レイジ対スティリース
授業を中断した私は、スティリースを院長室に招いた。
そして、これまでの経緯をかなり改竄してスティリースに伝える。
多少気を使って伝えたと言うのに、スティリースの関心は私の教えに対してばかりであった。
「つまり、レイジ様はザハウィー教団の教えを否定なさるのですか?」
「いえ、そうは言っておりません。そちらの教えは古くから伝えられる意義深いものと尊重しておりますし、こちらはこちらで私の頭の中で響く声の教えを人々に教えようと……」
「神は唯一の存在です。レイジ様が神の名を騙って教えを人々に伝えていくというのならば、それはザハウィー教団の教えを、唯一の神を否定するのと同義となります」
「いえ、否定しているわけではありません。神の教えとは、もしかしたら一つでは無いのかもしれません……それならば納得がいきます。私の頭の中で響く声の教えも、明らかに人の為になるものばかりで……」
「そのようなことはあり得ません。ザハウィー教団の教えを広めることこそ、真実の救済となるのです。ザハウィー教団の祀る神が本物である以上、貴方の広めようとしている教えは人心を惑わす可能性が高いのです。即刻、その教えの普及をお止めください」
スティリースは私の説明に首を左右に振ってそう言った。まさに、取りつく島もないといった状態だ。
私は切り口を変えるべく、口を開く。
「そこまで言うのならば取り止めましょう。ただ、私は記憶がありません。ザハウィー教団の教えとの違いも分かりませんし、その部分を詳しく教えてもらっても?」
私がそう言うと、スティリースは満足そうに頷き、口を開いた。
「良い心掛けです。そのお気持ちを尊重して、私が直接お教え致しましょう。まずは、ザハウィー教団の祀る神について……」
スティリースは急に上機嫌になると、まるで自慢でもするように延々とザハウィー教団の教えを語り出す。宗教を盲信するが故の高揚だ。信じ切っているその素晴らしき教えを誰かに伝えたい。その想いが気分を上げているのだろう。
狂信者はその熱意を相手に感じさせることで言葉に臨場感と説得力を持たせている。
だが、それは勢いでしかなく、大概の場合、他の宗教を信じている者には響かないのだ。
冷静にザハウィー教団の教えを分析しながら聞く私には、勿論まったく響くことは無い。
私が分析したザハウィー教団の歴史は、唯一神を祀る宗教の歴史に近い部分があった。
他の神を頑なに認めないがために争い、侵略され、他の土地へと移ることになる。
そして、新たな土地で大きく成長した後、兵を率いて聖地を取り戻す。
ザハウィー教団からすれば聖戦となるだろう戦いだ。その戦いを経て、今のザハウィー教団を纏める者達は苛烈なまでに狂信的な者達ばかりとなった。
その狂信的な親を持つスティリースはかなり手強い相手であろう。
私は気を引き締めると、微笑みを浮かべてスティリースに目を向けた。
「スティリース様は、神にお会いしたことが?」
「え……? い、いえ、あるわけがありません。神は誰であろうとお会いすることは叶わないのです」
「それでは、神の言葉を聞いたことは?」
「わ、私はありませんが、教皇様がお聞きしています」
「教義では、神は全知全能であり、神を崇める者達は死んだ後に神の在わす地へと行くことが出来ると言われましたが、神の在わす地とは何処でしょう? 他の方は死んだら何処へ行くのですか?」
「ザハウィー教団以外の方は皆、地獄に落ちるのです」
私の間を空けない質問の数々に疲弊したスティリースは、最後の質問に強い口調でそう言った。
私はそれに首を傾げ、スティリースに苦笑を向ける。
「ザハウィー教団の祀る神は、愛に溢れる人心を超越した存在と言われていましたが、流石に自分を信じる者以外を地獄に落とすのはやり過ぎでは?」
「か、神を信じない輩が地獄に落ちるのは当然です。神の在わす地は有限なのですから」
「おや? それでは、その地が少しずつ埋まっていっているのなら私が死ぬ頃にはもう神の在わす地は空きが無いなんてことも?」
「あ、いえ、そういう意味ではありません。選ばれた方のみが行ける場所という意味で……」
「ザハウィー教団の神を知らぬ者はどうなるのでしょう? 山奥に産まれた者は、神の存在を知らないせいで問答無用で地獄に落ちるのですか?」
「そ、それは……」
私の質問が二十を超えた頃には、スティリースが質問に答えられないことが増えてきた。
また暫く気になる点を指摘し、私は攻勢に出ることにする。
「ザハウィー教団の教え、大変興味深く聞かせていだきました。それでは、次は私の信じている神の教えを聞いていただけますか? 勿論、気になることは質問していただけたら答えますので」
私がそう言うと、スティリースは涙目で私を睨み、頷いた。
「どうぞ。色々と聞かせていただきます」
散々虐められた仕返しをしてやる。そういった感情が透けて見えるような表情だ。
私はそんなスティリースに微笑み、口を開いた。
「どうでしたか?」
私がそう尋ねると、スティリースはうまく答えることが出来ずに口籠もった。
力の抜けたような、少しボンヤリとした目で私を見上げ、眉根を寄せる。
「わ、分かりません……頭がはっきりしなくて……ところで、この匂いは何でしょう? 優しくて甘い香りですね……」
「ああ、これは最近発見したリラックス出来るハーブですよ」
私はそう言って、スティリースの前に手作りの香炉を置いた。その香りをゆったりと楽しむスティリースを眺めつつ、私は口を開く。
「さて、中々簡単に結論が出ることでもありませんし、もう少し様子を見てもらえませんか? 数日、この孤児院に泊まってはいかがでしょう? ザハウィー教団には暫く調査すると報告して、もう少しお互いの教えについて話し合いませんか。是非ザハウィー教団の教えを詳しく聞いてみたいですから」
私がそう言うと、虚ろな目で笑うスティリースがゆっくりと頷いた。
「そうですね。それはとても良い事のように思います。それでは本部に使いを出しましょう」
「ああ、いえ。書状を書いてくださればこちらで本部にお届け致します。さぁ、そちらの方々もどうぞお寛ぎください」
私がそう言うと、スティリースの背後に座る男達もぼんやりと頷いた。




