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授業参観をしてみて

 授業を見終えたマクバニーは大いに喜んで私に言った。


「いや、素晴らしい授業でした! まさか、これほど高度なことを孤児達に無償で教えているとは! 下手をしたら貴族の子息が受けるものよりも水準は高いでしょう。我がブルグッド帝国とて果たしてこれほどの教育を行えているかどうか……!」


 マクバニーにそう言われ、私は笑いながら首を左右に振る。


「いえ、まだまだですよ。せっかく私には多くの知恵が託されているのですから、これらの全てを子供達に授けます。今の段階では一割も教えられていないのですよ」


 私がそう告げると、マクバニーの目にこれまでと違う色が宿った。


「なんと……それではまだまだ多くの知識をお持ちである、と? これは是非とも我が国の学者達にお会いしていただきたいですな。レイジ殿が来てくだされば我が国はますます栄えることは間違いない」


「いえ、私などそのような大した人物ではありませんよ。それに、今ではかなり厳しい場所に立たされていると思いますから」


「厳しい場所? それはどういう意味ですかな?」


 マクバニーは私の言葉に首を傾げた。それに頷き、私は声を顰めて答える。


「この短い期間に私は多くの敵を作りました。不正を働いた元孤児院の院長を失脚させて一部貴族を敵にし、闇ギルドを崩壊に導いた為にそれに関係する者達から恨まれ、他には無い教えを子供らに広めてザハウィー教団に目を付けられております」


 私がそう口にすると、マクバニーは暫く考えるように視線を下方に向け、唸った。


 そして、顔を上げて私を見る。


「……実は、私はザハウィー教団のある人物から依頼されてレイジ殿を調査しておりました」


 突然の告白である。マクバニーはそれだけ言って、私の反応を確かめるように静かにこちらを注視している。


 だが、私は息を漏らすように笑い、頷く。


「そうでしょうとも。予想はしていましたよ」


 私がそう返答すると、マクバニーは目を丸くして私の目を見た。


「なんと……勘付かれていないと思っていましたが……」


 怪訝そうにそう呟いたマクバニーに笑みを向け、私は人差し指を立てる。


「まず、マクバニー殿がブルグッド帝国の使者として私を調査したのは本当でしょう。有能な人材を探しているという話に嘘はありませんから。ただ、もし本当にブルグッド帝国に私を招きたいのならば、少々探りを入れ過ぎましたね。私を招きたいという台詞の割に、随分とザハウィー教団との関係性や教えの相違について質問をされました」


 私がそう言うと、マクバニーは渋面を作って浅く頷いた。


「なるほど、そこが問題でしたか。確かに、私もわざわざレイジ殿の嫌がるであろう部分を掘り下げたくなどなかった。嫌われれば間違いなくブルグッド帝国には来てもらえないでしょうからね」


 マクバニーはそう言って、苦笑交じりに肩を竦める。それに笑みを返し、私はマクバニーの心中を予想して口にした。


「今、その話を私にしたということは、私の価値はザハウィー教団より高いと判断されたのですね?」


 私がそう尋ねると、マクバニーは感嘆の声を発して顔を上げる。


「おお! 流石に聡明ですな。まさに、その通りです」


 マクバニーは私の言葉を肯定すると、服の裾から一枚の羊皮紙を出した。


「これが、ザハウィー教団からの依頼書です。何故私がザハウィー教団の依頼を受けたのかと言うと……」


「それは、私に伝えて良いのですか? エドウィーナ様に伝わらないとも限りませんよ?」


 私はマクバニーの台詞を遮り、敢えて硬い声でそう質問をする。すると、マクバニーは声を出して笑い、ザハウィー教団からの依頼書であるという紙を地面に捨てた。


「はっはっは! いや、レイジ殿ならそこまで見抜いているだろうと思って口が滑りそうになりました。確かに、私がそれを実際に口にしてしまえば問題ですな」


 マクバニーはそう答えると、地面に捨てた紙を踏み付けて表情を引き締める。


「腹を割った話はレイジ殿がブルグッド帝国に来て下さった時に致しましょう。私は一度戻り、皇帝にレイジ殿のことを伝えます。また、お会いしましょう」


 マクバニーはそう言って、私に片方の手を差し出した。握手という文化があるのか分からなかった私は、とりあえずマクバニーの真似をして片手を差し出す。


 その私の手を、マクバニーは力強く握って笑みを浮かべた。


「それでは」






 別れの挨拶を済ませたマクバニーは去り、私は院長室に一人で残っていた。


 中々面白い男だった。


 私がそんなことを考えて口の端を上げていると、ドアをノックする音がした。


 入室を許可すると、現れたのはルシールだった。ルシールは目を鋭く細めたまま近寄り、軽く会釈をする。


「……どうやら、ブルグッド帝国の使者の方との会談は滞り無く終了したようですね」


 ルシールにそう言われ、私は自然な微笑をたたえて頷いた。


「ああ。中々有意義な話が出来た。いや、マクバニー殿は素晴らしい知識人だよ」


 私がそう答えると、ルシールは僅かに声のトーンを落として口を開く。


「……そうですか。私もその会談内容には興味をそそられますね。姫様にも聞かせられないお話、とか……」


 ルシールのその言葉に、私は自分の顔が強張るのを自覚した。


 盗み聞きされていた?


