闇ギルド
子爵邸宅でのことをそのままエドウィーナに伝えると、エドウィーナは厳しい表情で俯いた。
「闇ギルド……噂は聞いておりましたが、まさか孤児達にまで手を出していたなんて……」
エドウィーナのそんな台詞に、ルシールがそっと横から口を出す。
「姫様。闇ギルドは暗殺なども請け負う危険な輩です。こちらが常に万全な状態で待ち受けるようなことが出来ない以上、闇ギルドに手を出すのは姫様であろうと危ういことであると思われます」
ルシールが静かに、されどハッキリと止めておけと口にすると、エドウィーナは眉をハの字にして私を見た。
「……レイジ様。闇ギルドなどという組織を放っておいても良いのでしょうか。私は、そのような組織は無い方が良いかと思いますわ」
エドウィーナがそう口にすると、ルシールが強い目で私を睨んできた。余計なことを言えば暗殺されてしまいそうだが、私は敢えてルシールの視線に気がつかないふりをして頷いた。
「そうですね。我々にも何か出来ることがある筈です。まずは情報収集といきましょう」
私がそう答えると、ルシールが私を見据えて口を開く。
「レイジ様。安易な発言はお控えください。姫様はこれからの王都に無くてはならない方です。そのような危険な事柄に巻き込まれては困ります」
ルシールが低い声でそう言うと、エドウィーナが慌ててルシールの口を手で塞いだ。
「な、なんてことを言うのですか! レイジ様が手を考えてくださるならきっと大丈夫ですわ! ルシール! レイジ様に対して失礼なことを言ってはいけませんよ?」
エドウィーナがそう言ってルシールを叱ると、ルシールは親の仇を見るような目で私を睨みながら頭を下げた。
「……申し訳ありません。差し出がましいことを申しました」
「大丈夫です。レイジ様はお優しいですから、怒ったりなさいませんわ。ねぇ、レイジ様? ルシールは私の身を案じて感情的になってしまっただけなのです。私からも謝りますので、許してあげてくださいませ」
エドウィーナは神妙な面持ちでそう言うと、私に頭を下げた。
勿論、私は笑顔で謝罪を受け入れるのだった。
「何をする気ですか?」
エドウィーナが退出して十秒もしない内に、ルシールが詰問口調で私にそう言った。
私は肩を竦めると、ルシールを見返して口を開く。
「逆に質問させてもらおう。あの子爵には、どんな裏がある?」
私がそう尋ねると、ルシールは眉を下げて私の顔を見上げた。
「私が知っているわけが無いではないですか」
ルシールにキッパリとそう言われ、私は鼻を鳴らして自らの頬を親指で揉む。
「……結局、闇ギルド同士の利権争い、か」
私がそう口にすると、ルシールは目を丸くして私を見た。
「……知っていたのですか?」
ルシールはそう呟き、私の笑みを見てハッと口を噤んだ。
そして、私を睨む。
「カマをかけましたか」
ルシールのその呟きに私は浅く頷き、腕を組んだ。
「闇ギルドが許せない。そんな理由付けで我々に協力を求めてきたが、あのベルギカが孤児院を管理して十五年もの間、ただ何もせずに傍観していた者の理由にしてはあまりにも弱過ぎる。ならば、その組織に対して恨みがあるのか。それとも、その組織を潰せば何かしらの利益を得るのか」
私はそう言ってから、ルシールを見た。
「貴族の最大の敵は貴族であり、商人の最大の敵は商人であることが多いだろう。自分のテリトリーを侵す者はすべからく自分と同じ立場の者だからな。ならば、闇ギルドの最大の敵は何か」
私がそう口にすると、ルシールが冷めた表情で私を見返した。
「……闇ギルドの最大の敵は衛兵、国そのものでしょう」
「彼らが言っていた筈だ。貴族にも、騎士団にも、衛兵にも協力者は紛れ込んでいる、と。最早最大の警戒を向ける相手では無い」
私がそう言うと、ルシールは溜め息を吐いて目を細める。
