誘拐は未遂でも罪が重いし、何とかなるんじゃない?」
僕は本庁の田神班全員にごめんなさいと手を合わせて謝って、彼らが運んでくれた車の中に飛び込むのが精一杯だった。




