相談に来る者達
相談所を開設してから、多くの人々が来た。
殆どがエドウィーナの勧めで来たような者達ばかりだが、本気で悩みを抱えている者もいた。
その一人、貴族の邸宅でメイドをしているミュリエルという女が掘り出し物であった。
元はエドウィーナに仕えるメイドだったようだ。それ故か、最初から私への信頼は一定数あり、教えを説くのが驚く程楽であった。
悩み自体は有りがちなものばかりだった為、私が辛抱強く話を聞き助言を一つ二つすると精神的に良い方向へ転がった。
気が付けば、女は相談が無くても朝一番や買い出しの途中などを使って毎日私の下へ訪れ、私の身の回りの雑務をこなすようになっていた。
「レイジ様、こちらは……」
「ああ、それは子供達の玩具ですよ。以前、玩具を幾つか作ったら喜ばれましてね。また新しい物をと思いまして」
私がそう言って笑い、チェス盤と駒を並べてみせると、女は我が事のように嬉しそうに笑う。
「……本当に、此処にいる子供達は幸せですわ。レイジ様がいらっしゃるお陰です。以前は、この孤児院の悪い噂も耳にしておりましたが……」
「悪い噂……」
私がそう呟くと、女は慌てたように首を振ってから口を開いた。
「あ、い、いえいえ! 申し訳ありません。何でもありませんわ!」
そう言って頭を下げる女を見つめ、私は勝負に出ることを決める。
重く、深い息を吐き、私は視線を下に向けた。
「……この孤児院を管理していたベルギカという男は大変悪い男のようでした。ですが、貴族という立場もあり、子供達に与えた鬼のような仕打ちには到底報えないような軽い罰を受けています」
私がそう言って目を伏せると、女が息を呑むような声を出す。
私はそれに気が付いていないように反応を示さず、顔を上げた。
「……しかし、ベルギカは貴族としての自尊心を傷付けられたと判断したのでしょう。どうやら、私を殺そうと画策しているらしいのです」
「そ、そんな……っ!? 逆恨みも甚だしいではありませんか!」
私の告白に女は驚愕と怒りの声を上げる。私はそれに悲しげに微笑むと、女に向かって深く頭を下げた。
「れ、レイジ様……?」
不安そうな女の声を聞きながら、私は小さく、掠れた声を出す。
「……どうか、お願いします。私がもし死んだなら、貴女にこの孤児院を任せたい。エドウィーナ王女にはその旨を記した書状を残します。どうか、子供達の為に……」
私がそう告げると、女は声を詰まらせて嗚咽した。少々やり過ぎたかと思ったが、私を信頼しきっているこの女には効果的だったようだ。
私が女の反応を確認していると、女は震える声で私の未来を悲観する。
「あ、あんまりです……! レイジ様は預言者様なのでしょう!? 何とか、何とかならないのですか?」
女は感情的にそう言って、遂には泣き出してしまった。数秒その様子を眺めて、私は口を開く。
「……あるには、あります」
「え? ほ、本当ですか!? では、直ぐにでも……!」
私の言葉に顔を上げた女がそう言って立ち上がる姿から目を逸らし、私は眉根を寄せた。
「……しかし、それは自己防衛として、ベルギカを排するということです。私は……」
私がそう言って口籠ると、女は暫く間を置き、決意を秘めた目で私を見た。
「……なんなりと仰ってください。例え衛兵に捕まろうとも、自害して果てます。決して、レイジ様にご迷惑はお掛けしません」
女はそう言って、私をジッと見つめる。私は口元を手で覆うと、眉尻を下げて首を振る。
だが、何を言っても女は頑として聞かなかった。すでに、女の心はベルギカを殺して私を守るという想いで固まっていたのだ。
再三止めた私は、静かに頷く。
「……分かりました。私もベルギカへの罰は軽過ぎると思っていたのです。これも神の思し召しでしょう……ですが、できるだけ貴女が捕まらない方法をとります。良いですね?」
「あ、ありがとうございます!」
最後には、何故か女の方が感激してしまい、感謝の言葉すら口にしていた。
後日、ベルギカが何らかの毒による中毒にて亡くなった。食事には毒味をしたものが出されていた為、何者かに毒を無理やり飲まされたと判断された。
実際には、ベルギカが使う食器に毒を塗ってあったのだが、即効性の毒では無かった為に見過ごされたらしい。
「……どうやったのです?」
ルシールがそう呟き、私は首を傾げて苦笑した。
「何のことかな?」
私がそう言うと、ルシールは目を細めて暫く私を見据えていた。
今日はエドウィーナは忙しくて来れなかったらしく、エドウィーナから多額の寄付を持たされたルシールが単身で現れたのだった。
院長室の椅子にゆったりと座り、私は片手を顔の前に広げる。
「ベルギカ様が毒殺されたという話は聞いてるが、私にそんなことは出来ないよ。なんなら調べても良い」
私がそう言うと、ルシールは眉根を寄せた。
「分かっております。この孤児院は常に兵が配備され、レイジ様の身を守っております。逆に言えば、レイジ様は兵士に知られずに何処かへ行くことなど出来ません」
ルシールがそう言って口を真一文字に結ぶと、院長室のドアをノックする音がした。
現れたのは、メイドを辞めて住み込みで孤児院の手伝いを始めたとある女だった。
「お客様にお茶をお持ちしました」
「ああ、ありがとう。さぁ、どうぞどうぞ」
私がそう言ってお茶を勧めると、ルシールは胡散臭そうに私を見上げる。
「……あの邸宅に侵入し、抵抗されないように抑え付けて毒を飲ませる……女の力では無理か」
ルシールが小さくそう呟いたのを聞き、私はまた首を傾げた。
「どうかしたかな? なんなら、私が先にいただこうか」
私がそう言うと、ルシールは一瞬考えてから器を手にする。
「いいえ、頂きましょう」
指摘がありましたので補足します。
ルシールは主人公と明確な敵対関係にあるわけでは無く、正義感のあるタイプでもありません。
なので、ベルギカに関しては自業自得と判断し、疑わしきは罰せずと思っています。




