十三 自分が一番①
僕がこんなに怒っているのに良純和尚は全く意に介さない。
それどころか喜んでさえいる気配だ。
どうしてだ?
彼は山口の方がいいのか?
山口と抱き合う良純和尚を見たのは僕だけではなかった。
お祖母ちゃんがいたのだ。
彼女は僕の意識不明を葉子から連絡を受けるや、ヘリコプターで上京してきた非常識な婆である。
自分の財力に子供達が依存してほしくないからと花房の令嬢だった事を内緒にしているが、彼女一人の財産で武本物産など二つも三つも買収できるほどなので、内緒など全く意味を成さないと彼女は気付いていない。
そんな常識知らずの彼女は美しいものが大好きで、特に美しい男が何よりも大好きだ。
あの色ボケめ。
彼女は二人の美しい男達が、僕の生存を抱き合って喜び合っているうちに、心配で眠れなかった事がたたって爆睡していたという嘘話に感動したと話し、彼女の娘、長女の加奈子伯母のマンションへと帰って行ったのである。
葉子にお気に入りの歌舞伎俳優について語っていたことから、孫思いの祖母役に飽きて遊びたくなっただけで、二人の失態をいいことに一抜けしただろうことは想像に難くない。
彼女は好きだが疲れるので、彼女が消えた事には文句が無いが、山口と良純和尚は許せない。
特に山口は。
彼は僕が一番と公言していなかったか。
「ねぇ、いい加減に機嫌を直したら?何があったか知らないけどさ。」
僕におぶさるようにしている楊は、小汚い格好をしているが先日のような無精ひげのある汚さはなく、臭い匂いもしない、いつもの清潔な男だ。
僕は楊の胸に寄りかかると、彼の耳に囁くように真実を告げ口した。
「良純さんと山口さんが抱き合って寝ていたの。」
「まじで!」
僕がうんうんと頭を上下に振っていると、良純和尚の大爆笑の声が楊の庭先に響いた。
それはもう、壊れかけた家がさらに振動でつぶれてしまうかって程の良い声だ。
「どうしたの、百目鬼。ちびの言っている事は本当?」
「本当。あいつは負けず嫌いだね。冗談で口説いたら、負けずと口説き返してきてね、お互いに口説きあって爆笑して、気付いたら寝てた。俺も本気で疲れていたんだね。」
「なんだそれ。まぁ百目鬼はちびがこん睡してからまともに眠っていないものね。ねぇ、ちび。仕方が無いと思わないか。山口だってお前が死んだと思っての深酒で病院送りだ。」
「そんなの、わかってます。」
「でも?」
「でも。二人とも二人だけで。二人とも僕を仲間外れで。」
今度は楊までも腹を抱えて笑い出し、僕は庭にごろんと大の字になって転がった。
彼らは一層大爆笑をはじめ、笑うだけでなく僕を良純和尚が葉子から借りたベンツの後部座席に放り込むと、二人は仲良く助手席と運転席に納まり、良純和尚の物件へと車を走らせたのである。
もちろん運転手は四輪をこよなく愛する楊だ。
「やっぱり大きい外車は運転していても楽しいね。」
「だったらもっとでかい車を買えよ。お前はクーペばっかりじゃないか。」
「百目鬼こそ普通車に乗りなよ。トラックは飽きない?お前が免許取ったからってさ、俺が色々と良さげな新車を見繕ってやったのによ。さっきのちびみたいに不貞腐れて。」
「はは。俺こそ俊明さんと選びたかったとね。あの人も大笑いしていたね。さっきの俺みたいにさ。玄人は俺に似ているから楽しいね。」
「お前はあんなに可愛くはないだろ。」
「性格はクロの方が悪いぞ。」
二人は僕を餌に楽しそうに会話をし続け、会話の内容に僕の胸がとても暖かくはなっていたのだが、引っ込みがつかない僕は、頬を大福のように膨らませるしかなかった。
「玄人は孝彦の方が好きなのか?」
僕の目の前には俳優の様に整った顔立ちをした橋場建設の顔があった。