 馬鹿な。この院長室はエドウィーナの手を借りずに、私の信者となった者を使って施した厚い壁があるし、天井や地下、屋根の上であっても何者かが浸入すれば音が鳴るようにしているのだ。


 いったいどうやってルシールは私達の話を聞いたのか。


 私がルシールをジッと睨んでいると、ルシールは片方の口の端を上げて皮肉げに笑った。


「……初めてレイジ様の素の表情を見れた気がします」


 ルシールの挑発的なその一言に、私は逆に冷静になって深い息を吐いた。


「はぁ……そんなことは無いさ」


 私がそう言うと、ルシールは面白くなさそうに顔を顰め、口を開く。


「それで、姫様にも言えない内容とは何でしょうか? それに関しては、私は力尽くでも聞かねばなりません」


 ルシールのその言葉に、私はすぐさま両手を上に上げる。ルシールに力尽くでこられたら私など無力な子供も同じだろう。


「話す。別に隠しているわけでは無い」


 私がそう告げると、ルシールは怪訝そうに首を傾げた。その顔を眺めて嘆息し、私はマクバニーの胸中を代弁する。


「マクバニー殿は、ブルグッド帝国が放った間者という側面も持っている」


「間者……」


「もちろん、すぐに過激なことを仕出かすわけではないがな。マクバニー殿がザハウィー教団と協力関係にあったのは、単純にブルグッド帝国にとって都合が良いからだ」


 私がそう言うと、ルシールは眉を顰めた。


「ザハウィー教団と協力することがブルグッド帝国にとって都合が良い?」


 ルシールは私の台詞の一部を繰り返し、唸る。その様子に笑いながら、私はマクバニーが捨てていった紙を拾い上げた。


「ザハウィー教団の力は、恐らくメルヴィンク王国の中でだけなのだろう?」


「……そうですね。しかし、かなりの力を持ってはいます」


「だが、ブルグッド帝国全体と比べたら微々たるものだ」


「否定はしません」


 私はルシールとそんなやり取りをしながら、拾い上げた紙を広げて紙の上に書かれた文面に視線を落とす。


 そこには端的に依頼と報酬についてと、依頼人である人物の名前が書かれていた。


「このオルムステッドという人物に心当たりは?」


 私がそう尋ねると、ルシールは目を丸くして顔を上げた。


「……ザハウィー教団の大幹部です」


 その言葉を聞き、私は鼻を鳴らす。


「結局、ブルグッド帝国とザハウィー教団との力の差がそこに出ている。使者のマクバニー殿に対して、ザハウィー教団は大幹部以上を出さねば応対すら出来なかったのだ。そんなザハウィー教団にブルグッド帝国が協力する理由は、メルヴィンク王国の傀儡化だ」


「な、なん……何を、言ってるのですか……?」


 私の回答に、ルシールは大きく動揺して聞き返してきた。


「ザハウィー教団はメルヴィンク王国と共に大きく成長した。つまり、ザハウィー教団を抑えれば、間接的にザハウィー教の信者である王国の民の大多数を味方につけるということでもある」


「馬鹿なことを言わないでください。ザハウィー教団がブルグッド帝国の味方になったからといって、王国の民が祖国に刃向かう訳がありません」


 怒ったようにそう言うルシールに、私は肩を竦めて答える。


「絶対に無いとは言えない。長い年月を超えた宗教というものは時に恐ろしいほどの力を持つことがある」


 私がそう断言すると、ルシールは思わず口籠もった。それを見て、私は一呼吸おいて顎を引く。


「話が逸れたな。もしブルグッド帝国がザハウィー教団を介してメルヴィンク王国を操るつもりだったとしよう。だが、マクバニー殿はその証拠となるこの依頼書を捨てていった。この理由は何か」


 私はそこで言葉を切り、真剣な表情でこちらを見るルシールに笑みを向ける。


「ザハウィー教団よりも、私との関係に重きを置いたということだ。そして、実際にザハウィー教団との関係性について深く口にせず、この依頼書を私に渡すのでは無く捨てていったことにも意味がある。マクバニー殿は、ザハウィー教団との関係性もそのままに、私とはより深く手を結びたいと伝えている」


「……ザハウィー教団と深い繋がりがあると言えばメルヴィンク王国の王侯貴族から警戒心を抱かれ、依頼書をレイジ様に直接手渡せばザハウィー教団と敵対するという意味になる……?」


 私の台詞から何とか正解に辿り着いたルシールに、私は笑みを深めて頷いた。


「その通り。つまり、事実として残るのはブルグッド帝国の使者として私の下を訪れたマクバニー殿は、ただ私の勧誘をして帰っただけということだ。依頼書を落としてしまうという痛恨のミスはしてしまったがね」


 私がそう補足すると、ルシールは信じられないものを見るような目で私を見上げる。


「……貴方は、自分が言った言葉の意味が分かっているのですか?」


 ルシールはそう口にして、眉根を寄せ、再度口を開いた。


「ザハウィー教団よりも、もしかしたらメルヴィンク王国そのものよりも、レイジという一個の人間の方が価値がある……そうマクバニー様が判断した。そう仰っているのですよ?」


 ルシールに確認するようにそう言われ、私は否定も肯定もせず、ただ微笑んだ。


 当たり前だ。私の知識や教えがザハウィー教団やメルヴィンク王国以下の価値な筈が無いだろう。



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