「……それで、貴方は闇ギルドに協力して何を成そうというのですか」
「誤魔化すのは止めたのか」
「……何をする気ですか?」
私が揶揄うと、ルシールは一語一語を区切って強調し、私に再度問うた。
私はそんなルシールに吹き出すように笑い、肩を竦める。
「闇ギルドに協力することが、全て闇ギルドの利益になるとは限らない」
私が一言そう呟くと、ルシールは険しい顔のまま首を傾げた。
「どういう……」
ルシールが私の台詞の真意を探ろうと発した言葉を、私は片手をあげて制した。
「秘密だ。もしかしたら、ルシールは闇ギルドの協力者かもしれないだろう?」
私がそう言って笑うと、ルシールは唇を閉じて私を睨んだ。
「……姫様の元へ戻りますので失礼いたします」
ルシールは若干早口になりつつそれだけ言うと、さっさと頭を下げて退室していった。
私はその後ろ姿にまた笑い、席を立つ。
「忙しくなりそうだ」
【闇ギルドの摘発に向けて】
エドウィーナは予想以上にやる気になっており、私がエドウィーナに危険が無いように闇ギルドを摘発する策があると進言すると、すぐさま受け入れた。
エドウィーナには私が幾つか指示を出し、ルシールにはエドウィーナに付いて貰う。
そして、私はエドウィーナから預かった私兵を引き連れてメルブレイン子爵を訪ねた。
挨拶もそこそこに、私は子爵にエドウィーナの協力を取り付けたことを切り出す。
「なんと! 僅か二日でそのような返事が聞けるとは思いませんでしたな!」
王族を動かしたにしては私の行動は早過ぎるくらいだろう。流石の子爵も本当に驚いた顔をして私を見ていた。
その子爵に軽く会釈をし、私は口を開く。
「エドウィーナ王女様は孤児達のことを本当に心配しております。それ故の速断でしょう。ただ、王族を巻き込んで闇ギルドを潰すという行為は効果的な喧伝になる一方で、一部の過激な者達を刺激してしまうといった恐れがあります」
私がそう口にすると、子爵は眉根を寄せて神妙な顔を作った。
「……殿下の身の安全、ですな? 安心してもらいたい。我々が目を光らせ、早急に《黒い布を巻く者達》を一人残らず捕まえてみせましょう」
子爵は力強くそう言い、テーブルの上で拳を作った。
私はその根拠の無い発言に思わず失笑してしまいそうになったが、すぐに口元に手を置き、悩んでいる風を装って顎を引いた。
「そうですか……いや、私は勿論閣下のことを信頼しておりますが、エドウィーナ王女様の周囲の者達が一部反発をしております。ですので、一つ提案を持って参りました」
私がそう口にすると、子爵は眉をひそめて唸る。
「提案、ですか」
「はい。要は、エドウィーナ王女様の姿形のみならず、影すら感じさせなければ良いのです。もしかしたら、王族までもが闇ギルドの摘発に動いたのかもしれない。そう思わせる程度ならば、王女様にまでは辿り着かないでしょう」
「素晴らしい! それが可能ならば最良の手ですな!」
私の陳腐な案を、子爵は大袈裟に褒めて喜んだ。鎧などを取り替えたとしても、エドウィーナの私兵が動けばすぐにエドウィーナにまで辿り着くだろうに、子爵はその点に全く触れようとはしない。
私は子爵の言動や態度の一つ一つを観察しながら、言葉を選ぶ。
「はい。それを行う為に、私はエドウィーナ王女様から兵の指揮権を譲り受けました。勿論、完全に素人の私が的確な指示を出すことは難しい為、指揮官は何人か同行しますが」
私がそう答えると、子爵は思わず絶句して固まった。
まぁ、当たり前だろう。誰が王族どころか貴族、騎士でも無い一般人に兵の指揮権を譲るというのか。
明らかに異例なことだ。
私は固まったままの子爵を眺めながら、話を続ける。
「それで、闇ギルドの隠れ家は把握されているのですよね? その場所を……どうかされましたか?」
私がそう尋ねると、子爵は慌てて笑みを浮かべ、頷いた。
