十四 現場は回転し続ける③
良純和尚の物件は二階にあるからと階段を上がり始めると、コンクリートの建物でありながら燃えて煤けて水をかけられたためか、足元の床がミシミシと軋むことで不安を掻き立てられ、一足ごとに現実味が薄れてくようである。
階段から共有廊下に出ると、そこに爆発の名残か大穴が外壁に開いていたので再び明るい世界に戻れたのだが、僕の胸は目的の部屋に近付くにつれて締め付けられていき、心臓に突き刺さるような痛みが段々と増していった。
終いには、痛みに連動するかのように、視界がどんどんと狭くなってもいくのである。
「さぁ、とくとご覧あれ、だ。」
良純和尚が立ち止まったその部屋は壊れた玄関ドア代わりにブルーシートが張られており、彼はブルーシートを乱暴に外して部屋の内部を僕達の目に晒した。
その部屋はコインランドリーの斜め上で、階下の爆発により室内の半分は底が抜けて破壊されていた。
僕はその室内を目にする前に、反射的に両手で顔を覆ってしまった。
それでこの部屋が消えるわけでもないのに。
「うっそん!」
楊が叫ぶのも無理が無いだろう。
良純和尚の物件の隣の部屋はコインランドリーの真上で、完全に底が抜けて崩壊していたが、良純和尚の部屋との間の壁がかろうじて残っていたのだ。
それも、忍者屋敷のからくり壁のように、ぐるりとこちら側に反転して。
僕達の目の前には、壁に生き埋めにされて殺された少年が立っている。
「あれこそ破壊か下に落としてしまいたかったんだろうが、壁に塗りこめた行為が皮肉にも壁の補強になって残ってしまったのかね。まぁ、遅かれ早かれ落ちると思うが。」
「まさか、…………あんな。」
「落とせますか。」
葉山の茫然とした声に重ねる様に、髙が良純和尚に尋ねていた。
青い顔をした楊と葉山と違い、髙は苦虫を噛み潰した表情でそれを睨んでいるのである。
「え、髙。それは駄目でしょう。落としたら粉々になるかもじゃん。」
「遺体の損壊は仕方が無いでしょう。遅かれ早かれ落ちるんでしょう。それが今日だったって事ですよ。落ちたから僕達は見つけた。そうでしょう、百目鬼さん。このままじゃあ、あの壁はあなたの部屋のもののままですよ。通報しなかった理由もそれでしょう。」
「それもあるけどね。警察も消防の奴も俺の部屋にも検分に来ていたんだよ。それなのに見逃していたって事は、あれは俺の気の迷いかなって悩んでいたのもある。」
「うそん。見逃すかぁ、あれを。」
「遺体を見慣れていない人間には、あれが遺骸に見えなかったのでしょう。僕達はそれだけ死体を見てきてしまったってだけですよ。擦れてしまったんです。すいませんね、かわさんをそんな人間に仕立てたのはこの僕だ。あなたは警察を辞めたがっていたのに、問答無用で引き留めて、今もこんな目に遭わせている。」
「はは。何なの。部下も親友も、ちびまでもいるところで君の愁嘆場を見せないで。俺達の仲を邪推されるじゃん。俺はねぇ、昔から擦れている阿婆擦れだよ。怖い男の後ろに隠れて好きにできるって、そんな機会を見つけたら乗るでしょう。ねぇ、ちび。」
僕は潜り込む勢いでしがみ付いている良純和尚の胸元から顔もあげなかった。
そんなにずばりと指摘されて、顔を上げられるものではない。
「葉山君、あの壁が落ちてもこの建物のバランスに関係はしないから大丈夫だと思うが、クロを連れて建物の外に出てくれないかな。」
「ぼ、僕は良純さんのそばがいいです!」
僕は引き離されまいと彼の法衣にいっそうにしがみついた。
こうでもしていないと、ぐるぐると世界が回ってしまうのだ。
「わかったよ。でもこいつがぶら下っていては石も投げられないね。かわちゃんがやって。」
「嫌だよ。俺がちびを担当するからお前がやってよ。」
僕は楊によって良純和尚から乱暴にぐいと引っぺがされた。
楊の行為を鼻で笑った良純和尚は、足元から適当にボールサイズの破片を拾うと、その壁目掛けて素晴らしいフォームで投げつけたのである。
すると、衝撃を受けた壁は辛うじて存在しているバランスを崩して下に落ちた。
どおんと大きな音と振動を周囲に響かせてから、壁は見事に砕け散っていったのだ。
襖一枚分のコンクリート壁が地上に激突する衝撃で、僕達の立つ場所も少し振動が襲い、怯えた僕は思わず僕を掴んでいる楊に掴み返して彼の胸に顔を埋めた。
コインランドリーだった床の上には、壁だった大小の破片が大量にぶちまけられたことだろう。生き埋めにされた少年の体までも粉々にして。
壁に埋められた少年は、未だに自分が死んだことに気が付いていない。
塗りこめられたその時のまま、恐怖と空気を求めていつまでも冷たい壁の中で溺れているのだ。
死にかけた金魚のようにパクパクパクパクと必死に口を動かして、死ぬまで動くそこを動かして、動きが止まったからと顔も塗りこめられたその後も、彼は動かし続けているのである。
彼は魂になっても、魂になったからこそ永遠に助けを求めて足掻いているのだ。
「かわちゃん。僕はもうダメ。」
僕が気を失ったら、また皆が思い出して傷つくとは知っていたが、僕は弱いんだ。
ごめんなさい。




