ザハウィー教団
【ザハウィー教団本部】
石造りの豪華な壁と床に囲まれた部屋の中で、五人の男女が顔を向かい合わせて丸いテーブルの前に座っていた。
その中の一人が重々しく口を開く。
「スティリースが調査中のレイジという男だが……また新たに学校を作ったそうだ」
「メルブレイン子爵一派が闇ギルドと関係しているという理由で私財を没収したアレか。だが、スティリースの話では判断が難しいという」
「私の知り合いの子がその学校に入ってるみたいだけど、かなり高度な教育を行なっているようね。ただ、中にいくつか怪しい授業があるみたい」
「ザハウィー教団の教えから少しでも外れているのなら是正しなくてはならない」
「そうは言っても、今やあの男とエドウィーナ王女の蜜月を疑う者はいないでしょう?」
「ならば、それよりも上の者を動かすしかあるまい」
「第一王子? 国王? 現実的じゃないわね」
女がそう言って呆れたような声を出すと、低い声の男が鼻で笑った。
「国内の者とは限らんだろう」
【新たな使者】
昼間、院長室にて昼食を済ませた私の下へ、エドウィーナが訪ねてきた。
「ブルグッド帝国からの?」
「はい。それも、外交の重要人物の一人が……どうしましょう。普段ならこちらも外交の者があたる人物ですが、何故かレイジ様との面談を希望しておられます」
エドウィーナは心配そうにそう言うと、溜め息を吐いた。相手は世界一の大国だ。中々緊張する話なのだろう。
だが、私はこれを良い機会と考えている。
なにせ、大国につながる糸口を手に入れることが出来るのだ。まさに天啓だろう。
私がそんなことを考えていると、エドウィーナは何かを決意するように頷き、こちらを見た。
「その場に私も同席致しますわ。そうすれば妙な話にはならないでしょう。私も王族の一人ですもの」
エドウィーナはそう言って鼻息荒く両手の拳を握った。
「妙な話? 何か、心当たりでもお有りですか?」
私がそう尋ねると、エドウィーナは眉尻を下げて頷く。
「恐らく、レイジ様の学校の話を聞いたのでしょう。ブルグッド帝国は国内外問わず有能な人材を集めています。それは一般の民であろうと関係ありません。ですから、レイジ様を見定めに来たのだと思われますわ」
エドウィーナは不安そうな顔で私を見上げてきたが、私は柔らかく微笑む。
「大丈夫ですよ。孤児達を置いていったりなどしません。まぁ、孤児達の全員を受け入れてくれるのなら考えてしまいますが」
私が冗談めかしてそう告げると、エドウィーナは困ったように笑った。
「まぁ、怖いですわ。そうならないように、早くこちらで孤児達全員を受け入れることが出来る建物を建築しましょう」
エドウィーナは私のブラックジョークだと思ってそう答えたが、正直なところ冗談でも何でも無い。
理想としては私の教えを信奉する者達が増えてきたこの国を足がかりに、更にブルグッド帝国の方にも手を伸ばしたいからだ。
さぁ、ブルグッド帝国の使者はどのような人物か。
その日の夜。ブルグッド帝国の使者を招いてエドウィーナの邸宅で晩餐会が行われた。
必要最低限の人数のみで行うささやかなものだが、エドウィーナの為にルシールが取り仕切ると、豪華過ぎないのに確かに上品で華やかなディナーとなった。
料理を食べるのを躊躇うような真っ白なテーブルクロスの上には銀の燭台が置かれ、蝋燭が灯っている。
壁には双方の国の国旗らしき旗が掛けられ、花とランプで彩られていた。
絨毯や椅子の豪華さも相まって、ディナーを共にする者にも相応の品格が問われるような重厚感もある。
「それでは、乾杯といきましょうか」
そんな空間で最初に声を発したのは、邸宅の主人であるエドウィーナだ。邸宅に使者を招いた際に挨拶は済ませている為か、ゆったりとした雰囲気には余裕を感じさせる。
