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十一 俺はお前の相談役じゃない②

 玄人は目覚めて俺達に散々に可愛がられた後、急に何かを思い出した顔になると、淳平くんが、と泣き出した。


「ごめんなさい!すぐに言わなきゃだったのに!僕が迷い込んだ死んだ生き物の世界に淳平君がいたの!」

 

 夢じゃね、と片付けたくとも神がかった生還を果たした人間の言葉だ。

 かわやなぎと髙が慌てて駆けつけ、応答のない山口の自宅ドアを無理矢理こじ開けて部屋に飛び込んだ所、山口は自宅で大量の風邪薬と大量の酒を飲んでの前後不覚状態だったそうである。

 殆んど空っぽの狭い部屋のテレビモニターの前で、意識不明の山口がぽつんと横になっていたと髙は語った。

 背の高い青年の体が幼子のように縮こまり、髙には彼がとても小さく見えたそうだ。


 倒れている彼にチラチラと光を投げかけるテレビモニターには、玄人が事故前に撮った動画が延々と繰り返し流れていた。

 たった数十秒しかない、事故前の笑い動く玄人だ。

 自分の頭に載る鳥と膝に乗る小型犬を交互に写しながら、笑う彼が時々入り込む。

 遺書もなく、意識の戻った彼は何も語らないそうだ。


「で、困りましてねぇ。ほら、かわさんは謹慎中でしょう。刑事が病院で大暴れしたんです。降格もあるかもしれませんね。」


「それじゃあ俺も逮捕されますかね。」


「そんなことにならないように、僕がいるじゃないですか。ええ、僕はそっちで動くので、山口の事を誰に頼もうかって話でしてね。」


 俺の頼まれたくは無いという返答など髙は受け付けつける気などないなと俺は理解し、今後の事を考えれば実際に前科者になるわけいかないと髙の望みを受ける事にした。


「で、その頼まれたい山口君ですけど、どうして未だに落ち込んでいるのですか?自殺理由はクロが生還で終了ではないですか?」


 髙は胸ポケットから一枚の写真を取り出して俺に手渡した。

 それは遺体写真であり、写真に写る死者は肌色が探せない位に殴られて肌が変色していた。

 まるで、楊の家から救出されたばかりの玄人のように。


「この少年は?」


「山口が守れなかった少年です。ターゲットの愛妾でね、山口の情報屋でした。あいつはその報復に、一生自分で動けない体と、総入れ歯をターゲットにプレゼントしました。今回の玄人君を襲った犯人も前歯全損だったでしょう。あの馬鹿は死んだ自分の保険金で賠償金を支払おうか考えたんでしょうかね。」


 見守りでなく金の方かと俺は了解し、これなら確実に警察に恩は売れるだろうと弁護士の手配等はしてやろうと考えた。


「髙さん。わかりましたよ、そっち関係は俺が弁護士でもなんでも使ってあいつを守りますよ。呆けた俺の代りにクロを救い出してくれたんだ。」


「ありがとう。でもね、頼みたいのはそっちじゃないの。そっちは僕が慣れているから大丈夫。なんとかします。」


「では、見守りですか?俺も仕事があるのですけどね。」


「うーん。本当は、見守りって言うか、お母さんの呪詛を解いて欲しい、かな。」


「何ですか?」


「山口はね、死んだ母親に未だに支配されているの。酷いよねぇ。虐待しておいて、いざ虐待が表に出た途端に、誤解されて辛いって遺書とともにね、自殺しちゃったの。告発したあの子は嘘つきの母親殺しだ。虐待から逃げるために、彼は嘘もつくし素行も悪かったからね。みーんな死んだ母親を信じて、誰も彼を信じてくれなくなった。だからかな、虐待されている少年に惹かれる。自分を今度こそ守ろうと考えるのかな。そして、失敗して、毎回、ああなる。」


 髙が指さした先には山口の病室があり、彼は何も見えない聞こえない状態で、ただぼんやりと外を眺めていた。


「ちょっと、まって。毎回って、あいつは自殺未遂何回目?」


「うーん。三回?仏の顔も三度でしょう。次は成功しちゃうだろうからよろしく頼みます。」


「おい。よろしゅうこつせんかろ!」


 過去に捨てた言葉を使うほど俺が慌てた姿が壺に入ったからか、髙はかなり楽しそうに笑い声を立てると、気楽そうに軽く手を振りながら去っていった。


「あのやろう。クロのせいで吹っ切れやがって。本当にあの馬鹿はいらんことを言う。あれは罪悪感を持たせておいて利用すべきことだろう。」


 生還した玄人くろとは髙に預かっていた飴を無くしたことを謝り、そして、自分が髙の行動の意味を知っていて黙っていたことを謝ったのだ。

 殺されかけたお前がどうして謝る、だろうに。


「僕は黙っていると髙さんが辛いと知っていて黙っていたの。そうしたら絶対に髙さんが僕のそばからいなくならないって思ったから。ごめんなさい。でも、僕を殺そうって二度としないって知っているから、本当に気にしないでくださいね。あ、でも、気にすることで、それで僕を守って貰えるなら、僕は大歓迎です!悩んでいてください!」


「この馬鹿ちびが!」


 あいつが楊に口を塞がれた上に横抱きにされ、さらに振り回されたのは言うまでもない。

 俺達はあの青空の元で笑い合いながら別れ、笑顔のままの二人は山口へと急行し彼を病院へ放り込み、俺が玄人から離される事が無いようにと楊は一人で出頭したのだ。


 玄人は松野の家で養生している。

 青森から彼の祖母まで押しかけて来ており、玄人の体中の痣とドナーの話に祖母は発狂し、その反動か玄人について回り、たった半日であいつは俺に帰りたいと目線だけで伝える技を習得した。

 松野までもが玄人の祖母を追い出したいという目線を俺に送っているのに気づいた時は、俺に共感力が芽生えたのかとぞっとした程だ。


 それほど玄人の祖母の武本咲子は、誰にとっても危険極まりない鬼婆だったのである。


 玄人によく似た人形のような顔は年相応に老けてはいたが、紫色に染めた髪にサイケデリックとしか言いようのない豪奢な着物を着こんだ姿は呪いの雛人形そのものであり、一五〇センチ位しかない小柄ながら、二メートルにも思える存在感と気の強さだ。

 彼女は俺と玄人が世田谷に帰ることを、決して許してはくれないのだ。


「俺だって帰りたいよ。」


 俺は呟きながら山口の病室に入り、病室のドアを完全に閉めた。

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