十三 自分が一番②
僕の脳裏に突然に浮かんだ人。
橋場孝継。
美しいと評判だった亡くなった母親似の鼻筋の通った良い男であるが、彼自身はよく言って強面という鬼瓦の様な顔立ちの父親にこそ似たかったと考えている哀れな男だ。
僕を見つめる彼はその整った顔を歪めてはいないが、不満をしっかりと僕に現していた。
僕達は大きな窓の前に置いてあるゆったりとしたソファに横に並んで座っており、横の孝継は僕に覆いかぶさる勢いで僕を見つめているのである。
僕は孝継の不機嫌の理由どころか、孝彦の方が好きなのか、という質問の意味がわからずに首を傾げた。
孝彦とは孝継の弟で、武本物産の家具職人として殆ど青森に籠っている人物なのだ。
「どうしてそう思うの?」
「君はそればかりいじっているじゃないか。僕があげた玩具はそんな風に持ち歩かないでしょう。」
残った木切れで作った寄せ木細工のからくり箱が僕の手の中にあり、孝継の不機嫌がわからない僕はそれを心の拠り所のように胸に押し付けた。
すると、僕の動作が気にいらなかったのか、孝継は大人のくせに僕からぷいっと顔を背け、あからさまに大きなガラス窓から外を眺めだした。
ガラスは外のビル群の美しい夜景を僕達に提供しているが、子供みたいに不機嫌な顔をしている大人の男と、大人を訝しんでいる幼子という滑稽な僕達の姿も映して見せつけている。
この部屋は最近の孝継の自慢の私室だ。
孝継は僕が早坂家の展望室を褒めたからと、自宅を建て直して展望室を作ってしまった非常識な男なのだ。
だが、これは僕にかこつけた自分の趣味でしかない。
彼は新築の家が好きだと、建てては壊し、壊しては建てる。
生まれついての大工なのかもしれない。
僕は不機嫌になっている孝継に、そっと自分の持つからくり箱を差し出した。
ガラスに映った僕の動きに彼はぱっと僕に振り返り、そして僕の行為に驚愕した顔を作った後はすぐに罪悪感にまみれた表情になり、僕の手を小箱ごとそっと僕の方へと押し出したのである。
「ごめん。大人げなかった。」
「えと、あの。お誕生日おめでとう。これは僕が作ったの。えと、組み立てたのは孝彦さんで、僕は彼の言う通りにやすりをかけただけなんだけど。でも、つるつるな木になるように、全部の部品を全部、毎日僕が磨いたんだよ。」
僕は孝継のその瞬間の顔を知らない。
僕は椅子から持ち上げられ、孝継に抱きしめられることとなったのだが、抱き締める前に彼は僕のお腹に自分の顔をしばらく埋めたのである。
僕がくすぐったさにくすくす笑っていると、彼はようやく僕をいつものように腕に座らせるようにして僕を抱え直した。
「ごめん。玄人。パパは君が一番だから焼餅を焼いてしまっていた。孝彦の方が君と何時でも会えるって思ったらね。あいつは武本で使える家具職人となっているかい?」
「はい、パパ。使えるどころか素晴らしすぎて、彼が作る先から武本が売りたくないと隠してしまうので、専用倉庫を作ったばかりです。」
「そんなことばかりしている君達がどうして潰れないのか、僕は本当に不思議だよ。」
「兄さん。玄人君が来ているの?」
僕は部屋に入ってきた青年にぺこりとお辞儀をした。
祖母に挨拶を厳しく躾けられている。
彼は整っている顔だが孝継には全く似ていない顔で、でも僕に友好的にも見える作り笑いを向けると、勉強があるからと部屋を出て行った。
「パパ、あの子をパパの家から追い出して。」
孝継はゆっくりと僕の顔を見返して、物凄く嬉しそうな表情を作った。