「そうですね。それでは、今日という日に乾杯というのは如何かな?」
エドウィーナの台詞に返事をしたのはブルグッド帝国の使者であるマクバニーという男である。背が高く、色白の痩せた男だ。目つきは鋭く、深い紺色の髪も合わさり、冷徹な印象を見る者に与える。
「良いですわね。それでは、今日という日に」
「乾杯」
軽く乾杯を終え、グラスの中の白ワインを一口飲むと、私達は目の前の料理に目を向けた。
野菜やフルーツの盛り合わせ。赤い色のスープ。パン。それに芋を使った料理とパスタのような麺料理。
料理も派手過ぎず、むしろ田舎臭くさえある。マクバニーはその料理を興味深そうに眺め、口に運んだ。
「……美味い。いや、これは本当に美味しい」
マクバニーが料理を食べて驚いてそう呟くと、エドウィーナが微笑んだ。
「そうでしょう? 私のコックは中々の腕前なのですわ」
エドウィーナのそんな可愛らしい自慢に、マクバニーは苦笑しながら頷く。
「ええ、見事な腕前です。正直な話、田舎の料理のように見えて侮っておりました。これは何という……」
エドウィーナとマクバニーが料理の話を始め、時折、私に何かしらの返事を求める。
その内、マクバニーが一呼吸分の間を空け、私に話を切り出した。
「さて、実はレイジ殿に一つお伺いしたいことがあるのです」
「おや、聞きたいこと?」
私が聞き返すと、マクバニーは鷹揚に頷き、口を開く。
「レイジ殿が教えているという教育を見せていただきたいのです。噂ではザハウィー教とも違う教えを施しているとか」
と、マクバニーは口にすると興味深そうに私の顔を見据えた。
「ザハウィー教の本拠地とも言えるこの地で、どうやってザハウィー教と衝突せずにそのようなことが出来ているのか……不思議ですね」
マクバニーのそんな台詞に、私は曖昧に笑ってエドウィーナを見た。
「恐らく、私のことなど眼中に無いのか、もしくはエドウィーナ王女様のご威光でしょう」
「わ、私などそんな……」
私が話を振ると、エドウィーナは照れたように笑って首を左右に振った。
すると、マクバニーが目を丸くして驚く。
「おや。やはり、エドウィーナ様はレイジ殿を? いやいや、あのメルヴィンク王国の聖女がそのような可愛らしい表情をされるとは……これならば、レイジ殿がザハウィー教に排除されないのも納得ですな」
「い、いえ! マクバニー様! レイジ様とはそのような関係では……!」
慌てふためくエドウィーナに微笑みつつも、マクバニーの意識は私に向けられていた。エドウィーナとの関係がどうこうでは無く、私に何かあると踏んでいるようだ。
「しかし、ザハウィー教と手を取り合って国を大きくしていこうとはされていても、メルヴィンク王国の王家はザハウィー教とは一線を引いておられる。いかにしてエドウィーナ様はザハウィー教を納得させられたのです?」
マクバニーがそう聞くと、エドウィーナは困ったように笑った。
「……確かに、王家としてはザハウィー教団にあまり影響力を持たれるのは困ります。なにせ、ザハウィー教団は他の宗教を邪教と決め付ける節がありますから……」
エドウィーナがそう呟くと、マクバニーの顔がエドウィーナに向けられた。
「おや、やはりザハウィー教団には良い感情を持っていないようですね。では、もし私がレイジ殿をブルグッド帝国に招待すると言ったら……」
「そ、それは駄目です! レイジ様はこの国に必要な人材ですわ!」
思わずといった様子でエドウィーナがそう叫び、マクバニーに笑われてしまった。
「はっはっは。いや、仲がお良ろしいことで……それでは、一度レイジ殿の教育風景を拝見させていただきましょうか。それで、こちらもどうするか判断したいと思います」
マクバニーにそう言われ、私は笑顔で頷く。
「ええ。それでは、明日にでもご覧に入れましょう」




