孤児院の統合
エドウィーナに孤児院の統合の話をし、共に他の孤児院に顔を出すことになった。
敷地が決まっている為、孤児院を物理的に一つにまとめる事は出来なかったのだ。故に、エドウィーナの提案は私の経営方法を他の孤児院にも実施してもらうというものだった。
はっきり言って望み薄だが、王族の意向を示すという効果はあるだろう。
動きやすくなるなら結果として良いと思って了承したのだが、意外にも他の孤児院の大半がエドウィーナの案を聞き入れてしまった。
多少怪しい孤児院もあったが、エドウィーナの案を飲むなら問題は無いだろうということで、各院長の院長室と自宅を調査することになった。
もちろん、いきなり踏み込むのは疑っていると言っているのと同じなので、二日後に調査するという話をして帰ったのである。
その結果失踪した院長も出たが、概ね問題なく調査を終えた。
私は他の孤児院が問題なく私のやり方を履行出来るよう、私のやり方を覚えた十四、五歳の子供達に護衛の兵士を付けて各孤児院に送り出した。
今の私が管理する孤児院は元メイドの女に仕事を教えているし、残りの孤児院を私が見回るようにすれば孤児院の管理は半ば私が牛耳る形となるだろう。
そして、二、三ヶ月後には次へと展開することが出来るようになる。
「……学校、ですか?」
エドウィーナは驚きに目を丸くしてそう聞いてきた。私はそれに頷き、用意しておいた羊皮紙を出す。
「これが予定している教育内容です。とりあえずは、これくらい出来たら子供達は将来的に自立出来るものと思いますが……」
私はそう言って書類をエドウィーナに渡した。興味深そうに書類を見るエドウィーナの後ろでは、ルシールがそっと羊皮紙を盗み見ている。
「……読み書き、計算、一般常識、礼儀作法、道徳教育、専門技術……これらを、孤児の子供達に?」
エドウィーナは呆気に取られたような顔つきで私を見上げ、そう尋ねた。私はそれに頷いて口を開く。
「はい。本当ならもっと多くの知識を授けたいところなのですが、人手が足りません。最初は三十から四十人程にこの教育をし、その教育を学び終えた子供達が各孤児院の他の子供達に教えていきます。そうすれば、彼らも……」
私がそんな話をしていると、エドウィーナはポカンとした表情で私を見上げ、ルシールは眉根を寄せて私を見ていた。
そして、ルシールが咳払いを一つして口を開く。
「……正直、これだけの教育は一部商人などの富裕層と、貴族以上の特権階級のみが受けられる程の高等なものです。孤児の子らが自立する為というのなら、読み書きができれば上等では無いでしょうか?」
ルシールがそう言って確かめるように私を見てきた。私はそれに頷き、顎を引く。
確かに、此処がもしも中世ほどの文化レベルならば、農民の殆どの者が読み書きが出来ず、商人も足し算や引き算くらいだろう。ジャンヌダルクも読み書きが出来なかったというくらいだから、その辺りは予測出来た。
だが、学者の一部は早くから応用の入った計算も発見していたし、それらを理解する者も多くいた筈だ。
私はルシールを真っ直ぐに見つめ、口を開いた。
「教育とは可能性である。計算を知っていれば商人になりたい子供が商売を始めることが出来るかもしれない。読み書きが出来れば書記官などの道がもしかしたら開けるかもしれない。専門技術を学んでおけば大工や狩人にもなれる。そして、学問を学ぶことが好きならば、私が作った学校で教育者として働くことも出来る」
私がそう答えると、ルシールは懐疑的な目で私を見据える。
「……可能性、ですか。孤児というだけで通常の町民達のようには仕事を得られない可能性が高いのでは? それに、それだけの教育を孤児の子らがしっかりと理解することは出来るのでしょうか?」
ルシールは無感情にそんな発言をした。その目に悪意などは無いことから、ルシールが本気でそう思っているということが理解出来る。
そして、孤児達の才能や努力の価値を低く見積もるところを見ると、ルシールはその一部の富裕層か貴族などの出なのだろう。
私はルシールの出自をそう予想して、顔を上げた。
「正直、両腕が無い者に大工になれとは言えない。可能性が無い道も勿論ある。だが、何かしらの可能性は絶対にあるのだ。少しずつ働く孤児が増えれば、孤児院出身の子供達とはいえ、徐々に働く先は増える。それが信用だ。中には孤児院出身で商会を立ち上げるような子まで出るかもしれない。そして、多くの孤児の中にはこの国一番の識者となる者も現れる」
私がそう断言すると、ルシールは苦笑するように顔を歪めた。だが、エドウィーナは立ち上がり、笑顔で私に顔を寄せる。
「素晴らしいですわ! もしそうなれば、孤児の子供達がどんどん自立していき、働く者は一気に増えるのですね? 孤児院の子供達は働き出したら孤児院にお金を払うようにすれば、孤児院は更に多くの孤児を助けることが出来ます!」
エドウィーナが歓声を上げながらそう言うと、ルシールはまた懐疑的な目を私に向けた。
「しかし、その計画には最初に費用が掛かります。教育する場所は孤児院で良いかもしれませんが、道具やそれぞれの教育の為の人を雇わねばなりません。誰が、その費用を?」
ルシールにそう聞かれて、私は眉根を寄せる。
「私が全て受け持つのでそれほど金は掛からない筈だが、何か抜けがあるだろうか? ああ、大工や狩りに関しては一度この国のやり方を見ておいた方が良いか」
私がそう口にするとルシールは珍しく間の抜けた顔で呆気にとられていた。どうやら、私が直接教えるとは思っていなかったらしい。
「……言っておくが、私はこの教育の全てを教えることが出来るぞ」
私がそう口にすると、エドウィーナは輝くような目で、ルシールは信じられないような目で私を見てきた。
失礼な話だ。
さぁ、洗脳の為の学校を設立だ!
……恐ろしい話を書いてしまった(笑)




