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危険思想の男、異世界へ  作者: 井上みつる/乳酸菌/赤池宗


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商会の主

 徐々に相談所へ来る者は増え、相談所を利用する客が新たな客を連れて来るようになった。


 その中に、とある商会の主人である男がいた。


 三代続いた商会だが、今代でその勢いは衰え、今は自転車操業といった状況であるとのこと。


 三代目である痩せ細った小柄なその男は、白髪が混じった髪を撫でながら伏し目がちに私を見た。


「そ、それで……恐らくこのままでは、一年……いや半年も待たずに、我が商会は潰れてしまいます」


 男はそう言うと、深いため息を吐いて項垂れる。年齢は四十前後の筈なのだが、その雰囲気は既に老人のようであった。


 男は疲弊した顔つきで口を開く。


「お恥ずかしい話ですが、亡くなった父や祖父の伝手を使って様々な人に借金をしておりまして……このままでは、私は奴隷に堕ちるしかなくなります……」


 男はそう言ってまた溜め息を吐いた。


 私は浅く顎を引くと、一つ質問をする。


「お話を聞かせていただき、ありがとうございます。それで、相談内容は借金についてでしょうか」


 私がそう尋ねると、男は不思議そうに首を傾げた。


「は、はぁ……その通りです。正直な話、最初は商人以外に働く術が無いのと、父から受け継いだ商会を潰すわけにはいかないと思って借金をしていました。ですが、今では奴隷になりたくない一心で商会を続けています……奴隷にさえならないのなら、どんな仕事でもして生きていきます」


 男はそう言って縋るような目で私を見る。私は男が安心するように微笑み、口を開いた。


「いえ、私が言いたいのは、商会を立て直すという選択肢は無いのか、と思いまして」


 私がそう口にすると、男は目を丸くして硬直していた。






 後日、とある商会が息を吹き返したという噂が流れ、私の相談所に多くの商人が足を運ぶようになった。


 そして、その噂を聞きつけたエドウィーナとルシールもまた私の下を訪ねて来る。


「素晴らしいですわ、レイジ様。レイジ様の考案された商品は、今や王都中に広がりつつあります。とりわけ王侯貴族の間では高尚な趣味として愛好者が増え続けておりますわ」


「そうですか。少しでもあの方の力になれたようなら良かった……そうだ、エドウィーナ王女。良かったら、私がエドウィーナ王女に手解きをしましょう。考案者である私が一番詳しいと自負しておりますので」


 私がそう言うと、エドウィーナは頬を赤らめて嬉しそうに微笑んだ。


「まあ、それは良い話を頂きました! 是非お願い致しますわ。私もまだルシールや兄としか出来ておりませんので、密やかに特訓して驚かせてみたいです」


 エドウィーナは悪戯を思いついた子供のような笑顔を浮かべてそんなことを口にする。


 そして、エドウィーナが帰った後、ルシールから質問を受ける。


「……いつの間にあのような商品を考えておられたのですか? そうそう思い付く物ではありませんが」


 ルシールにそう尋ねられ、私は相好を崩して頷く。


「あれも、神の教えによるものだ。娯楽は人の心を豊かにし、余裕を生む。楽しく充実した日々を過ごす者は他人に優しく出来るようになる。その手助けを出来たらと思ってな」


 私がそう告げると、ルシールは考えるように黙った後、浅く顎を引いた。


「……仰る通り、明るく楽しい気分になるのは良いことのようですね。少々納得はいきませんが、その答えには頷かせていただきます」


 ルシールはそう言って頭を下げると、私を無表情に見上げて口を開く。


「姫様に教えるのならば、私にも宜しくお願い致します。例え誰であろうと勝負事に負けるのは嫌いなので」


 ルシールはそれだけ言って、院長室を後にした。まさかの重度の負けず嫌い発言に、不服ながら完全に虚を突かれてしまった。






 誰もいなくなった院長室に元メイドの女がそっと新しいお茶を持ってきて、テーブルに置く。


「……レイジ様。あの、オセロとチェスという玩具は、この孤児院で子供達が遊んでいる物と同じものですか?」


「ああ、そうだよ。面白いゲームだから、平和な分刺激の無い王都の民には受け入れられ易いと思ってね」


 私がそう答えると、女は感心したように何度も頷いていた。


 元より収入源になると判断し、子供達に遊ばせて実験をしていたのだ。似たようなボードゲームは無かったので、流行る可能性は極めて高いと踏んでいた。


 まぁ、爆発的に流行ったのはエドウィーナという最上級の広告塔が存在するのも大きかったが。


 私がそんなことを考えていると、女が笑顔で顔を上げて振り返った。


「余程売上が良かったのでしょう。今月の寄付はこれまでの五倍となりました」


 女はそう言って幸せそうに笑った。今の状況を素直に神の思し召しや加護であると思っているのだろう。私の善意が、様々な人に影響を及ぼし始めたのだ、と。


 だが、寄付が増えた一番の理由はあの商人の男との契約故である。


 もう後が無い商人に私がした契約はシンプルに、純利益の半分を寄付するように言っただけである。


 開発者として普通に利益の分配を受けても良いのだが、この寄付という形であることが大事なのだ。


 うがった見方をしない者であれば、困った商人を助けた私と私への恩義から寄付という形で利益を提供する商人という関係が見えてくる。


 それは美談として噂になり、静かに私の評判を上げていくことだろう。


 まずは、大衆の印象操作である。良い印象というものが様々なタイミング、様々な事で私を助けるのだ。


 私は目論見が上手くいっていることに口の端を上げ、頷く。


「そうか。では、そろそろ次の計画にシフトするとしよう。街中の孤児院の統合だ」


 私がそう言うと、女は嬉しそうに微笑む。


「まぁ! ついに孤児院の統合なのですね! いつその時が来るのかと心待ちにしておりました。これで、孤児の子供達は皆幸せな日々を過ごせるようになるのですね」


 女はそう言うと、また雑務へと戻っていった。


 さて、孤児院の統合をすればまた一気に私の評判を上げることが出来、信者の候補も増やせる。


 また一歩、私の夢は実現に向けて進むのだ。



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