十二 旗竿地ですから
突っ込んだ車両を抜き出せば、壁と支えが消えたがためにリビングルームの真上の二階の重さで更に崩れたらしく、ブルーシートで覆われた楊邸のリビングルームは事故当時よりも無残な有様となっていた。
「修繕はかなり掛かりそうだな。」
紺色のガウンを羽織ったジャージ姿の楊は、寒いのか自分を抱き締めるようにして自分の哀れな家を眺めている。
「家具だけはすぐに搬出したいんだけど、何とかならない?」
楊は二階に置いてあるスウェーデン製のベッドが惜しくてたまらないそうだ。
家が崩れて屋根にも亀裂が入り雨漏りもひどい状況なので、一刻も早く助け出したいと俺に相談してきたのである。
家の破損具合がひどすぎて、引っ越し屋を呼んでも、楊のベッドは運び出せないと見積もりもせずに帰ってしまうのだそうだ。
「ねぇ、家具は今のところ無事だから、あのベッドがこれから破損しても弁償対象にならないんだって。信じられる?それからさ、ここは建て替えられないんだって。ねぇ、どうして。どうしてこんなに壊れているのに、建て直せないの?」
俺は楊に売り払った家が再建築不可の物件だったと思い出して、説明するのも面倒で俺よりも詳しい男に振ることにした。
不動産業においては俺の師となった、大手不動産の元社長だ。
「お前は元楊不動産株式会社の孫だろうが。どうしてなのかは、爺さんに聞けよ。」
「俺の爺ちゃんはその仕事に飽きたって会社を売っぱらった男じゃんかよ。今はパターゴルフ三昧のボケジジイじゃんか。」
俺は親友の肩に腕を回すと、彼を元気づけるように囁いた。
「わかったよ。家も家具もなんとかしてやる。お前は安心して仕事に行けよ。」
「むりー。だって俺停職中だもん。」
「あの程度暴れたぐらいでか。お前の上司連中は尻の穴が小さいな。」
「ばっか。あれは不問です。なぁ、ちび。」
けれど返事はない。
玄人は祖母を連れて山口の見舞いに訪れ、そこで俺と山口が抱き合って狭いベッドの中で爆睡している姿を祖母と一緒に目にすることとなったのである。
咲子は俺達の姿に目を輝かして喜び、俺と山口がどこかに飛び降りたくなるぐらいの勢いで絡んだ後、満足したのか大事な孫を置き去りにしてどこぞに去って行った。
そして、置いてきぼりにされた彼女の孫は、あれからずっと黙りこくって不機嫌なのである。
「ちびはどうしたの。まだどこか痛いのか?まだ、昨日の今日だもんな。」
「一昨日の今日だろう。」
「うるさいな。」
楊は黙り込む玄人を自分に引き寄せて、覆いかぶさるようにして玄人を後ろから抱き締めた。
玄人は楊になすがままに身を任せたが、俺と目が合うや、ぷいっと横を向く憎たらしさを見せてくれた。
「それで、お前の停職はどうした?」
「うん?田口が死んだでしょう。死人に餞って事で俺がセクハラ魔王にジョブチェンジしただけ。あとさぁ、山口の自殺未遂が上に知られての管理不行き届きも追加。犯人が上げられなければ適当な役付きをスケープゴートって、よくあるじゃん。」
「怖いね。そんな馬鹿なシステムなんて。警察を辞めちゃえば?」
「うーん。警察官は潰しが利かないからねぇ。」
楊は俺を横目でちろっと見上げた。
「家は何とかしてやるって言っただろ。それよりも犯人逮捕が行き詰まりなのだったらな、俺から新しい仕事をお前らにくれてやるよ。今すぐ田口の死体発見現場に行こうか。」
「どうして?」
「俺の物件がそのビルなんだよ。」
「まじかよ。」