「あ、ああ! そうですな! 奴らのアジトは既に幾つも見つけています。いや、しかし心強い。これなら間違いなく奴らを根こそぎ捕まえることが出来ますわ! うわっはっはっは!」
そう言って引き攣ったような笑い方をする子爵に微笑みを向けながら、私は質問をする。
「聡明なる閣下のことですから、閣下の手足には闇ギルドの協力者は紛れ込んでいないのでしょう。ですが、あの時に同席した商人の代表の方や、冒険者ギルドの支部長の方などはどうなのでしょう? 一応、王女様の手をお借りしての行動ですから、万全を期すべきかと思いますが……」
私がそう口にすると、子爵は一瞬頷きかけ、慌てて首を左右に振った。
「あ、い、いやいやいや……彼らは私が本当に信頼する同志達ですからな。その部下達の身辺も彼らが徹底的に洗っていますよ。彼らに関しては私同様、十分に信頼出来るでしょうとも」
冷や汗を掻きながらそう言う子爵に、私はホッとしたように胸を撫で下ろしてみせる。
「そうですか! それなら良かった。安心しました」
私がそう答えると、子爵は乾いた笑い声を上げて何度も頷いた。
彼らを調べられれば、間違いなく別の闇ギルドの名が聞けることだろう。すると、これはもう一度調べ直さなければならないという話になり、子爵までも調査を受けることになる。
結果、目的の闇ギルドを潰す前に、反対に子爵達が潰されかねないこととなるのだ。
子爵は内心、かなり焦ったことだろう。
私はそんな子爵の様子に口の端を上げながら、次の話に移った。
「それで、闇ギルドの隠れ家を攻める際に、閣下には是非とも先陣を切って頂きたいのです。そして、同志の皆様にも同じように皆の先頭に立って貰いたいと思っております」
私がそう言うと、子爵は虚をつかれたように素の顔になって目を丸くする。
「わ、私達が先頭に? それは、実際に兵達と同行して闇ギルドのアジトを攻め落とす、という……」
「正にその通りです。悪の限りを尽くす闇ギルドを見兼ねて、遂にメルブレイン子爵閣下が立ち上がり、鉄槌を下す! 素晴らしい英雄譚では無いですか! そこに商人組合の代表や冒険者ギルドの支部長など、街を代表する方々までも肩を並べる……これにはエドウィーナ王女様も深く感銘を受けることでしょう」
私がそう告げると、子爵は顔を引き攣らせながら頷いた。
「いや、それは確かにそうなのですが、やはり先頭に立つのは……」
「義憤に駆られ、エドウィーナ王女様の協力も得た閣下が何を恐れるのです? それに一人で立ち向かうのではありません。同志の皆様と共に兵を率い、闇ギルドを叩き潰すのです。閣下が言われていたように、誰一人逃さないのですから報復を恐れる必要もないでしょう」
「……む、ぬぐぐぐ」
私がそう言うと、子爵は何か言おうと口を開いたが、結局何も言えずに呻くのみだった。
なにせ、全て自分が言ったことなのだ。否定も出来ないだろう。
エドウィーナを優しいだけの世間知らずな王女と侮り、私を王女への橋渡し役としか見なかったことが運の尽きと言える。
恐らく、子爵は《黒い布を巻いた者達》に敵対する闇ギルドの者であるとは知られていないのだ。だから、今回のような派手な、そして徹底的な攻撃方法を選択したのだろう。
だが、そうは問屋がおろさない。子爵達には前面に出て戦ってもらう。王族を引っ張り込んできたのだから、断ることも出来ない。
そして、《黒い布を巻いた者達》にはしっかりとメルブレイン子爵の存在を記憶に刻み込んでもらい、子爵達が我々を巻き込んだことを後悔したら最後の仕上げといこう。
私は顔を白くさせた子爵を見つめ、晴れやかな笑顔で拳を握った。
「さぁ、私も頑張りましょう。閣下と共に闇ギルドを叩き潰しますよ!」
私がそう言うと、子爵は曖昧な顔のまま頷いていたのだった。




