十四 現場は回転し続ける①
後部座席で揺り動かされて起きた僕は、最初の現場であり、最大の被害現場だったという良純和尚の物件がある建物に着いていた。
良純和尚は後遺症なのか、僕が転寝をしていると必ず揺り動かして起こすようになっている。
僕がこん睡状態の時に眠れなかった仕返しなのかと思うほど頻繁で、僕は眠れないと少々イラついていたりもする。
ああ、そうか。
だから山口と良純和尚の行為がどうしても許せないどころか腹が立つのか。
気持ちよさそうに寝ていやがって。
「ちび、早く降りて。」
楊の呼びかけにデシャブを感じながら車を降りると、待ち構えていたかのように抱き締められた。
僕を抱き締めた男は山口の相棒の葉山友紀で、頬骨が高く粗削りだが整った顔立ちをしたさわやかな男性である。
その立ち居振る舞いが格好いいことから、僕は彼を武士と密かに呼び尊敬している。
いた、か?久々に会った彼の振る舞いは、なんだか山口か楊のようだ。
「友君、どうしたの?」
「あぁ、かわいそうに。こんなに青あざだらけで。痛くない?くらくらしない?」
僕はくらくらするほど葉山の腕の中で頭を上下させた。
そうしないと彼の腕から解放されそうもない。
「ほら、急ぐぞ。葉山君、クロは君に頼めるか?」
「喜んで。」
間髪入れずに葉山が良純和尚に答えた事に楊は大声をあげて笑い、僕は良純和尚に放り出されたことに再び抗議として頬を膨らませた。
でも、先に行きたくはないから構わないと、彼等が前を向いた途端に口元を普通に戻して、葉山を見上げてエヘッっと笑ってみた。
すると、僕を見下ろす葉山の顔が、驚愕からケダモノのような表情に変化したのだ。
「なんて可愛いんだ!」
僕は自分の行動を後悔するほどに、再び葉山に抱きしめられた。
ぎゅうぎゅうと。
これはちょっと恋人にするような抱き締め方だと、僕は彼に抗議すべきかもしれない。
「やっぱ駄目。友君アウト。」
そう宣言して彼の腕から僕を引っ張り出したのは楊だ。
右腕を楊の左手にぎゅうと握られながら、僕は彼等の向かう先に連れて行かれた。
「えぇ、そっちはやだ。」
「うるさい。あそこに置いとく方が違う意味でお前がもっと危険じゃんかよ。」
「でも、そっちは。」
焦げた有機物と無機物の異臭が漂う、真っ黒で真っ暗な気持ち悪さだけが渦巻く殺人現場なのだ。
ぐるぐるぐるぐる回る回るどこまでも回る。
ぐるぐるぐるぐる。
「警察って、馬鹿ばかりか?」
良純和尚から突然発せられた低く良く通る声に、彼を追いかけてきた僕達は立ち止まり、彼が睨み下ろす場所を同じように見下ろした。
燃えた建物から四歩程離れた道路。
「このあたりか?田口美樹とやらの死体があった場所は。彼女は爆風で飛ばされたのか?火に巻かれてここで息絶えたのか?確かに爆発は大きいものだっただろうがな、この破壊の力は横ではなく、上へ、だ。ここに立っていただけならばガラスの破片は浴びての大怪我はしただろうがね、普通に火に巻かれて死ぬことはないだろう。」
楊の目が見開かれ、同様に驚き顔の葉山が懐からスマートフォンを取り出して、いつものように確認をしようとした。
だが、そんなことは必要ない。
「あなたが指摘された通りに、田口達は別のところで殺されてから燃やされて捨てられていたようです。科捜の結果も出ていましたから、確認をするのに丁度良かったですよ。田口の遺体に残っていたガソリンの不純物から、玄人君を襲った林葉誠の所持していたガソリンと一致したとの報告があります。」
ここに髙も来ていたのだ。
「玄人君、元気そうで何よりだよ。」
彼は僕を目を細めるようにして僕に笑みを向けた後、すぐに仕事の顔に戻った。
「林葉は稲生組の鉄砲玉でしょうかね。彼の自宅からは玄人君の写真が多数出てきましたから。」
「それは違いますよ、髙さん。」
割って入ってきた葉山に、髙の説明こそ良純和尚が考えていた事だったのか、彼にしては珍しほど少々驚きの籠った声で葉山に尋ね返しているのだ。
「違うのか?」
葉山は軽く肩を竦め、スマートフォンを取り出すと操作しながら語り始めた。
「違いますね。彼はブルーローズちゃんの信奉者です。そこで、ブルーローズちゃんのために武本玄人を殺そうとしたんだと思います。」
「君はその情報をどこから手に入れたの?」
髙の気の抜けた質問の答えとして、葉山は自分のスマートフォンの画面を僕達に翳した。
そこには水色のドレスで女装した僕を中心にした、馬鹿男達の集合写真が映っていた。




