十四 現場は回転し続ける②
葉山が翳したスマートフォンに映し出された画像。
女装した僕を中心にした、馬鹿男達の集合写真。
まず、僕の隣にはゲームショウのスポンサーだった長柄警備会社社長の裕也が満面の笑みで映っており、その僕達を取り囲むように長柄警備の体格の良い面々が、ゲームのコスプレをして大はしゃぎした姿を晒し、その他の一般人まで画面に映り切らないほどぎっしりになってカメラに思い思いのポーズを取っているのだ。
裕也はゲームショウ会場をそのままブルーローズ様御一行会場にして、立食パーティに突入してしまった事も思い出した。
お酒に酔った僕は、会場でゲームのキャラクター主題歌まで歌ったかもしれない。
「やめて!友君やめて!僕の黒歴史をほじくり返さないで!」
葉山のスマートフォンめがけて飛び上がったが、葉山がスマートフォンを持つ手を高く掲げる方が早く、空振りした僕は飛び跳ねた状態で楊に抱えられるや、ぽいっと彼等の後ろに放られた。
「ちび。今は大人の話をしているから。」
彼らは楊に同調するように、僕が入れないように背を向けて円陣を作ったではないか。
「ひどい!ひどいです!」
僕は体育座りして、膝に顔を埋めるしかなかった。
人はどうして常識を取っ払える情熱なんてものを持っているのだろうと、悔やみながら。
「あ、林葉が映っているね。でもさぁ、これだけでそう言い切っちゃったの?」
「これはブルーローズ防衛隊メンバーズのHP写真です。彼らはいついかなる時にもブルーローズを一番に守り、影から支えるように誓い合い、ここに騎士団を結成したそうですね。林葉はコンピューターセキュリティ会社に勤務していましたから、田口の作ったブログのIPアドレスから武本玄人を特定したのか、この騎士団の掲示板で彼の名前を曝しました。彼は曝したその時点で強制退団させられ、防衛隊もここで解散の宣言をしてHPを削除しています。俺は魚拓を取っていたのでこの画面を残しておけましたが、存在もなかった程、とてもきれいに存在を消去していますね。」
「そりゃそうだろう。裕也が守りたいクロを知らないとはいえ攻撃してしまえばな。裕也は裏目に出たと慌てて消したのか。煩いほど俺に繋ぎを取ってきたあいつが、ぱったりと音沙汰が無くなった理由がよくわかったよ。自分の馬鹿行動を必死で取り繕っていたんだな。あんな男でよく警備会社が務まると思うよ。」
「稲生組関係ない?」
「俺は関係ないと思いますが、髙さんの話だと田口殺害も彼の仕業でしょう。そこはどうやって彼が知りえたのでしょうね。俺達も武本君から盗んだIPアドレスでブログを上げたのが田口だと言い切れるものが無くて手をこまねいていたのに。」
「田口のブログ?」
僕は膝から顔を上げて立ち上がり、絶対に僕を無視しないだろう男を目指した。
「ねぇ、友君。見せて。その田口のブログを僕に見せて。」
「いいよ、ちょっと待ってね。」
「さすが、友君。優しいぃ。」
葉山は照れたように笑い声を立てながらスマートフォンを操作しはじめ、なんだかモワンとした空気を感じたと振り向けば、楊が僕にパグのような顔を見せつけていた。
「ひゃあ。」
「大人の話し合い中だって言っているでしょう。このお子ちゃまは!」
「いいじゃないですか、かわさん。彼は被害者です。悪意は辛いだろうけど、悪意を向ける人間が誰か、悪意はどのくらいなのかと知ることで身を守ることが出来るんです。」
僕は葉山を見返した。
悪意を向けられて怖いと縮こまるのでなく、これで分別が楽になったと喜べばいいのだと、眼から鱗が落ちた気がしたのだ。
「君は良いことを言うよね。わかりやすい馬鹿の方が扱いが楽なのは本当にそうだ。」
「そうですね、良純さん。友君は良いこと言いますよね。分別のカテゴリにしてしまえばいいんですね。」
「黙れ、爬虫類組。」
楊の僕達への暴言に苦笑しつつ葉山が僕に差し出したスマートフォンの画面には、僕の女装写真がちりばめられ、僕の使わない言葉で僕を糾弾する怨嗟で満ち溢れていた。
あれが私の心に刺さった腐った杭よとは、田口では言いそうにない言い方だ。
「あぁ、僕の盗まれたミリタリーコート。でも、この写真は僕じゃない。僕じゃない後ろ姿だ。この後ろ姿の彼は殺された金村君だ。え?田口と彼は関係があったの。」
「え、うそ、ちょっと待って。ちび。」
楊は僕から葉山のスマートフォンを奪い、髙と頭を突き合わせて目を凝らし始めた。
「あ、本当だ。コートの飾りベルトでちびだって思い込んでいたけれど、よく見りゃショーウィンドゥに横顔が映りこんでいるじゃんか。ガラスに映った首元のトカゲの刺青なんか特定して下さいじゃないか。どうして今まで俺達が気が付かなかった?」
「――このミリタリーコートは玄人君のものだという思い込み、ですか?田口はブログで玄人君の名前は一文字も書き込んでいませんが、彼女が玄人君を目の敵にしていたのは知っていましたからね。」
「いや、だけどさ。どうして田口が金村を。」
「金村がこのブログを見たら、普通に自分への危機感を感じて玄人君を再び襲う可能性が大だからでしょうか。結果として金村の方が殺されてしまいましたが。」
「じゃあ、やっぱり林葉は報復でちびを襲った稲生組の鉄砲玉か?」
男達に思い沈黙が落ち、それを打ち破る様に僕よりも堪え性のない男が口を開いた。
「答えが出ないならばそれは後にしよう。そろそろ、先に行きたいんだがいいかな。俺はちゃっちゃと済ませて次に行きたいんだよ。」
面倒そうに楊達を煽る良純和尚の言葉に、彼等も一先ずは和尚が彼らを集めた元々の目的を知りたいと考えたのだろう。そこでようやく僕達は半壊した建物の中へと一歩踏み出したのだ。
「倒壊の危険ありで侵入禁止ですよ。警察も消防さえも。」
葉山は建物内部に貼られていた侵入禁止の警告文の一部を読み上げ、僕達に危険を思い出させた。
エントランスは煤塗れで黒々としていなければ攻撃を受けた建物には思えないが、エレベーターは完全停止して赤いスコーンが進入禁止の札をつけて置いてあり、内部に進み歩く度に先は暗さを帯びてきて、電気が通っていない事を認識させた。
内階段は完全に真っ暗で、男達が一斉にスマートフォンの画面を灯り代わりに掲げたほどである。
「捜査が進まないのは、被害を受けたどのビルも倒壊の恐れで現場検証どころじゃないからです。」
「知っているよ。だけど俺の説明付きで部屋から見てもらわないと、お前達警察は気付いてもくれないようだからな、さぁ、歩け。」




